鉄道での導入が検討されている「ダイナミック・プライシング(変動運賃制)」は、高速バスや航空のそれとはちょっと違います。高速バスでは15年以上にわたり磨かれてきた変動運賃の仕組みは、何をもたらしたのでしょうか。

鉄道の「ダイナミック・プライシング」…ちょっと違う?

 都市部の鉄道に、時間帯によって運賃に差を設ける「ダイナミック・プライシング(変動運賃制)」を導入する議論が進んでいます。都市鉄道は、駅や車庫などの施設、車両、乗務員らを朝夕のラッシュ時の需要に合わせて用意しており、昼間はそれらが過剰になります。そこで需要を分散させて、混雑の解消と鉄道事業者の収益性向上につなげる目的です。
 
 実は、高速バスでは、ダイナミック・プライシングが既に導入されています。2022年だけみても、福岡~宮崎線、名古屋~松本線、新宿~松本線など新規導入が相次いでいます。

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高速バスではダイナミック・プライシングの導入が相次ぐ。写真はイメージ(乗りものニュース編集部撮影)。

 ただ、都市鉄道で検討されているダイナミック・プライシングと、予約制高速バスのそれとでは、似ているようで全く異なります。

 鉄道で検討されているのは、ラッシュ時とそれ以外で運賃に差を設けるもので、「繁閑別運賃」とでも呼ぶべきものです。鉄道や路線バスで実現するには、制度と運用の両面で壁がありますが、高速バスでは2006(平成18)年の制度改正で一足先に実現しました。曜日や時間帯ごとに、カレンダー上にAランク、Bランクなどと運賃額が示されるものです。

高速バスの「ダイナミックな」プライシング

 一方、近年急速に普及が進む高速バスのダイナミック・プライシングは、まさに「ダイナミック(動的)な運賃」のことです。

運賃額は、一定の範囲で、予約の状況に合わせて随時変わります。

 これは、航空やホテルで半世紀近い歴史を持つ「レベニュー・マネジメント」の手法の一つです。季節や曜日、時間帯ごとの需要の大小は事前におおむね予測可能です。さらに、予約の進捗状況を過去と比較すれば、予測は精緻さを増します。

 例えば「来月の第三水曜日の8時00分発は、平年並みなら乗車率70%くらいだろう」という販売開始前の予測があるとします。「乗車率70%を達成するには、20日前時点で乗車率が10%、10日前では30%を超える予約(オンハンド)が必要だが、今年はそれよりペースがいい/悪い」という予約の進捗(ブッキングカーブ)とを組み合わせ、常に最新の需要予測を行うのです。

 この予測に、団体客の比率など必要な分析も加え、随時、販売価格を変動させるのが高速バスのダイナミック・プライシングです。

導入まで8年 ユーザーの慣習を変える必要があった

 高速バスのダイナミック・プライシングは、2012(平成24)年の制度改正で認められました。同年11月27日付けの『日本経済新聞』でも、さっそく「京王電鉄バスは約1億円を投じ、12年度中に基幹システムを刷新」すると報じられました。

 しかし、即座にダイナミック・プライシングが実現したわけではありません。京王電鉄バスが運営し、名鉄バスや西日本鉄道ら40社以上が導入する基幹システム「SRS」でまず行われた改修は、曜日や時間帯によって運賃額を変えること――つまり、冒頭で説明した「繁閑別運賃」の実現でしかありませんでした。

 その後、何度もの改修を重ね、2020年12月には、ベンチャー企業であるハルモニア社との提携により、データ分析に基づき最適な運賃額を計算、推奨する機能を実装。

これでようやく本格的なダイナミック・プライシングが始まり、名鉄や西鉄らにも導入が広がったのです。

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京王電鉄バスの福島取締役(左)と、ハルモニア(当時は株式会社空)の松村CEO。両社のタッグでダイナミック・プライシングが実現した(画像:京王電鉄バス)。

 その間、課題はたくさんありました。SRSの取扱い路線は、30分間隔など高頻度運行の昼行路線が中心で「用件が早く終わったから1本前で帰宅」というような「便変更」が定着しています。運賃額が変動すれば、便変更の際に差額が発生します。そこで、スマホの簡単な操作で差額調整できるよう改修されました。リピーターの習慣を、長年の間に定着した「事前予約→当日車内支払い」中心から、「予約時にウェブ上でクレジット決済」中心へ誘導する時間も必要でした。車内支払いだと、乗客ごとに異なる運賃に乗務員が対応しきれないためです。

 一方、ジェイアールバス関東/西日本ジェイアールバスが運行する首都圏~京阪神線では、京王に先立つ2017年に早期購入割引「早売」が廃止され、変動運賃「得割」が導入されました。同路線は夜行便が中心で便変更が少ないことから、早くにダイナミック・プライシングが導入された形ですが、この「早期購入割引の廃止」にも、実は従来の慣習を打ち破る大きな意味があります。

「早割」じゃニーズを掴めない?

 航空、特に国際線で、割引運賃と言えば早期購入割引だった頃がありました。

国際線の旅客は、観光客と出張客に二分できます。そのうち、観光客は早めに予約する傾向があります。価格が高ければ旅行先や搭乗日を変更できますし、そもそも「自腹」なので価格に敏感です。

 一方、海外出張するようなビジネスパーソンは多忙で、直前まで予定が決まらず、会社負担なので価格をあまり気にしません。そこで「初めは割引運賃を提示し観光客を集客しておき、ある時期が来ると価格を上げ、高単価を見込める出張客のために席を取り置く」のが、航空会社としてベストな戦略です。旅客から見ても、観光客は安く旅行でき、出張客にとっても直前まで席が空いている、というメリットがあります。これが、航空で「早割」が定着した理由です。

 では高速バスでも「早期予約客は価格に敏感で、直前予約客は価格を気にしない」という法則性があるかというと、そうではありません。予約の時期と利用者のバジェット(いくらまでなら支払うか)に相関関係がない以上、早期予約客に大きく割引をしても予約数が増えるわけではなく、逆に高速バス予約の多くを占める直近予約客には高すぎる運賃を提示して、客離れを起こしているリスクがあります。予約の時期ではなく、それぞれの便の需要の大小に着目して運賃を変える方が理にかなっています。JRバスの早期購入割引廃止とダイナミック・プライシング導入は、その考えに基づいたものです。

 ダイナミック・プライシングを導入済みの事業者でも、「早割」にこだわって「低めの運賃を設定し、予約数(オンハンド)の伸びに合わせて段階的に値上げする」運用を行っている事業者を見かけますが、市場のニーズと向き合い、戦略を考え直す必要があると言えるでしょう。

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JRバス首都圏~京阪神線の夜行「青春エコドリーム号」(乗りものニュース編集部撮影)。

 なお、JRバスが首都圏~京阪神線でダイナミック・プライシングを導入できたのは、JRバス3社(関東/東海/西日本)が運営する基幹システム「高速バスネット」を改修したからです。JR系の事業者でも、他のシステムを基幹システムとしている会社では、ダイナミック・プライシングをまだ導入できていません。特に、新興事業者らと激しく競争する首都圏~仙台線で、運賃設定に相当苦労しているように筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)には見受けられます。

ダイナミック・プライシングの課題は「リピーター施策」

 逆に大阪~長野線(南海バス/長電バス)は、2022年7月、基幹システムを京王の「SRS」に切り替え、ダイナミック・プライシングを導入しました。基幹システムの変更には、ウェブ予約の会員登録をやり直してもらう必要があるなど弊害もあるのですが、それを覚悟で決断したということでしょう。

 ダイナミック・プライシングが普及する中で、課題も生まれています。例えば、多くの路線で、変動型運賃と整合しないとして回数券が廃止されています。しかし、特に昼行路線は、ビジネス出張や介護のための帰省といったリピーターに支えられています。運賃を変動させつつ、リピーターにはそこから常に回数券同等(10%程度)を還元する方策を考える必要があるでしょう。

 高速バスの需要は、主な市場である地方部の人口減少にコロナ禍が追い打ちをかけ、完全には回復しない恐れがあります。その時、「運賃収入減少→コスト削減→減便などサービス水準低下→さらなる乗客逸走」という負のスパイラルだけは避けなければなりません。

精緻な運賃変動により満席便から前後の便に需要を誘導することで、路線全体の収益性を向上させ、その収益をサービス水準維持に再投資するサイクル作りが重要です。

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鉄道は運賃制度の改変で混雑緩和につながるか。写真はイメージ(画像:写真AC)。

 このようなダイナミック・プライシングは、さらに、タクシー、レンタカー、宅配便など応用できる分野が数多くありそうです。電力業界では、需要ピーク時の節電を促す目的もあって導入が検討されています。法令や現場のオペレーションなど各業界の特性に合わせながらダイナミック・プライシングを拡大させる上で、試行錯誤しつつ運賃規制の改正やシステム改修を重ねてきた高速バス分野の事例は、大いに参考になるはずです。

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