夜行路線を中心に付けられている高速バスの路線ごとの愛称が、重要度を増しています。もともとシステム上の必要があって付けているにすぎなかったものが、いまやブランド戦略の一環に。
青森県の弘南バスが、地元と首都圏を結ぶ高速バス計7往復の名称を、2022年12月から変更します。経由地や座席グレードごとに「津輕号」「えんぶり号」など別々の路線愛称が付いていましたが、3列シート便を「ノクターン号」、4列シートの便は「パンダ号」と、地元で浸透している愛称に統一します。
日本最長距離の昼行便として知られる「スカイ号」(現在運休中)も、「パンダ号スカイ線」と、少し無理も感じる名称に変更されます。高速バスの愛称をいまさら変えるのはなぜでしょうか。歴史とともに振り返ります。
早朝の紫波SA(岩手県)で休憩する弘南バスの「ニューノクターン号」(奥)と「えんぶり号」。後者は、「パンダ号八戸線」に改称される(成定竜一撮影)。
1969(昭和44)年、東名高速開通とともに誕生した東京~名古屋、京都、大阪線の夜行便に、国鉄バス(当時)は「ドリーム号」と名付けました。80年代半ばには、「ムーンライト号」(大阪~福岡)や、前出の「ノクターン号」などを皮切りに、全国で新路線が相次ぎました。起点側と終点側双方の事業者による共同運行が認められ参入が容易になったことや、高速道路の延伸が続いたことが背景にあります。
この頃から、長距離夜行路線を中心に、路線愛称が多様化します。
バブル期を迎え都会志向が強かったこの時期、その名も「トレンディ号」(大阪~八王子)や「TOKYOサンライズ」(東京~新庄)といった愛称も生まれました。旧国名を付けた「さつま号」、観光名所を名乗る「あおしま号」、さらには青森の「森」のフランス語「ラ・フォーレ号」や、姫路の「姫」と「路」をそれぞれ英語にした「プリンセスロード」などは、地名シリーズと言えるでしょう。地元の名産品を取り入れた「オレンジライナーえひめ号」や、親しみやすさを重視した「らくちん号」、ダジャレ感もある「レッツ号」なども登場しています。
昼行便は愛称なし、夜行に多かった理由そんな夜行路線に比べ、昼行路線には愛称がないものも目立ちます。京王帝都電鉄(現・京王バス)らが新宿から山梨県、長野県各地へ運行する路線は「中央高速バス」と一括りで呼ばれ、3桁(現在は4桁)の数字で、系統と発車順を表す合理的な「便番」が振られました。
夜行路線に愛称が多かった理由は、主に三つ考えられます。夜行路線は、当時、旅行会社がバス事業者の予約センターと電話でやり取りしながら発券する「確認発券」が多く、誤発券防止に有効だったこと。二点目は、夜行路線はJRバスが共同運行に入ることが多く、鉄道の座席管理システム「MARS(マルス)」上で販売するには、鉄道でいう「のぞみ〇号」に相当する愛称が必須だったこと。三点目は、長距離を走るため、各社のフラッグシップ商品とみなされたことです。
課題も生まれました。

南海の夜行バスは、原則として「サザンクロス」の愛称で統一(乗りものニュース編集部撮影)。
ところが、共同運行会社に「路線愛称派」と「企業ブランド派」が混在すると、同じ路線なのに乗車日によって愛称が異なったり、手元の乗車券に記載された愛称と車両のカラーリングが別々だったりと、わかりづらい状態となってしまいました。
その後、「ミルキーウェイ」ブランドの東急バスが高速バスからいったん撤退するなどの動きがあり、自然と「路線愛称派」が中心になった感があります。
2002年頃には次の変化が訪れます。旅行会社が貸切バスをチャーターして都市間輸送を行う高速ツアーバスが認められ、旅行会社が相次いで参入したのです。
かくしてウィラーは「ピンクのバス」になった高速バスは、首都圏~京阪神を中心にとして、同じ区間を多数の会社が競合するようになりました。さらに「楽天トラベル」などの予約サイトが登場すると、「バスを比較して予約する」市場になっていきます。高速ツアーバスに参入した中小旅行会社らは認知度が低く、「まずはウェブ上で選んでもらう」、次に「自社のブランドを覚えてもらい、次回も使ってもらう」ために、企業としてのブランドを印象付けることに注力しました。
その中で、西日本ツアーズ(当時)は、当初「シティライナー」や「J-EXPRESS」を都市間商品のブランドとしていましたが、2006(平成18)年、会社名とブランドを一気に「WILLER」に変更。
「色」をキーとするブランド化は他社でも見られます。神姫観光は、高速バスのブランドを、「レモン」を想起させる「LIMON」に変更するとともに、車両の外観から座席までレモン色に揃えた車両をデビューさせました。乗客は、サービスエリアでの休憩の際、バスに戻ってくるために車両の色を必ず記憶します。多数の事業者が激しく競り合う首都圏~京阪神路線では、「覚えてもらう」ことがブランド化の第一歩なのです。
さらに、個室に近い上級座席や女性向け座席など車両グレードが多様化すると、「VIPライナーのグランシア」のように、企業ブランド+グレードで呼ばれるようになります。「トヨタのクラウン」と同じ構成です。

神姫観光の高速バス「LIMON」。黄色の車体でシートも黄色(画像:神姫観光)。
このような状況に、既存事業者も対抗せざるを得ません。ジェイアールバス関東、西日本ジェイアールバスらは、長距離夜行路線を「〇〇ドリーム〇〇号」、長距離昼行路線を「〇〇昼特急〇〇号」という風にシリーズ化する傾向へ。〇〇の部分に、地名や車両グレードを入れることで、「ドリーム/昼特急」ブランドを前面に打ち出したのです。
同時に、80年代の黎明期のような抒情的な名称は減り、「地名+エクスプレス」など機能的でシンプルな名称も増えています。
“昭和”なままのバス愛称じゃダメ!困ったのがJR系以外の事業者です。ここ10数年で、夜行路線の乗客の属性や予約方法が変化しています。従来は、「列車より早く朝イチに東京、大阪に着きたい」といった出張利用が少なくなかったのですが、新幹線網の拡充でそのような需要は減り、若年層の比率が上がっています。
かつて大都市間に特化していた高速ツアーバス各社も、制度改正により高速乗合バスに転換し、地方向けの夜行路線にも進出しました。スマホ上でバスを比較しながら予約する環境となった今、旧国名や地元の特産物を名乗る「昭和」な路線愛称では、カタカナのブランド名を掲げ、ウェブサイトから車両まで統一されたデザインの新興事業者に負けてしまうのです。

JRのグランドリーム車両。ドリーム号のブランド強化を図っている(乗りものニュース編集部撮影)。
冒頭の弘南バスは、もともと自社単独での首都圏路線新設に積極的で、前出の通り青森から首都圏へ夜行6往復、昼行1往復(昼行は運休中)という事業規模があります。唯一、共同運行だったフラッグシップ路線「ノクターン号」から京浜急行バスが撤退したことで、とうとう、全便が単独運行となりました。これを機に、青森県在住の、あるいは青森県出身の人々に浸透している「ノクターン号」「パンダ号」に名称を統一することができました。
たとえヨコ文字の会社が増えても、地元に根を張り、高校時代には路線バスで通学していた人も多い地元の老舗事業者に、地域住民らは一定の信頼感を持っています。路線別の愛称で拡散気味だった各路線のイメージを集約し、弘南バスの存在感を前面に出すのです。かつて、南海が「サザンクロス」で、東急が「ミルキーウェイ」で目指した戦略を思い起こさせます。
今後、夜行路線のほとんどを占める2社以上の共同運行路線が、路線愛称を「ブランド」に昇華していくことができるか、興味は尽きません。