バイクのロードレース世界選手権の最高峰であるMotoGPの2023年シーズンで、11年ぶりに「ゼッケン1」が登場します。ゼッケンが選択制になって以降、「1」は避けられてきた傾向でしたが、ここに来てなぜ復活したのでしょうか。
バイクのロードレース世界選手権の最高峰であるMotoGP(モトGP)では、バイクの前部にゼッケンと呼ばれる番号がデザインされています。2023年シーズンでは、久々にゼッケン「1」をつけるライダーが登場しました。
2008年シーズンはケーシー・ストーナーがゼッケン1、ダニ・ペドロサがゼッケン2をつけた。2002年以降ではランキング通りのゼッケンとなったモトGPでは珍しいシーズンだった(小林祐史撮影)。
ゼッケンはもともと出走番号を表していましたが、2002年のレギュレーション変更以降、ゼッケンはランキング順に割り振られる方式から、希望する数字を各ライダーが選択できる方式に変わりました。2001年までは「ゼッケン1」をつけるのは前年度のチャンピオンだけでしたが、そういった特別なイメージはすでに薄れ、「ゼッケン1」はむしろ敬遠される空気が生まれていたのです。
逆に、自分で選択したゼッケンが、野球やサッカー選手の背番号のようにアイコン化する風潮があります。それを最初にリードしたのは、ホンダ、ヤマハでチャンピオンを7回獲得したバレンティーノ・ロッシでした。彼は連覇している間、「ゼッケン46」を変えませんでした。また、ロッシのライバルたちも自分のゼッケンを固定しました。
この新たな慣習によって、モトGPのファンたちは、シーズンが変わっても、ゼッケンを見ればすぐに誰のマシンなのかがわかるようになり、ゼッケンは成績を示す数字から、ライダーの個性を表すアイコンになったといえるでしょう。現在では、デビューから引退まで自分で選択した同じゼッケンを通すことが慣例となっています。
ロッシが「ゼッケン46」で5連覇を果たしたことは、「ゼッケン1」を特別視する従来の見方を覆し、代わって固定ゼッケンを特別視する風潮につながりました。同時に、ゼッケンはライダーの自由意志によるもの、というイメージが強まっていきます。
そんな流れが定着した中で、ロッシを2007年に破ってチャンピオンとなったニッキー・ヘイデン(ホンダ)が、翌2008年シーズンに、過去のレギュレーションを再現するかのように、「ゼッケン1」を選択しました。ここに来て、再び「ゼッケン1」への特別視がよみがえります。その後、2008年のケーシー・ストーナー(ドゥカティ)、2011年のホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)、2012年のケーシー・ストーナー(ホンダ)らのチャンピオンが、勝利の翌シーズンに「ゼッケン1」を選択しました。
ただ、上記の「ゼッケン1」をつけたライダーたちは皆ことごとく、チャンピオン防衛に失敗します。このことによって、再び価値が上昇したかに見えた「ゼッケン1」には、逆にマイナスのイメージがつきまとうようになります。
そういったことから、2012年シーズンのストーナー以降は、「ゼッケン1」を背負うライダーは登場しなくなります。過去に「ゼッケン1」を選択したことのあるロレンソは、「ゼッケン1」をつけないで2012年と2015年にチャンピオンを獲得し、チャンピオンを防衛できなかったシーズンにも「ゼッケン1」をつけていませんでした。
また、2021年シーズンのジョアン・ミル(スズキ)、2022年シーズンのファビオ・クアルタルロ(ヤマハ)は固定ゼッケンを通したものの、チャンピオンを防衛できませんでした。こうして、もはやゼッケンとチャンピオンにかかわるジンクスは意味のないものとなり、ライダーやファンの意識から「ゼッケン1」の特別なイメージは消えていきました。

2023年シーズンはゼッケンを63から1に変更するバニャイア(画像:ドゥカティ)。
そうしたなか、2022年シーズンのチャンピオン、フランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ)が2023年シーズンに「ゼッケン1」を選んだことは新鮮な出来事として迎えられています。前年度チャンピオンが「ゼッケン1」を選んだのは2012年のストーナー以来11年ぶりと。ゼッケンとチャンピオン防衛にまつわるジンクスは薄れたとはいえ、ネガティブなイメージがかつて存在した「ゼッケン1」は、選択することに勇気が必要なはずです。しかし、バニャイアはあえて自分の意思でこれを背負うことにしました。
もはや敬遠されてきた「ゼッケン1」ですが、もしかすると今シーズン以降、新たな「ゼッケン1」の伝説が形作られていくのかもしれません。
意外な理由でゼッケンを変更したライダーたちでは、なぜライダーは、その個性を表すためのアイコンとして定着したゼッケンを、途中で変更するケースがあるのでしょうか。ちょっと変わった例とともに紹介します。
ホルヘ・ロレンソは2008年まで「ゼッケン48」をつけていました。これを選んだ理由は、ロレンソの個人マネージャーが元ライダーで、現役当時にこのゼッケンを好んでつけていたからです。しかしロレンソは2008年シーズン終了後にマネージャーを解任すると、2009年からはインターネットでのファン投票を参考にして選んだ「ゼッケン99」に変更し、引退する2019年までそれを通しました。マネージャーとの間にどんな確執があったのかは明らかになっていません。
また、2008年と2009年のダニ・ペドロサ(ホンダ)の例も挙げておきましょう。

モトGPで7回のチャンピオンを獲得したバレンティーノ・ロッシは引退するまでゼッケンは46だった(小林祐史撮影)。
その悔しさを翌シーズンの糧とするために、2009年は「ゼッケン3」に変更します。ところが、前年以上に怪我や不運で、ランキングは3位のまま。ここでゼッケンを変える願掛けを諦めたペドロサは、ゼッケンを従来の「26」に戻します。ペドロサは引退する2018年までそのゼッケンで通しましたが、引退までにチャンピオンを獲得することはついにできませんでした。もし、諦めずにゼッケン変更を繰り返していたら、違った結末になったのかも……ちょっと意地の悪い想像ですが、レースに禁物の「たられば」で異なる結果を夢想してみたくなるエピソードです。