海上自衛隊には、ミサイルになりきり護衛艦を「攻撃」する航空機があります。自衛隊の装備見直しによって間もなく退役してしまう、わずか数機の激レア機を機内含めて見学してきました。
2023年10月1日に千葉県の陸上自衛隊木更津駐屯地で開催された「木更津航空祭」。初公開となる第1ヘリコプター団輸送航空隊のV-22「オスプレイ」をはじめとした陸海空自衛隊の機体だけでなく、海上保安庁のDHC-8-315中型飛行機「ボンバル300」型や、警視庁のヘリコプターAS332スーパーピューマ「おおぞら」も飛来する一大イベントとなりました。
その中で約30年ぶりに木更津にやってきた機体があります。その名は海上自衛隊の訓練支援機「U-36A」。全身の半分以上を黄色く塗った自衛隊機とは思えない派手な小型機です。
2023年10月1日に行われた「木更津航空祭」で約30年ぶりに同地で展示された海上自衛隊の訓練支援機U-36A(深水千翔撮影)。
U-36Aは、アメリカのリアジェット社(現ボンバルディア)が開発したビジネスジェットを改造した機体で、海上自衛隊は1987年に導入しています。速力はマッハ0.78と海自機の中で一番の高速。現在は4機全てが山口県にある岩国航空基地所在の第81航空隊に配備されています。
同機の任務は、海自艦艇の訓練支援。もっと言うと対艦ミサイルの動きを真似することで対空戦闘訓練の標的となり、艦対空ミサイルや主砲、CIWS(高性能20mm機関砲)、欺瞞用のチャフやジャミング(ECM)といった防御手段を持つ護衛艦と艦艇乗組員の練度を向上させるのが目的です。
電子戦訓練支援機UP-3Dとタッグ組むこともU-36Aは訓練機ゆえに、機体は前述したように鮮やかな黄色とオレンジが使われており、遠目からでも見分けがつくようになっています。
「シーカー」とは誘導センサーのことで、ミサイルが目標を捕捉・追尾するための目の役割を果たしています。
U-36Aでは複数の誘導方式を再現できるようになっており、具体的には以下の3種類のミサイルシーカーを模擬できるよう設定されています。
1、 ミサイルがレーダー電波を発射して目標を捕捉、追尾する「AR(アクティブ・レーダー・ホーミング)方式」
2、 目標の赤外線を捉えて捕捉、追尾する「IR(インフラレッド・ホーミング)方式」
3、 ARとIRの両方を複合した「HYB(ハイブリッド・ホーミング)方式」
これらによって、実戦で想定されるさまざまな状況に対応した訓練を行えるようになっています。

2023年10月1日に行われた「木更津航空祭」で約30年ぶりに同地で展示された海上自衛隊の訓練支援機U-36A(深水千翔撮影)。
さらにミサイルを模擬するだけでなく、ECMによるジャミングや、細かなアルミ片をばらまいてレーダー探知を妨害するチャフ散布も訓練によっては実施します。また、護衛艦の実弾射撃訓練に使用する標的の曳航も担っています。電波妨害装置やチャフ散布装置、標的曳航用のポッドは主翼のハードポイントに取り付けられるため、訓練に応じて付け替えられます。
なお、第81航空隊には、より電波妨害能力に優れている電子戦訓練支援機UP-3Dが配備されているため、訓練では対艦ミサイル役のU-36Aとジャミングを実施するUP-3Dがタッグを組むこともあるといいます。
リストラされちゃったよ…そんなU-36Aですが、2022年12月末に策定された「中期防衛力整備計画」において全機の用途廃止が明記されました。同計画ではサイバー・宇宙分野などの要員を大幅に増強する必要があるとする一方、自衛官の総定員(24.7万人)は増やさない方針であることから、「既存部隊の見直しや民間委託などの部外力」を活用することで防衛力の抜本的強化を実現するとしており、その整理対象の装備品のひとつにU-36Aも含まれてしまいました。
すでに01号機は今年7月に除籍され、木更津基地に飛来した04号機も年内に引退する予定です。「U-36A」が担ってきた訓練支援に関しては今後、民間会社へ委託するとしていますが、詳細は決まっていないようです。

2023年10月1日に行われた「木更津航空祭」で約30年ぶりに同地で展示された海上自衛隊の訓練支援機U-36A(深水千翔撮影)。
ちなみに、神奈川県の厚木基地にはアメリカの民間軍事会社で米軍向けの訓練を請け負うATAC(Airborne Tactical Advantage Company)の拠点があり、同社のホーカー・ハンターが仮想敵として自衛隊の訓練に登場する可能性もあります。
今回、筆者(深水千翔:海事ライター)はU-36Aの機内も見学することができました。35年にわたって活躍した同機のコックピットにはアナログの計器が並んでいました。搭載機材の補修部品はなく、他の機体から取ってきた部品もあるそうです。
ミサイルを模すという唯一無二の任務を担っていたレア機も、自衛隊が変貌する中で、間もなく役割を終えようとしています。