軍用ライフル弾にも耐える完全防弾の「移動要塞」を、ヨーロッパの防衛装備見本市で見つけました。装甲車などと異なり、まさに「走る壁」といった趣きですが、どう使うのでしょうか。

武装した犯罪者を制圧するための「壁」

 ヨーロッパの防衛装備見本市「ユーロサトリ」にて、「移動要塞」「動く城壁」とも言える珍しい装備が展示されていました。警察部隊が突入に使う防護用の装備だということですが、日本ではあまり考えられないものかもしれません。

 これは、警備・セキュリティ業界でいう「アクティブ・シューター」から身を守ることを想定したものです。

 アクティブ・シューターとは銃で武装し、積極的に多数の人間を殺傷しようとする犯罪者をあらわす言葉です。まだ日本人には一般的ではないため、我が国の報道では「銃乱射犯」や「無差別銃撃犯」などと呼ばれることが多いように思われます。一方、銃犯罪が多発するアメリカでは、アクティブ・シューター犯罪が年々増加し、大きな社会問題となっています。

 多くの場合、アクティブ・シューターは自殺志願者であったりします。背景はさまざまですが、社会への憎悪や人間関係の問題から「どうせ命絶つなら、1人でも多く道連れにして死んでやる!」とばかりに犯行におよぶ例が多いようです。

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正面から見たMV-3。高さ3.45mもの巨大な「壁」はライフル弾に対して完全な防護力を持っている。中央に突き出した、先端に円盤状のものを付けた円柱型の突起が、バッティング・ラムと呼ばれる破城槌(飯柴智亮撮影)。

 こうした思考を抱いた犯罪者への対応は、警察組織であっても極めて困難です。

殺害自体が目的のため、被害拡大を食い止めるには犯人を迅速に無力化しなければいけないのですが、死ぬ気になった人間を止めることほど大変なことはありません。しかも、相手は準備万端で武装しており、下手に手を出せば、警察側にも大きな被害が出るでしょう。

 このような状況下で、突入する警察部隊の身を守るために開発されたのが、“動く城壁”こと「MV-3 ヒュストリクス」というわけです。ちなみに「ヒュストリクス(Hystrix)」とは、ヤマアラシという意味のラテン語になります。

 MV-3を開発したのは南欧クロアチアの首都ザグレブに本社を置くDOK-INGという会社です。同社はUMV(無人多目的ビークル)やロボット関連技術を専門としており、これまでに複数のデマイニング(地雷除去)用無人車両を開発しているほか、消防用や鉱山採掘用のUMVなどを手掛けています。

クロアチア生まれの無人車両メーカーが開発

「MV-3 ヒュストリクス」は全長4.7m、全幅2.5m、全高3.45m、重量は6.8t。ペイロード(積載量)は700kgで、最大積載人数は8名、作戦時の移動速度は8 km/hです。

 MV-3を正面から見た姿は、まさに「壁」そのもの。横から見ると履帯式の車体に「壁」が固定されていることがわかります。筆者は実物を見て、「まるで中世の攻城兵器のようだ」と感じました。

 ヨーロッパでは、歴史的に城を巡る戦いが数多く行われてきましたが、この車両にはそうしたヨーロッパ的攻城兵器の発想が感じられます。

 正面に取り付けられた「壁」はもちろん防弾であり、徹甲弾を含めて現存するほぼすべてのライフル弾を喰い止めます。ぶ厚い防弾ガラスがはめ込まれた窓には、ガンポート(銃眼)が付属しており射撃が可能です。

 正面中央には「バッティング・ラム」(破城槌)と呼ばれるツノのような円柱状の突起物を装着でき、トビラや壁を破壊して前進することもできます。このあたりは、まさに攻城兵器そのものです。上段と中段には複数のハイパワー・ライトおよびレーザー照射機が設けられ、これらを使うことで視界の確保はもちろん、犯罪者への威嚇や目くらましを行えます。

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MV-3「ヒュストリクス」の全体像。
まさに動く「壁」である(画像:DOK-ING)。

 一方、「壁」の裏側はどうなっているかというと、中央には大型のLCDモニターが設置されています。実は正面に防弾ガラスで保護されたCCDカメラが9個あり、その映像をここで見ることができます。カメラ以外にも各種センサーが装備されており、もしテロリストが毒ガスなどを使用した場合でも、CBRN(生物・化学・放射性物質・核)センサーや酸素レベルセンサーで状況把握が可能です。

 車体後部は任務にあわせて交換できるアタッチメント構造になっており、展示車両では携行用の防弾シールドのキャリアーが付属していました。なお、展示ブースにいたセールス・レップの説明によると、負傷者後送(CASEVAC)用のセットアップを組んでおくのが一般的だとのことでした。

 ちなみに、履帯式の車体はリモート操作も可能で、最大500m離れた位置からでも操縦できるそうです。

日本だって他人事じゃない! 重武装事件の可能性

 では、実際に使用する場合はどのようなケースが想定されるのでしょうか。

 例えば、ショッピング・モールでアクティブ・シューター事件が発生したと仮定しましょう。相手は5.56mm口径の軍用アサルトライフルで武装しており、うかつに近づくことはできません。なぜなら、防弾ベストやヘルメットが守ってくれる範囲はごくわずかで、四肢や腰、顔面などを撃たれれば、無事ではすまないからです。しかし、MV-3があれば状況は一変します。

 アクティブ・シューター事件を例に挙げましたが、ローン・オフェンダー(ローン・ウルフ)型の個人犯による無差別テロ事件の増加も、MV-3開発の背景にあることは間違いないでしょう。また、1997年にカリフォルニア州ノース・ハリウッドで発生した重武装での銀行強盗事件のような武装強盗対策にも有効です。

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MV-3の後部に設けられた突入用の防弾盾を収納するラック。この部分はアタッチメント式になっており、異なる機能の装備を連結させることも可能だそう(飯柴智亮撮影)。

 見た目に威圧感があり、とても仰々しい装備ですが、欧米の大都市圏の警察組織には必要な装備でしょう。日本も安全とは言えません。オリンピックや万博、サミットなど、国際的なイベントは、テロリストにとって格好のターゲットとなるからです。

 また、こうした車両を事前に目に見える形で用意しておけば、テロリストを始めとした凶悪犯に対し、心理的に優位性を保つことができます。

 本来、装備品とはそういうものです。もちろん、MV-3が必要とされるようなシチュエーションは発生しないにこしたことはないのですが、この車両があることで防げる、または事態拡大を抑止できるなら、充分に価値はあると筆者(飯柴智亮:元アメリカ陸軍将校)は考えています。

 視覚的な抑止力を期待できるという点でも、MV-3は有効だと言えるのではないでしょうか。