鉄道ファンにちょっとしたブームを起こした「方向幕ソフト」の第6弾が発売されました。本作品は実際の作動音も収録された本格派。
電車の行先表示を再現する――たったこれだけの機能で大人気となった「くるくる回そう!方向幕コレクション for Nintendo Switch」シリーズの第6弾、「JR西日本編 ~大阪環状線・大和路線~ 鉄道方向幕シミュレーター」が、2025年8月7日から配信。その取材現場に今回お邪魔しました。
201系電車正面(杉山淳一撮影)
4月14日朝10時。大阪城の近くにあるJR西日本森ノ宮電車区(吹田総合車両所森ノ宮支所)で取材が始まりました。対象はウグイス色の国鉄201系電車です。
ところがこの電車をよく見ると、方向幕がありません。2012年11月から始まった更新工事でLED化されたそうです。方向幕は実物を借りて、開発元のカエルパンダの社内で撮影するとのこと。作動音も同型機で収録済みだそうです。
今回の取材は、方向幕以外の作動音の収録でした。家庭用ゲーム機用のソフトなので、ボタンの操作に対応する音を設定する必要があります。
取材では、ドアの開閉音、ブレーキ緩解音、運転席のスイッチ操作音などを収録していきました。森ノ宮電車区は大阪環状線の線路に隣接しているため、録音中に電車が来ると走行音が重なってしまいます。上空を旅客機が通過することもあり、そのたびに収録を中断します。納得できる音を録れるまで、根気よく作業が続きます。
JR西日本の職員さんの協力で、ドア開閉、ブレーキ操作を繰り返してもらいました。4月にしては気温が上がる中で、クーラーもかけてくれました。しかしクーラーの音が入ってしまうため、収録中はこまめに切ってくれます。細かな配慮です。
電車や飛行機の間隔がつかめて、「今なら録れる」と思ったら、付近で救急車がサイレンを鳴らしながら停車するというアクシデントもありました。「困ったけど、あっちの方が大変だよね……」と、こちらは待ち続けました。
「くるくる回そう!方向幕コレクション for Nintendo Switch」シリーズのこだわりについて、奥田さんに聞きました。

カエルパンダの奥田覚さん(杉山淳一撮影)
――音は現地取材でした。方向幕は実物を借りて自社でスキャンしているそうですね?
奥田:第1作の近鉄さんの許諾を取得するときに、幕のデジタルマスターデータが存在したら、それを出していただこうと思ったんです。でもそれはダメでした。ところが、「実物なら貸せるよ」ということで、最初は先方からのご提案でお借りできました。
――貸し出しなんて無理だろうと思ってデータを借りようと思ったら、むしろ実物を貸してくれた。これは鉄道ファンとしてはうれしかったのでは?
奥田:近鉄の時に「もじ鉄」の石川祐基さんに解析を手伝ってもらったところ、方向幕に使われる文字はDTPフォントが流通する前の写植時代のフォントだったとか、職人さんのレタリングもあるんです。DTPフォントでの再現は難しいと判明したので、1コマずつ取り込んでデータ化する方法が、最も遠回りに見えて、実は一番効率の良い方法という結論にたどり着きました。基本的にシリーズ通してこの方法を取っています。最初に近鉄さんで至れり尽くせりな対応をしていただいたおかげで、他の事業者さんも同じような対応をしていただいています。
――本物にこだわるところも本シリーズの特長ですね。ゲームで言うところの「リアリティ(再現度)が高い」ですね。
奥田:JR系は幕をお借りするのが難しいと早々に判明していました。2024年末、プロジェクトが自治体の審査に通って補助金を頂けたので、その資金も使いながら廃品の方向幕を50万円分くらい買い集めて、それらを元に作っています。
――すごい。方向幕実物コレクションだ(笑)。
奥田:JR西日本さんがJR後に採用した、いわゆる「黒幕」は廃品が発生してもほとんど内部で処分されてしまいます。だから中古部品は希少なんです。でも幸いなことに行先部分のデザインについては一般流通のDTPフォントが使われていることが分かったので、今回収録している幕のコマの半分くらいは、解析を元に作成した再現データを使用しています。
――うーん、そこは妥協ですよね……。
奥田:その後、JR西日本の子会社で、方向幕を含む鉄道関連のデザインを手掛けている関西工機整備さんから、103系と201系の最終版の幕の一覧表や詳細な寸法の情報を提供いただけました。それらを元に解析結果と答え合わせをしつつ、調整しました。
――原盤データを買ったんですか! もう実物を作れちゃうじゃないですか(笑)。
ゲーム機用だから「車両基地に入りたい」?――森ノ宮で、収録中に雑談で「音を収録させてもらえたら車両基地に入れる」という、鉄オタの下心があったとおっしゃいましたね。

第1弾の企画書(画像:カエルパンダ)
奥田:第1作を作るために近鉄さんへ提出した企画書に「できれば警笛を鳴らす機能を入れたい」とさりげなく入れてあって、この段階から下心が透けてるんですよね(笑)
――ゲーム機用に作るなら音が必要という、ゲームメーカーとして当然の考え方があって、そこにコッソリ鉄オタの下心を挟み込んだと(笑)
奥田:プロデュース視点で、商品としてフック(魅力)がもう一つ欲しいと思いました。「電車が大好きだった幼少期の自分だったら、どういう機能が欲しいか」と考えた時に「音が鳴ったら楽しいな」と思って。特に電気笛(警笛)は事業者さんごとに特色があるので、各鉄道会社さんの音にしたことで、年齢問わず喜んでいただけたようです。
――収録取材で「電車の音って警笛以外にもいろいろあるな」と改めて思いました。
奥田:あれもこれも入れるとなると際限なくなるので、収録は停車中に録れる音に限っています。幕コレのサウンド再生機能だけで駅に停車してから発車するまでのルーティンは再現できるようになっています。
――SNSの評判を見ると、「懐かしい」や「子どもがずっと再生してる」「方向幕で漢字や読み仮名を覚えた」などのエピソードがたくさんあります。一方で、音鉄さんからは「この車両の音は違うのでは?」というツッコミもありますね。方向幕がテーマだから、方向幕を収録できても、録音できない車両もあると思いましたが。
奥田:例えば西武2000系のように製造数が多い形式だと、製造時期や更新状態でドアエンジンが違うんですね。そのため、取材で録音できたデータを優先して収録しています。申し訳ないですが、この精度を上げると制作コストも際限なく上がるため、マニアにしか分からないであろう差分については割り切っています。日頃より公式のXアカウントから「音についてはゆるく楽しんでください」とアナウンスしています。
――やっぱり限界ってありますよね……。収録できない音は入れないという、正直な選択もあると思いますが、本作の趣旨は「クルクル回そう、楽しもう」ですからね。無音という選択はないですよね。
奥田:ただし、今回収録している103系の戸閉めの音については、応荷重装置の起動する「チッ」という音が鳴るタイミングが違うことが分かりました。網干総合車両所加古川派出所で取材した加古川線の103系と、大阪環状線を走った車両なんですが、最後に環状線や大和路線系統を走っていた103系を比較して、体質改善や延命工事を行った103系用の音については編集して合成したデータを使用しています。一応有識者の方々に音を聞いてもらい大丈夫とお墨付きをいただいています(笑)。
今回は警笛がベストコンディション――本当だ。ここは聞き比べてほしいですね。
奥田:近鉄大阪線版(part1)を作った時に奈良線版(part2)で入ってなかった音を営業列車で録ったのですが、どうしてもいろんな音が被ってしまって、10時間以上粘って使えた音が10個くらいでした。車両基地の録音取材は冷房を切っていただけたりもするし、ノイズをある程度コントロールできる分、圧倒的に効率が良いので、車両基地で取材させていただくのがベストです。でも、車両基地はだいたい本線の横にあるので、運行頻度の高い路線だと、本線の列車が通過するたびに中断せざるを得ないですね。
――仕方ないですよ。10時間10個よりはいい。森ノ宮は2時間でほとんど録れましたし。
奥田:阪神さんの尼崎車庫は、昼間の尼崎駅で10分ごとに各方面の電車が到着して接続します。きれいなパターンダイヤのおかげで落ち着いて作業できました。西武さんの南入曽の車庫でニューレッドアローの音を録っている時は、入間基地を出入りする戦闘機の音と重なって録り直しました。
――それは西武さん悪くない(笑)。
奥田:周りが住宅地という車両基地のでは、大きな音が鳴る警笛を鳴らしていただくのは難しいこともあります。鳴らせても1回1発勝負とか、控えめな音とか。今回の森ノ宮の車庫は、周りに民家が少ないこともあって、初めて最大音量で警笛を鳴らしていただけました。
――なんと、今回は警笛がベストコンディション(笑)。ちゃんと収録されても、後で再生するとノイズがあって、そのままでは使えないのではと思いますが。
奥田:このシリーズはほぼ僕だけで作っているのですが、録音作業だけ専門家に外注しています。音響やマスタリングの本も書いているDavid Shimamoto君が録音を担当しています。彼がノイズを除去した状態で納品してくれるのでかなり助かっています。
でも彼は鉄道ファンではないので、音響的に「良い音」だけど、鐵道趣味的にはイメージが違う音もあります。そのときは自分が録ったスマホの映像から抜き出した音をブレンドします。自分でもサウンド編集ソフトで作業するのですが、昔に比べるとノイズリダクション機能の性能が上がっていて、ソフトに処理を任せっぱなしにして80%くらいのクオリティでノイズ除去できます。昔ほどの苦労はないかもしれません。
ソフトに機械学習やAIが搭載され始めてから、自動処理の精度が数年前と比べて格段に上がっています。幕のデータを取り込む時の画像処理もかなりツールに任せられます。5年前だったら本シリーズを作るのに数倍の労力が掛かっていたかもしれません。
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今回の「JR西日本編 ~大阪環状線・大和路線~ 鉄道方向幕シミュレーター」は、初のJR線です。しかも国鉄を知る世代には懐かしい作品です。ぜひ、音も楽しみましょう。