祭りのために、列車を運休させるのみならず、架線まで一時的に撤去してしまう路線があります。そこまで手間のかかることをする背景には、地域に協力し、祭りを安全に進めたいという思いが存在しました。
踏切は、一般的には列車を通すために、歩行者や自動車などの通行を遮断するものです。しかし埼玉県秩父市の市街地、秩父鉄道・御花畑駅付近の踏切では年に1度、祭りの山車(だし)を通すために列車を運休させ、架線(線路の上に張られた電線)を撤去します。
毎年12月3日の「秩父夜祭」大祭がそのときです。秩父鉄道では、その数日前から踏切部分の架線を、自社製作したボルトで取り付けるタイプの「特殊架線」に替えておきます。そして大祭当日、山車の通行が近付くと、この踏切を含む秩父~影森間で列車を運休させ、架線はボルトを外して撤去。すべての山車が通過したあと、本構造の架線へと迅速に復旧させ、列車の運行を再開させます。
架線を外した踏切を渡る山車。その高さは架線柱とほぼ同じ(2010年12月、中島洋平撮影)。
ここまで大がかりなことを行う理由、それは背の高い山車が架線に当たらないようにするためです。
「この日は関連会社も含めて総動員で臨みます。主催の秩父神社や山車を出す各町会と、事前に列車の運行や山車の通過について打ち合わせ、当日もそれぞれの山車が予定どおり踏切を通過するよう、各町会と連絡を取り合います」(秩父鉄道)
秩父鉄道によると、この架線撤去をいつから行っているかは不明だそうですが、「もしかしたら(戦前に)電化した当初からではないか」とのこと。「今年も事故がないよう、地域と連携して安全に祭りを進行させたい」といいます。
秩父夜祭の人出は20万から30万人ともいわれており、秩父鉄道は架線撤去などを行う一方、特別ダイヤで列車を増発し、見物客の輸送にあたる予定です。
ほかの路線でも架線撤去 守られた伝統が世界に認められる山車が通過する際に対策を講じる踏切はほかにもあります。名鉄河和線の半田口駅(愛知県半田市)近くや、同じく名鉄竹鼻線の羽島市役所前駅(岐阜県羽島市)付近などの踏切では、山車が通過する際に、竹はしごで架線を持ち上げて通しています。
また、富山県高岡市を走る万葉線でも、「高岡御車山祭(みくるまやままつり)」の際に一部区間で運休して架線を取り外し、山車の引き回しに配慮しています。

富山県高岡市街を走る万葉線の電車。この路線でも祭りの際、一部区間で架線が取り外される(写真出典:photolibrary)。
このような山車を引き回す祭りでは、電線や架線は障害物になることもあります。明治以降、電線や路面電車の架線が街じゅうに張り巡らされていくなかで、山車の巡行を取りやめたり(東京の「神田祭」など)、山車を低くしたり(福岡の「博多祇園山笠」など)するところもあったそうです。
そうしたなか、鉄道事業者も一丸となって守られてきた「秩父夜祭」や「高岡御車山祭」などは現在、18府県33件の祭りで構成される「山・鉾・屋台行事」の一部として、ユネスコ(国連教育科学文化機関)で無形文化遺産への登録が勧告されています。通例、勧告は尊重されるため、登録はほぼ確実とも。そんな祭りを支え、地域の伝統を守ってきた鉄道事業者、そして人々の心意気が存在しています。
【写真】山車通過後の復旧作業

「秩父夜祭」では例年、約3時間にわたって秩父~影森間で運休。