民営化される大阪市営地下鉄。そもそも、なぜ民営化するのでしょうか。

それにより、利用者には運賃が安くなるという恩恵もあり得そうです。ただ、同じ大阪市交通局が運営する市営バスについては課題が残ります。

大阪市営地下鉄、日本有数の民営鉄道会社に

 2018年4月からの民営化が決まった、大阪市営地下鉄。決定までの経緯とともに、なぜ民営化されるのか、どんなメリットやデメリットがあるのかを見てみましょう。

 1933(昭和8)年に営業を開始した大阪市営地下鉄。現在の東京メトロ銀座線に続き日本で2番目、公営交通としては日本初の地下鉄で、当時は大阪市電気局が運営していました。開業時に梅田~心斎橋間の4駅、3.1kmだった路線は、現在ニュートラムを含めて9路線108駅、137.8kmにまで伸び、1日240万人以上が利用する、大阪市内の大動脈となりました。

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大阪市営地下鉄でもっとも早く開業した御堂筋線。現在は江坂~中百舌鳥間24.5kmを結ぶ(2015年12月、恵 知仁撮影)。

 とはいえ、乗車人員はピークだった1990(平成2)年度(1日281万人)から約15%減少。路線建設にかかった費用などもあり、莫大な累積赤字を抱えていましたが、職員数の削減をはじめとした数々の経営改善計画が実施された結果、2003(平成15)年度に黒字へと転換。2010(平成22)年度には累積赤字を解消し、以降も順調に黒字経営を続けています。

 そんな大阪市営地下鉄の民営化が検討され始めたのは2006(平成18)年ごろのこと。市が線路や駅などの施設(いわゆる“下”)を保有し、新会社が運行(いわゆる“上”)を行なう「上下分離方式」なども含め、さまざまな検討が行なわれました。2011(平成23)年に橋下 徹・前大阪市長が誕生すると、上下分離ではなく“下”も含めた民営化へ議論が本格化。以降、何度も市議会で議論が積み重ねられてきました。

 2016年12月には、民営化に向けた基本方針案が成立。これまで慎重な態度だった自民党が、民営化賛成への条件として提示した12項目を、吉村洋文・現大阪市長がほぼ受け入れたことから、方針を転換したためです。そして民営化最後のハードルである、大阪市営地下鉄の(市営としての)事業の廃止に関する条例案も2017年3月28日に可決され、民営化が決定。2018年4月からは、乗降客数で東京急行電鉄(東急)や東武鉄道と並ぶ、日本有数の民営鉄道会社(JRを除く)が誕生する予定です。

大阪市営地下鉄を民営化するワケ

 そもそも、なぜ「民営化」なのでしょうか。

 大阪市が公開している「地下鉄事業民営化基本プラン(案)」などによると、公営企業であるメリットとしては、資金調達の面において、公営企業に対する補助制度の活用などによって、巨額となる建設費の財源を確保することができること、また短・中期的な収支にとらわれない長期的な視点に立った経営ができるなど、民間企業とは一線を画した取組みが行なえることが挙げられています。

 一方、計画路線の建設がほぼ完了した現在は、運営や管理が主な業務となっているため、これらのメリットが薄れてきました。逆に、公営企業であるがゆえのさまざまな制約(例えば、柔軟なサービス展開ができない、関連事業への参入ができない、など)もあることから、少子高齢化などが進む将来にわたって事業を継続するには、民間企業として自らの経営責任で成長してゆくほうがいい、という結論になりました。

 今後は大阪市が100%出資して、新会社を設立。来年4月からはこの新会社が職員と車両、駅などの施設を引き継ぎ、運営にあたる予定です。

大阪市営地下鉄、民営化のメリットとは 運賃が安くなる可能性も?

 では、民営化によってどんなメリットがあるのでしょうか。

 まずひとつめは、さまざまな事業展開ができること。先述の通り、公営企業である大阪市交通局は、たとえば駅ナカで商業施設を運営したり、ホテル事業に参入したりといった、本業以外の事業に対してさまざまな制約があります。国鉄がJRとなり合理化の一方、関連事業で収支を改善して鉄道網を維持してきましたが、こういったことも可能になります。

 もっとも、大阪市営地下鉄は現在も黒字です。そこで期待されるのが、運賃の値下げ。実際に、今年4月1日からは2区(3km超7km以下)の運賃が10円値下げされたほか、3年前に行なわれた消費税率改定にともなう値上げでは、1区(3km以下)の運賃だけは逆に200円から180円へと値下げが行なわれています。今後、地下鉄がさらに利益を上げられるようになれば、さらなる値下げがあるかもしれません。利用者にとってはもっとも身近なメリットといえるでしょう。

 次に、地下鉄会社の株主となる大阪市には、固定資産税や株主配当が毎年入るようになります。

少し難しい話になりますが、これまでは地下鉄が生み出した利益は「高速鉄道事業会計」という“地下鉄を運営するためのおサイフ”に入っていて、市の一般的な“おサイフ”とは別々に管理されていました。今後は市の収入が増え、市民生活などに活用できるようになります。

 このほかにも、優秀な人材を幅広く募集できる、さまざまなサービスがスピーディーに展開できるなど、民営化によって多くのメリットが期待できます。

大阪市営地下鉄、民営化で考えられるデメリット

 逆に、デメリットは何かあるのでしょうか。

 もっとも懸念されるのは、民間企業となることで利益や効率を重視するようになり、不採算路線や非効率なサービスが切り捨てられるのではないかという点です。とはいっても、都心部を走る大阪の地下鉄はその大半が黒字路線。もっとも採算の悪い今里筋線(井高野~今里)でも、営業係数(100円の収入を得るためにかかる費用)は250程度と、JRの地方幹線程度の収益を上げており、地下鉄全駅で乗降客のもっとも少ない今里筋線の清水駅(大阪市旭区)でも、毎日5000人以上が利用しています。都心を網の目のように結ぶ地下鉄では、赤字路線を運営することが黒字路線の収益に結びつくという面もあり、また路線を廃止したところで施設の撤去に多額の費用がかかるため、そういった心配はないでしょう。

大阪市営地下鉄、民営化で何が変わる? そのメリット、デメリット 心配なバス

1990年の「国際花と緑の博覧会(花博)」にあわせて誕生した長堀鶴見緑地線(2017年10月、恵 知仁撮影)。

 効率重視という点では、さらなる合理化による人員削減で、駅員やサービススタッフが削減される可能性もあります。すでに、ホームドアが導入された長堀鶴見緑地線(大正~門真南)や千日前線(野田阪神~南巽)などではワンマン運転が行なわれており、今後はほかの路線にも波及することでしょう。もちろん安全は確保したうえでの動きとなるでしょうが、こうしたサービスの低下に対しては、利用者からの直接の声に加えて、株主である大阪市も適切な監理を行なうことで、市民の足として適切なサービスレベルを保つとしています。

 さて、これまで地下鉄の民営化についてお話ししてきましたが、もうひとつ忘れてはならないことがあります。それは、大阪市交通局が運営するもうひとつの交通事業、市営バスについてです。

大阪市営バスの将来、そこにある課題

 市営バス事業については1年前の2016年3月に、民営化に向けた基本方針案が市議会で可決されており、その後の調整が続いていました。先の市営地下鉄廃止に関する条例は、市営バスの廃止に関しても含まれており、「市営地下鉄の民営化=市営バスも民営化」という形で、廃止条例が可決されました。

 その内容は、バス事業を市の外郭団体である大阪シティバス(株)へ譲渡。同社の株式は約3分の1を大阪市が、残り約3分の2を地下鉄会社が保有するというものです。実は現在、大阪市営バスに7つある営業所のうち、大阪市交通局が直接運営しているのは3つだけ。ほかの4営業所のうち3つは、すでに大阪シティバスに業務委託されているのです。南海バスへ業務委託されている井高野営業所(大阪市東淀川区)を除き、2018年4月からは全ての営業所が大阪シティバスによって運営されることになります(井高野営業所は大阪シティバスから委託を受けて、南海バスが引き続き運営)。

 ここで気になるのが、市営バス事業の将来です。大阪市営バスは、現在はかろうじて単年度黒字を確保していますが、これまでの累積赤字や車庫用地の土地信託事業が失敗した損失などで、約800億円という莫大な累積損失を抱えています。また、この10年間でバスの利用客数は3割ほど減少していて、今後もこの傾向は続くと予想されること、さらには赤字のため先送りになっていた設備投資も必要になることから、存続に大きな困難が待ち受けていることは、想像に難くありません。

 そうなれば、不採算路線の廃止や運賃の値上げなど、利用者に影響が出るのではないかという懸念が生じます。これについて大阪市の基本方針では、路線や運行本数、さらに現在は地下鉄とのあいだで適用される乗り継ぎ割引などの運賃について、少なくとも10年間は譲渡時の水準を維持するとしています。

 ただ、これはあくまでも当面の話。市は現在も行なっている、路線維持のための補助金を継続する、バス施設の改良などに必要な資金源として基金を設置するなど、バックアップ体制を整えるとしていますが、将来どうなるかはいまのところ未知数です。

 構想から10年以上を経て、ついに決定した大阪市交通局の民営化。地下鉄とバスがより便利で快適な交通機関になれるのか、注意深く見守りたいと思います。

※乗降人員数などの各数値は、特記以外は2015年度のもの。

【写真】大阪市営地下鉄、ホームに動物がいる駅も?

大阪市営地下鉄、民営化で何が変わる? そのメリット、デメリット 心配なバス

天王寺動物園の最寄り駅である御堂筋線の動物園前駅では、ホームの壁にクロヒョウやキリンなどが描かれている(2010年2月、恵 知仁撮影)。

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