相次いで廃止された寝台列車に代わり、いまや夜間の移動手段として主力になりつつある夜行バス。「安い」「寝ながら移動できる」などのメリットを生かすため、運行ダイヤはどのように組まれているのでしょうか。

夜遅く出て、朝早く着くというメリット

 夜行バスを使うメリットといえば、各種アンケートでもいちばん多い回答の「安い」以外に、「宿代を浮かせられる」「到着後すぐに行動できる」「家の近くから乗り換えなしで直行できる」などが挙げられます。一般的に夜行バスは、何時ころに発車し、何時ころに目的地に着くようダイヤが設定されているのでしょうか。

夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早...の画像はこちら >>

ジェイアールバス関東「プレミアムエコドリーム号」。東京駅からは22時20分に出発、京都に6時台、大阪に7時台、終点の三宮には8時50分に到着する(須田浩司撮影)。

 全国でも有数の激戦区間である東京~大阪間でみてみると、路線によって多少の違いはありますが、多くは22~23時ころに出発して、翌朝6~7時ころ目的地へ到着するように設定されています。22~23時台は、新幹線や飛行機の終発が出たあとの時間帯であり、朝の6~7時台は、それらの始発が目的地に到着する前の時間帯です。

 22~23時ころの出発であれば、「仕事上がりに乗車」も可能でしょう。また、6~7時に到着すれば、「朝の会議やテーマパークの開園時間などに合わせることができ、時間を有効に使える」といったメリットも生じます。逆に言うと、出発を早くしすぎたり、到着を遅くしすぎたりすると、そのようなメリットを得にくくなってしまうといえるでしょう。

 一方、運行するバス会社は、乗務員に関する厚生労働省や国土交通省が定めた法令・告示類なども遵守する必要もあります。つまり夜行バスのダイヤは、ライバルである新幹線や飛行機の終発よりも遅く発車し、新幹線や飛行機の始発到着前に目的地に着けるように、そして乗客の睡眠時間もある程度確保でき、法令・告示類なども考慮したうえで設定されているのです。

1000km超え長距離路線、ダイヤはどうなっている?

 では、東京~大阪間よりも運行距離が長い夜行バスの運行ダイヤは、どのように設定されているのでしょうか。

 基本的な考え方は、東京~大阪間と同じく「ライバルよりも遅く出発してライバルよりも早く到着する」ですが、長距離夜行バスの場合は、これに加えて「大都市での滞在時間をできるだけ長くする」ように考慮されています。しかしながら、運行距離が1000kmを超える路線や停車停留所が多い路線では、必ずしもそうはいかないケースが出てきます。

 西日本鉄道(福岡市)が運行する福岡~新宿線「はかた号」の場合、新宿発福岡行きが21時発(福岡11時17分着)、福岡発新宿行きが18時50分発(新宿9時25分着)となっています。このダイヤには、東京での滞在時間をできるだけ長くとれるようにするためと、新宿到着後の乗務員の休息時間を確保する目的がありますが、福岡側からすると、福岡の発車時刻が会社の終業直後であり、かつ福岡の到着時刻もお昼前であることから、旅行や帰省以外での利用はしにくいというのが実状です。かといって、福岡発の時刻を現行より遅くすると、東京都心での渋滞に巻き込まれ遅延するリスクが高まりますし、逆に福岡発の時刻を早くすると、今度は終業後に乗車することができなくなりますので、ダイヤ設定に関しては難しいところです。

 同様の事例は、防長交通(山口県周南市)が運行する萩・山口・徳山~東京線「萩エクスプレス」でも。こちらは、山口県内の主要都市に停車する関係上、萩の発車時刻は17時45分と一般的な会社の終業前に発車、逆に萩の到着時刻は10時04分となっています。

夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早く到着」実現する工夫

運行距離1000km超えの防長交通「萩エクスプレス」(須田浩司撮影)。
夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早く到着」実現する工夫

運行距離1000km超えの西日本鉄道「はかた号」(須田浩司撮影)。
夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早く到着」実現する工夫

南海バスのなんば・京都~鶴岡・酒田線「サザンクロス」。2名で乗務する(須田浩司撮影)。

 ちなみに、日本でいちばん早く発車する夜行バスは、全但バス(兵庫県養父市)が運行する城崎温泉・姫路・神戸・大阪・京都~東京線「LimonBus(リモンバス)」です。

神姫バスツアーズ(同・姫路市)からの委託で運行する夜行バスですが、始発である城崎温泉の発車時刻は、なんと夕方の16時40分。14時間40分かけて秋葉原・東京ディズニーリゾートまで走行します。

短距離夜行バスは、あえて長時間運行することも

 運行距離が200~300km台の短距離路線でも夜行便が設定されているケースがあります。このような夜行バスのダイヤは、どうなっているのでしょうか。

 昼行便、夜行便双方が運行されている福岡~鹿児島線「桜島号」(西鉄高速バス、JR九州バスなど)の場合、福岡・鹿児島両地を23時台に発車し、翌朝6時台に目的地へ到着する夜行便のダイヤを設定。通常の速度で走れば4時間半程度で到着しますが、夜行便はあえて、約6時間半かけて運行しています。

 理由は「乗客の睡眠時間の確保」と「乗務員の仮眠休憩時間の確保」です。この路線は完全ワンマンで運行していますが、夜行バスをワンマンで運行する場合、国土交通省が定めた「高速乗合バスの交替運転者の配置基準」により、運行距離(原則400km)や連続運転時間(おおむね2時間まで)、休息時間(おおむね2時間ごとに連続15分以上)などが細かく決められています。これら基準を遵守する目的と、乗客の睡眠時間を確保するために、途中のサービスエリアで乗務員の仮眠休憩時間を設けているのです。

 同様の事例は、名古屋~大阪線「青春大阪ドリーム名古屋号」(ジェイアール東海バス、西日本ジェイアールバス)や大阪~高知線「よさこい号」(阪急バス、とさでん交通)、「広福ライナー」夜行便(中国バス、JR九州バス)、「福岡~延岡・宮崎夜行線」(西鉄高速バス、宮崎交通)などでも。これら完全ワンマン運行の夜行バスには、床下や車内後部に乗務員専用の仮眠室が設けられており、仮眠休憩時はこの仮眠室で休憩をとっています。

 なかには、運行距離が400km以上の路線でも完全ワンマン運行をする夜行バスもありますが、これらの多くは途中の交替地点で乗務員が交代します。

代表的なものとしてはJRバスの「ドリーム号」が有名ですが、「ドリームさいたま号」(西武観光バス、西日本ジェイアールバス)や「カルスト号」(近鉄バス、防長交通)のように、共同運行会社の協力を得て完全ワンマン運行を行っている路線もあります。

 一方、「高速乗合バスの交替運転者の配置基準」では、「当該運行の運行直前に11時間以上の休息期間を確保している場合」などの条件を満せば500kmまでの夜間ワンマン運行が可能と定められており、これらを満たすことで交代地点での途中交替を行わない完全ワンマン運行を行っている路線もあります。岡山~福岡線「ペガサス号」(西日本鉄道、両備ホールディングス、下津井電鉄)や、大阪・京都~東静岡・河口湖線「フジヤマライナー」(近鉄バス、富士急山梨バス)などがこれに該当します。

夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早く到着」実現する工夫

完全ワンマン運行の阪急バス「よさこい号」(須田浩司撮影)。
夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早く到着」実現する工夫

完全ワンマン運行の宮崎交通「福岡~延岡・宮崎夜行線」(須田浩司撮影)。
夜行高速バスの真価はダイヤにあり ライバルより「遅く出発・早く到着」実現する工夫

途中で乗務員交代を行う近鉄バス「カルスト号」(須田浩司撮影)。

 ちなみに、夜行バスを含め「高速バス」の乗務員が2名体制になる基準は、「高速乗合バスの交替運転者の配置基準」に照らし合わせてみると、おおむね350km前後といわれています。東京発着の夜行バスを例に挙げると、仙台、新潟、名古屋付近への路線であれば交替は不要。盛岡以北や北陸、京阪神以西に向かう路線では交替(もしくは2名乗務による運転)が必要ということになります。

 夜行ならではのメリットを引き出せるよう設定されている夜行バスのダイヤですが、先述の通り、各種法令や告示類もきちんと考慮されています。いちばん大事なことは、バス会社側が常に乗務員の運転時間や拘束時間について責任を持ってしっかり管理し、安全最優先で運行すること。ダイヤだけではなく、バスの運行体制にも注目してみることで、夜行バスという乗りものに対する「理解」がより深まるのではないのでしょうか。

※一部修正しました(5月6日21時45分)。

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