ロッキード・マーチンやボーイングはじめ世界の名だたる航空宇宙企業はいま、理系学生の教育を推進しています。日本の学生も対象ですが、もちろん慈善事業というだけではありません。

彼らが力を入れる「STEM教育支援」について解説します。

理系学生の裾野を広げる取り組み

 2018年8月20日、秋田県能代市で、特定非営利活動法人日本モデルロケット協会(埼玉県ふじみ野市)が主催する「ロケット甲子園」が開催されました。

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「ロケット甲子園」で優勝した普連土学園チーム。最も優れた成績をおさめた女子学生チームに贈られる「ロッキード・マーチン賞」も受賞(画像:日本モデルロケット協会)。

 この大会は中学生から高校生までを対象とし、3名から10名までのチームが、樹脂や紙などで製作した教育用小型ロケット(モデルロケット)に、宇宙飛行士に見立てた生卵を搭載して指定の高度まで打ち上げ、パラシュートで着地させて、生卵を割ることなく回収するという競技の全国大会です。

 大会にはF-35戦闘機などのメーカーであるロッキード・マーチンが協賛しており、最も優れた成績をおさめた女子学生チームに対して、ロッキード・マーチン賞を授与しています。

またロッキード・マーチンは2016年から女子中高生を対象に、モデルロケット製作と、ロケット甲子園を頂点とする全国大会への参加を支援するプログラム「Girl's Rocketry Challenge」も行なっています。

 世界的な航空宇宙企業であるロッキード・マーチンが、日本の女子中高生のモデルロケットへの取り組みをなぜ支援しているのか、不思議に思う方も多いのではないかと思いますが、実はこうした取り組みは、世界では珍しいものではありません。

 1990年代前半、アメリカでは同国の基幹産業である航空宇宙防衛産業や、コンピューター産業などの維持発展に不可欠な科学者や技術者の適格者が、将来不足する懸念があるにもかかわらず、初等教育や中等教育で、科学者や技術者や技術者の育成に不可欠な、科学・技術・工学・数学を統合して教えるシステムが整っていないことが問題となりました。

 この事態を受けてアメリカでは、初等教育の段階から科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathmatics)を統合的に教える「STEM」教育が盛んになりましたが、最も科学者や技術者を必要とする航空宇宙産業も、アメリカと自社の得意先である外国で、STEM教育の支援に乗り出しています。ロッキード・マーチンは10年ほど前から若い女性のSTEM教育の支援に力を入れており、シンガポール、インド、韓国、そして日本で様々なプログラムを実施していて、日本では女子中高生のモデルロケットへの取り組みを支援しているというわけです。

世界の名だたる企業が続々と

 ロッキード・マーチン以外にも、欧米の大手航空宇宙メーカーは、様々な形でSTEM教育の支援を日本で行なっています。

 イギリスの大手航空機エンジンメーカーのロールス・ロイスは2017年から、日本でもSTEM教育支援として、「ロールス・ロイス サマーサイエンスキャンプ」を開催しており、2018年に仙台で開催された第2回の「サマーサイエンスキャンプ」では、参加した中高生がジェットエンジンに不可欠なファン(送風機)を使用する、ホバークラフト作りの技術を競い合いました。

ロッキード・マーチンがリケジョ育成のナゼ 欧米航空宇宙企業の「STEM教育支援」とは

「スペースキャンプ」に参加した日本の中学生。宇宙飛行士の訓練施設で訓練体験などを行なった(画像:ノースロップ・グラマン)。

 航空自衛隊が運用しているE-2C早期警戒機や、自衛隊が導入するRQ-4「グローバルホーク」無人偵察機のメーカーであるノースロップ・グラマンが運営するノースロップ・グラマン財団は、毎年夏にアメリカのアリゾナ州ハンツビルで開催される「スペースキャンプ」へ日本の中学生と教師を派遣しています。

「スペースキャンプ」は、参加した中学生は宇宙飛行士の研修設備でロケットの設計や発射、宇宙飛行任務のシミュレーションなどに、教師はSTEMコンセプトを授業で活用する方法を発見するためのプログラムにそれぞれ参加すると共に、世界各国の参加者と交流を行なうイベントで、ノースロップ・グラマン財団は中学生と教師の渡航費用を全額負担しています。

なぜ日本の学生を欧米企業が支援するのか

 ボーイングもシアトル航空宇宙博物館と提携して、飛行機やロケットが飛ぶ原理をわかりやすく紹介するショーや、ロボット製作などを体験できるワークショップを行なう「ボーイングSTEMプログラム in ジャパン~シアトル航空博物館がやってくる」などのイベントを開催しています。

ロッキード・マーチンがリケジョ育成のナゼ 欧米航空宇宙企業の「STEM教育支援」とは

2015年のパリ国際航空ショーで開催された日本航空の藤明里機長と航空宇宙や科学の道を志すフランスの若い女性たちとの交流会(竹内 修撮影)。

 ヨーロッパの大手航空宇宙メーカーであるエアバスは、全世界の大学生から、航空宇宙の斬新なアイデアを募集する「Fly Your Idea」コンテストを隔年で開催していますが、このコンテストの表彰式は「パリ航空ショー」の会場で行なわれています。またエアバスは2015年のパリ航空ショーで、JAL(日本航空)で初の女性機長となった藤明里さんを招いて、フランスで航空宇宙や科学の道を志す、若い女性と交流するイベントを開催するなど、若い人たちが航空宇宙の最先端技術に触れたり、パイオニアから話を聞く機会を設けたりしています。

 これら欧米の大手航空宇宙企業が、日本でSTEM教育の支援を活発に取り組んでいるのは、日本が有力な得意先であると同時に、自社製品の製造に必要な部品や技術の供給源でもあるからです。日本の学生に科学や航空宇宙への関心を持たせて、科学者や技術者への道を進んでもらうことは、長期的にはこれらのメーカーにとって利益となります。つまり欧米の大手航空宇宙企業のSTEM教育の支援は慈善事業であると同時に、一種の投資という側面も持っています。

STEM教育、国内企業などの動きは?

 日本の航空宇宙産業も、STEM教育の支援に取り組んでいます。

 前に述べた「ロケット甲子園」で優勝したチームは、隔年で交互に開催されている「パリ国際航空ショー」(フランス)と「ファンボロー国際航空ショー」(イギリス)に合わせて、毎年開催されている世界大会「IRC(International Rocketry Challenge)」の出場権を獲得するのですが、2018年のファンボローで開催された大会には、2017年の「ロケット甲子園」で優勝した、埼玉県立大宮工業高校の学生による「チーム宮工」が出場して3位に入賞しています。このチーム宮工の「IRC」参加にあたっては、日本の大手航空宇宙企業が加盟する一般財団法人 日本航空宇宙工業会(東京都港区)と、その加盟企業であるエンジンメーカーのIHI、航空機の飛行姿勢を制御する「アクチュエーター」の分野では世界有数の企業であるナブテスコ(東京都千代田区)が、ロッキード・マーチンと共に、渡航費用負担などの支援や、現地でのサポートを行なっています。

 世界大会に参加する日本代表チームは、ただ大会に参加するだけではなく、展示された航空機や企業ブースの見学なども行なっており、参加した「チーム宮工」の生徒は、世界の航空宇宙の最先端技術に触れて、大いに刺激を受けたと述べています。

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「Girl's Rocketry Challenge」参加の女子学生。試行錯誤しつつ樹脂や紙などの素材でロケットを製作し、2018年5月の全国大会に参加した(画像:ロッキード・マーチン)。

ロッキード・マーチンがリケジョ育成のナゼ 欧米航空宇宙企業の「STEM教育支援」とは

「ファンボロー国際航空ショー」の会場でモデルロケットの打ち上げ準備を行なう「チーム宮工」の生徒たち(画像:日本モデルロケット協会)。
ロッキード・マーチンがリケジョ育成のナゼ 欧米航空宇宙企業の「STEM教育支援」とは

「ファンボロー国際航空ショー」会場内に展示された航空機に試乗する「チーム宮工」の生徒(画像:日本モデルロケット協会)。

 また、日本航空宇宙工業会が4年に1度「国際航空宇宙展」と題し、航空宇宙の総合イベントを開催しています。2016年の同イベントでは、宇宙飛行士の山崎直子さんの講演会や、JAL(日本航空)の女性パイロットや整備士による航空教室などが開催されました。

 2018年11月に開催される「国際航空宇宙展2018東京」は、「東京オリンピック・パラリンピック」により2020年に「国際航空宇宙展」が開催できなくなることから、急遽開催が決定した商談を目的とするイベントのため、一般向けの催しなどは予定されていません。2021年の開催が予定されている「国際航空宇宙展」では、日本だけでなく、アジアや世界の若い人たちに、航空宇宙や科学への関心を持ってもらい、日本の航空宇宙技術に触れるイベントにして欲しいものです。

【写真】白煙を噴き打ち上がる「モデルロケット」

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教育用モデルロケット打上げの様子。このサイズのものでも高度80m程度まで到達することもあるという(画像:ロッキード・マーチン)。