世界中どこを見ても、戦車の乗員はおおむね3名か4名です。もちろんこれには理由がありますが、この「1名」の差というのは、実に大きなものといいます。

自動化による人員削減は、現場にどのような変化をもたらしたのでしょうか。

そもそも戦車乗りの「お仕事」とは?

 世界の戦車の乗員数を見渡してみると、どこも3名から4名となっています。自衛隊の戦車の乗員数も3名から4名です。なぜこの乗員数なのでしょうか。また、適切な人数なのでしょうか。

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観閲行進する10式戦車。乗員は見えている3名だけ(矢作真弓撮影)。

 自衛隊の戦車はただ演習場内を走っているだけではありません。万が一の戦闘に備えて、日々訓練を繰り返して、乗員の能力向上を図っています。

 そのような戦車の能力を最大限発揮するには、大きく分けて「走る」「撃つ」「込める」「指揮する」といった4つの役割を乗員が担う必要があります。この4つの役割はひとりの人間ではこなせません。そのため乗員には、それぞれの役割が割り振られます。

 まず「走る」ために必要なのが「操縦手」です。操縦手は、戦車前方にある操縦席に乗って、戦車を直接操ります。細かい指示などは後述する「車長」の指示によって決められるそうですが、直接戦車を操る感覚を味わえるのは操縦手の特権とも言えるでしょう。

 次は「撃つ」を担当する「砲手」です。砲手は、戦車の中央にある砲塔と呼ばれる部分に位置して、車長の指示によって示された目標に対して射撃をします。戦車の射撃は、砲手の技量と乗員たちのチームワークによってその精度が左右されるともいわれていますので、砲手の責任は重いですが、それだけやりがいもあるでしょう。

 この砲手をサポートするのが「込める」動作を行う「装填手」です。装填手は車長によって示された弾薬を装填します。この動作が遅いと、その戦車は射撃するまでの時間が掛かってしまい、敵の反撃を受けてしまう可能性があります。そのため、装填手の技量は、その戦車の戦闘力に直結するといっても良いかもしれません。

 最後の「車長」は、その戦車に関する責任者として戦車に乗っています。自分が乗っている戦車をコントロールして、ほかの戦車や部隊と協力しながら目標に向かって進んでいきます。

 自衛隊の戦車のなかで「74式戦車」はこのように4名1チームで動きますが、「90式戦車」や「10式戦車」は自動装填装置を搭載したことによって「装填手」が乗っていません。そのため、この2種類の戦車は3名1チームとなります。実は、この乗員数の変化が戦車乗りたちにとって、様々な影響を与えているそうです。

自動装填装置の採用で戦車乗りたちになにが起きた?

 自動装填装置が登場したことによって、戦車の乗員数が減りました。そのため、万が一、戦闘で戦車が攻撃されても、被害を受ける人員が減ります。人的損耗を考えると、戦車の乗員数は少ないほうが良いのでしょう。また、戦車乗りの人件費も抑えられ、人手不足に喘ぐいまの自衛隊には良い選択なのかもしれません。ただし、その裏では、戦車乗りたちの悲痛な叫びが聞こえてきました。

戦車の適切な乗員数は? 自動になったら負担が増えた、昨今の陸自戦車乗りの実情とは

74式戦車が使用する機関銃弾を搭載する隊員(矢作真弓撮影)。
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整備しやすいように砲塔やサスペンションを下げた状態の74式戦車(矢作真弓撮影)。
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90式戦車の前に整列する乗員たち。自動装填装置が搭載され、乗員は3名(矢作真弓撮影)。

 戦車は自重が重く、一度に長い距離を自走することができません。一説によると350km程度の距離を自走したら、大掛かりな整備をしなければならないとも噂されています。この大掛かりな整備は、整備を専門とする整備部隊の力を借りることになるのですが、普段の軽易な整備は自分たちで行います。この時、自動装填装置の登場によって減らされた1名の重みを感じることがあるそうです。

 戦車の整備項目として代表的なものはエンジン、トランスミッション、走行装置、主砲、機関銃、電気関係、無線機、そして搭載している高度なコンピューターの点検などです。エンジンやトランスミッションなどの装置は現場の乗員だけで交換することはできませんが、普段の点検は乗員が行うそうです。

 射撃が終わった後には主砲の手入れも必要ですし、74式戦車、90式戦車、10式戦車に搭載されている12.7mm重機関銃は本体だけで約38kgもあります。ある程度分解してから運び出すのですが、訓練で疲れた体には堪える重さです。

 また、防御戦闘ともなると、戦車用の陣地を構築する場合もあります。その時、重機が使用できれば良いのですが、場合によっては人力で戦車が半分ほど埋まる深さまで地面を掘るといいます。これは非常に労力を必要とする作業で、90式戦車や10式戦車など3名しか乗員がいない場合、欠けた装填手1名の存在を大きく感じるといいます。

影響は日々の作業のなかにも

 防御陣地構築ほどの作業でなくても、たとえば普段、使用後の戦車にはシートを被せるのですが、このシートは戦車全体を覆うほどの大きさで、厚手の生地なので重さもあります。

とてもひとりではシートを掛けることができないので、2名から3名で作業することになるそうです。ところが、車長はほかの戦車の車長や部隊との調整会議などで不在にしていることが多く、そのため90式戦車や10式戦車などでは、場合により2名でシート掛けはもちろん、自分たちが乗る戦車の手入れをもするそうです。

 ほかにも、万が一の戦闘時に1名が負傷してしまうと、他の乗員の負担が大きくなりすぎて、場合によっては戦車として機能しなくなる恐れもあります。

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負傷した戦車乗員を救助する衛生隊員たち。乗員3名の場合、1名が欠けると戦闘を継続するのは難しい(矢作真弓撮影)。

 余談ですが、北海道の戦車部隊の乗員によると、冬場の訓練では、しばらく走行しない時には履帯(いわゆるキャタピラー)周辺の雪を落としておくそうです。なぜならば、履帯回りにこびりついた雪や泥が走行後のまだ暖かい車体の熱で溶かされ、その後に冷えた車体と外気に晒された泥水が夜中に凍り付いて、走行できなくなる場合もあるからだそうです。

 先ほども延べたように、止まっているあいだは、車長は調整や会議でいない場合が多い戦車。装填手がいれば3名でできる作業を、自動装填装置が取り付けられたために2名で作業しなければならない90式戦車と10式戦車の乗員たち。もちろん、近くに味方部隊の戦車や支援部隊がいれば手を借りることもできますが、なかなかそうもいなかい時もあるそうです。

 イベントなどで見る華やかな姿の後ろでは、少人数で懸命に戦車の整備をする乗員の姿があったのです。

【写真】米陸軍M1A2「エイブラムス」の装填手と戦車砲弾

戦車の適切な乗員数は? 自動になったら負担が増えた、昨今の陸自戦車乗りの実情とは

アメリカ陸軍のM1「エイブラムス」は1970年代に開発され、改良を重ねられ現在に至る。
乗員は装填手を含む4名。手にしているのは戦車砲弾(画像:アメリカ陸軍)。

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