バス運転手が不足し、本来のサービスを提供できなくなる事例が増えています。採用活動が国ぐるみで活発化するなかでも、特に若年層と女性の活用が遅れている背景には、「憧れの業界」だったがゆえの、構造的な問題が横たわっています。
バス運転手(乗務員)不足が深刻です。全国の路線バスで、運転手不足を理由に減便が相次いでいます。高速バスでも、週末に需要はあるのに続行便(2号車以降)を設定できず満席で発売を打ち切るとか、貸切バスでは、遠足シーズンなどに車両はあるのに運転手不足から受注を断るといった例が、多くの事業者で常態化しています。
バスの車両数に対し、運転手が不足している。写真はイメージ(画像:khunta/123RF)。
そのため、各事業者による運転手採用の動きは活発です。2019年5月18日(土)、東京・新宿で開催されたバス運転手専門の就職イベント「どらなびEXPO」(求人サイト「バスドライバーnavi(どらなび)」が主催)では、61社がブースを出展して自社の魅力をアピールしました。筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)は、バス運転手を目指す参加者(約400人)向けの講座などを担当しましたが、みな真剣にメモを取りながら聞いてくれるなど、会場は熱気に包まれていました。それでも運転手不足が解消しないのには、どのような理由があるのでしょうか。
バス運転手不足が最初に問題となったのは、2011(平成23)年の東日本大震災直後、宮城県を中心とした被災地でした。復興需要により、資材運搬トラックなどに乗務するほうが、バスよりも待遇がよくなったことが背景にあります。その後、製造業の国内回帰などの影響を受け、2014年ごろからはバスに限らず全国的に職業運転手の不足が顕在化しました。
この問題を考える際にまず重要な点は、特定の産業の問題ではなく、この国全体で人手が不足しているという点です。各年齢の人口が250万人近くいる「団塊の世代」(1947~49年ごろ生まれ)の定年退職が済んだ一方、現在の20代は、各年齢120万人前後しかいません。生産年齢人口の急減少という構造的な問題なのです。宅配便やコンビニから製造業まで、あらゆる業界での人手不足のニュースが毎日のように報じられています。
そうしたなか、バス業界では車両数が増加しています。貸切バス分野の規制緩和(2000年)により新規参入が続き、事業用バス(乗合バス、貸切バス)の総数は、それから17年間で19.5%も増加しました。これは、必要とされる運転手の数が約2割増えたことを意味し、それぞれの事業者単位でみると、人手不足という結果につながります。
「黙っていても優秀な人材が来た」時代も一方、業界の努力不足といわれても仕方ない理由もあります。バス運転手の平均年齢は49.8歳と、全産業平均(男子)を7歳も上回っています(2017年)。また、バス運転手に占める女性の比率は約1.7%(2018年)しかなく、たとえば女性自衛官の比率(約6%。2017年)をも大きく下回ります。バス業界は、「若年層」と「女性」の活用が極端に遅れているのです。
バス運転に必要な大型二種運転免許は、21歳にならないと取得できないため、高校卒業時点ではバス運転手になれません。一方で、この大型二種は「陸上の運転免許の最高峰」とされ評価が高く、取得さえすればどのバス事業者でも有効で、業界内の転職も容易です。こうしたことから、高校や大学の新卒者を採用して自社で運転士やパイロットとして教育する鉄道や航空業界とは対照的に、バス運転手は「バス事業者が自ら育てる」ものではありませんでした。
1990年代ごろまで、バス運転手の待遇が極めて恵まれ人材確保に苦労しなかったこともあり、「タクシーやトラックで無事故無違反の優秀な人材が、ステップアップを目指しバス業界の門を叩きに来るんだ」という雰囲気がありました。トラックなどの経験者採用に頼り若年層の育成を怠ったことが、いま直面しているバス運転手高齢化の要因です。大型二種免許保有者全体でみても、40歳未満の比率はわずか10%未満ですから、若手の採用と育成は急務です。
女性運転手が少ないのにも理由があります。ずっと「男社会」であったバス業界では、女性運転手を採用しようとすると、女性用の制服や休憩室などを新たに準備しないといけません。女性活用が進んでいないのは、女性に適性がないからではなく、各事業者が「できれば新たな投資をしたくない」と考えたからなのです。逆にいえば、「女性を積極的に活用する」とバス事業者が決心さえすれば、女性運転手を増やすことは可能です。

2019年5月に開催されたバス運転手専門の就職イベント「どらなびEXPO」の様子(成定竜一撮影)。
そして近年、関越道事故(2012年)、軽井沢事故(2016年)と、社会的に問題になる大きな事故が続きました。
他方、大手事業者では「所定労働時間を超過すれば、1分単位で残業手当が付く」とか「有休休暇消化率96%」というふうに、労働環境が恵まれた会社が目立ちます。公営事業者(市営バスなど)や大手私鉄系事業者は、経営も安定しています。むろん、人の命を預かる仕事ですから「楽な仕事」「気軽な仕事」とは言えませんが、一部の悪質事業者に過度に注目が集まった結果、必要以上にバス運転手のイメージが悪化したことは残念です。
近年の深刻な人手不足を受けて、バス業界でも新たな取り組みが進んでいます。大型二種免許未取得者を採用し、場合によっては内定を出した時点で会社が費用を負担し、免許を取得させる「養成制度」は、ここ数年で相当な数の事業者に広がっています。
中途採用のほか、高校や大学の新卒者も対象とする事業者も増えています。高卒の場合、大型二種免許がとれるまで約3年が必要ですが、逆にいうと、それまで営業所や整備工場の業務を補佐するので、営業制度や接客、車両技術などに相当な知識を得ることができます。彼らの多くが優秀な運転手として育つようです。
バス営業所や自動車教習所を利用してのバス運転体験会や職場見学会も、各社で行われています。

日野の大型観光バス「セレガ」に搭載された衝突被害軽減ブレーキの作動イメージ(画像:日野自動車)。
また、女性活用の取り組みも進んでいます。1998(平成10)年、東急トランセが渋谷~代官山の循環路線を小型バスで開設した際、この路線を女性運転手のみとしました(現在は男性も乗務)。専用の車両カラーリングも導入するなど、当時はイメージ戦略の要素が大きかったと思われますが、現在では人材確保の観点からも、空港内ターミナル循環バスやコミュニティバスなど、未経験者でも負担の小さい業務に限定し、大勢の女性を一気に採用する事例が増えました。同期入社や同じチームに女性が多いことで、女性も安心して応募できるようです。
それでも深刻な運転手不足 「あらゆる産業と比較されている」むろん、男性運転手と共通の勤務シフトで活躍している女性運転手も数多くいます。営業所の休憩室や高速バス運転手向けの仮眠施設に、シャワーやマッサージチェアを完備した「女性専用エリア」を設ける例も増えました。大手私鉄系事業者などでは、グループ会社が運営する託児所を優先的に利用できるケースもあります。
また業界横断的な動きも見られます。2013(平成25)年に国土交通省が有識者会議「バス運転者の確保及び育成に関する検討会」を設置したほか、翌年には前述したバス運転手専門の求人サイト「バスドライバーnavi(どらなび)」がサービスを開始。さらに2018年には、一般社団法人の「女性バス運転手協会」が設立され、女性運転手を増やすためのイベントなどを行っています。
そのような取り組みを重ねても、前述のように、国全体での構造的な人手不足は深刻です。バス事業者は、同業者やタクシー、トラック事業者とだけ運転手採用で競合しているのではなく、国内のあらゆる産業と、待遇や働き甲斐の面で比較されているのだと理解し、運転手確保に真剣に向き合う必要があります。
たしかに、大手事業者の待遇は他業界と比べても決して悪くありません。しかし、人の命を預かる一方で、実は相当な接客レベルも求められる仕事の中身を考慮した場合、それで十分か、もう一度考え直す必要もあるでしょう。真摯に業務に取り組んでいる優秀な運転手が正しく評価を受け、昇給、昇格するような人事制度の充実も求められます。
ましてや、「とにかく(時間と距離を)長く走らせて、その分だけ給料を出せばいい」「人件費を切り詰めて、安い運賃を提示すれば予約が増える」などと経営者が安易に考えている一部の中小事業者は、今後、運転手に選んでもらえなくなり、「人手不足倒産」さえ起りえます。もしも、再び関越道事故や軽井沢事故のような大事故が発生すれば、なり手はますます減ってしまいます。現役のすべての運転手、運行管理者、そして経営者らが安全性確保に真摯に取り組み、二度と大きな事故を起こさないことこそ、最も重要な取り組みだともいえるでしょう。
【表】数字で見るバス業界 タクシーやトラック業界と比較すると…?

自動車運送事業などにおける就業構造。女性比率はいずれも3%に満たない(平成30年度版「交通政策白書」より)。