海上自衛隊には、対艦ミサイルに化ける小型ジェット機があります。そのような任務が与えられた有人機は世界的に見てなものレアです。

このジェット機が訓練に参加することは、どんな意味があるのでしょう。

対艦ミサイルへの対処は護衛艦にとって必須

 現代の海戦では、対艦ミサイルの脅威は侮れないものがあります。実際に1967(昭和42)年10月にイスラエルとエジプトのあいだで起きた「エイラート事件」や、同じ地域で1973(昭和48)年に起きた第4次中東戦争、1982(昭和57)年にイギリスとアルゼンチンの間で起きたフォークランド戦争などで、艦艇や攻撃機から放たれた対艦ミサイルが戦果を上げています。

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海上自衛隊のU-36A多用機。小型ビジネスジェット機がベースで、なおかつ目立つように主翼や尾翼、胴体下部が黄色く塗られている(画像:海上自衛隊)。

 そのため、海上自衛隊の護衛艦も対艦ミサイルの攻撃に対抗するために、艦対空ミサイルや艦砲、20mmバルカン砲、欺瞞用のチャフやジャミング装置など様々な手段を備えています。

 とはいえ、これらを効果的に使用するためには、護衛艦の乗組員にも相応のスキルが求められます。高い練度を維持するためには濃密な訓練が必須ですが、対艦ミサイルを護衛艦に向けて発射するわけにはいきません。

 そこで、実戦に即した訓練を護衛艦が行えるよう支援するのが、ミサイル役を担うU-36A多用機です。同機は小型ジェット機のため、最高速度マッハ0.78で飛ぶことができ、護衛艦が対空戦闘訓練を行う際にミサイルの挙動を模した飛び方をして、護衛艦乗組員の練度向上を図っています。

 ただしU-36A多用機は、飛び方だけ対艦ミサイルを真似ているわけではありません。同機はミサイルになりきるために、左の主翼端に模擬のミサイルシーカーを取り付け、もう一方の右主翼端の燃料タンク前方には訓練内容を記録するためのカメラを装備しています。

「シーカー」とは、ミサイルの先端に設けられる誘導センサーのことで、U-36Aの模擬シーカーは、複数のミサイルの誘導方式を再現できるようになっています。ミサイルが自らレーダー電波を照射して目標を捜索、識別する「AR方式」、目標が放出する熱、いわゆる赤外線を感知して追尾する「IR方式」、そしてARとIRの両方を備えるハイブリッド型の「HYB方式」の3種類のミサイルシーカーを再現することで、護衛艦に様々な訓練状況を付与できるようにしています。

あらゆる手を用いて護衛艦を「攻撃」

 またU-36Aは、対艦ミサイルに化けるだけでなく、電波妨害やチャフ散布、標的曳(えい)航も行います。電波妨害とはいわゆるジャミングのことで、対抗電波を発信して水上艦艇のレーダーを使えなくします。一方、チャフ散布は、細かなアルミ片を無数にばら撒いて、水上艦艇のレーダー画面上に無数の点を表示させて、レーダーを使いものにならなくさせます。

「ミサイルになりきり護衛艦を攻撃する飛行機」がある 海自U-36A多用機 その目的は…

U-36Aは、訓練時にミサイルと化すため、左主翼端にミサイルシーカーを装備している(画像:海上自衛隊)。

 標的曳航とは実射訓練時のターゲットを曳航することです。主翼下につり下げたポッドからワイヤーを介して約5000m後方に標的を曳航します。そしてこの標的に対して、護衛艦は実弾射撃を行います。

 電波妨害やチャフ散布、標的曳航は、それらを収めた筒状の装置(ポッド)を主翼下につり下げて用いるため、任務に応じて付け替えます。またチャフ散布や標的曳航は、P-3C対潜哨戒機を転用したUP-3D多用機でも行えます。

 なお、このUP-3D多用機は電波妨害能力がU-36Aよりも優れているため、訓練で対象護衛艦に対してUP-3Dが電波妨害を行うなか、U-36Aが対艦ミサイルになりきって飛ぶという、両機がタッグを組んだ高度な訓練内容もあるそうです。

 ちなみにU-36Aは、山口県岩国市にある海上自衛隊岩国基地の第91航空隊で運用されていますが、同航空隊は同機と前述のUP-3D多用機の2機種を装備しており、U-36Aについてはフライト時のコールサインは「キューピッド」です。

 ミサイルと化す「キューピッド」、なんだか意味深ですね。

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