神社と飛行機のプロペラ、一見どう関係するのか不明な両者ですが、実はプロペラが奉納された神社は全国にいくつかあり、そして群馬県の伊勢崎神社もそのひとつです。背景には戦前からの航空機メーカーとの、長く深い由縁がありました。

海のない群馬に水上機のプロペラを掲げる神社あり

 年始の行事として初詣に行く人も多いことでしょう。交通安全祈願にクルマのお祓いをしてくれる神社などもありますが、群馬県伊勢崎市には、「『渡航安全』『航空安全』を祈願する航空機のプロペラ」が奉納された珍しい神社があります。

プロペラ飾る神社に見た伊勢崎市と中島飛行機の深い縁 戦後は富...の画像はこちら >>

群馬県伊勢崎市の伊勢崎神社拝殿に掲げられたプロペラ。渡航安全と航空安全を祈念し奉納されたもの(斎藤雅道撮影)。

 伊勢崎駅からほど近くにある伊勢崎神社は、1213年に創建されたと伝えられています。主祭神は保食神(うけもちのかみ)という、飲食、産業を司る神様です。そして、この神社の拝殿の上部には、かなりの大きさの木製プロペラが奉納されています。

 元々このプロペラは、横須賀海軍工廠の要請を受けて川西航空機が1932年(昭和7)年に製造した九〇式三号水上偵察機のもの、とのことです。ちなみに同機は本格的に量産されなかったので、生産数は20機に満たないといわれており、プロペラだけでも現存しているのは奇跡的です。同神社の御朱印は、この水上偵察機をモチーフとしたものになっています。

 なぜ海なし県の群馬県に水上機のプロペラがあるのでしょうか。神社の人に話を聞くと1937(昭和12)年に、現在のスバル(旧 富士重工業)の前身である中島飛行機の社員が奉納したからだそうです。

ちょうど日中戦争が激化していく時代で、日本はその後、第2次世界大戦にも参戦していきます。奉納されたプロペラは当初、飛行機やそれに乗った人々が「無事に戦場から帰ってこられますように」と祈願したものだったそうです。

中島飛行機と群馬県伊勢崎市の深い関わりとは?

 戦争が終わった後も、プロペラは伊勢崎神社のシンボルであり続け、いまでは渡航安全、航空安全を祈願する同神社のお守りにもデザインされています。ではなぜ、伊勢崎市内の神社にプロペラが奉納されたのかというと、それは同市と中島飛行機との深い関わりを説明しなければならないでしょう。

プロペラ飾る神社に見た伊勢崎市と中島飛行機の深い縁 戦後は富士重工「スバル360」も

プロペラをかたどった伊勢崎神社の、渡航安全と航空安全を祈念するお守り。同社の御朱印もプロペラをモチーフとしたもの(斎藤雅道撮影)。

 元々、中島飛行機の創設者、中島知久平が現在の群馬県太田市出身ということもあり、群馬と中島飛行機の関わりは深く、太田市には中島飛行機の工場があり、伊勢崎市にも同社関連の施設が戦前からあったそうです。神社の木製のプロペラはそうした時代、九〇式三号水上偵察機のエンジンを中島飛行機が生産していた関係から奉納されたもののようです。

 そして戦時中、太田の工場だけでは生産が間に合わないということで、中島飛行機は1942(昭和17)年7月に伊勢崎第一工場を、1943(昭和18)年4月に伊勢崎第二工場を開設します。そこで、「隼」の名で知られる一式戦闘機や、「疾風」と呼ばれる四式戦闘機など陸軍の航空機部品を製造していました。また、海軍機の零戦に搭載されている栄エンジンが中島製ということで、零戦の部品も作っていたようです。同市が、航空機製造の一大拠点となっていったこともあり、伊勢崎神社に航空安全を祈願する人も当時は多かったのではないでしょうか。

戦後は富士重工業の工場として「スバル360」生誕の地に

 しかし、伊勢崎工場が有名になるのは、なんといっても戦後からです。

プロペラ飾る神社に見た伊勢崎市と中島飛行機の深い縁 戦後は富士重工「スバル360」も

2019年現在、ショッピングモールの敷地の一角にモニュメントとして移築された富士重工業旧伊勢崎製作所第二工場のレンガ壁(斎藤雅道撮影)。

 中島飛行機はGHQに財閥会社とされ、解体、分社化され航空機の研究、生産も禁じられました。伊勢崎工場は、富士重工業伊勢崎製作所と名前を変えます。この伊勢崎工場から1958年(昭和33)年に、「てんとう虫」の愛称で親しまれ軽自動車、大衆車の草分け的存在となった、「スバル360」が誕生したのです。

 以降、「スバル」の名前は同社のクルマのブランド名に採用されるようになり、伊勢崎工場は「スバル発祥の地」と呼ばれるようになりました。同工場は現在、解体されてしまい跡地の公園にレンガ壁の一部をモニュメントとして残すのみですが、ギザギザしたノコギリ屋根の部分が当時をしのばせます。

 2019年現在、スバルが直接所有する工場は同市にはありませんが、神社の拝殿のプロペラやレンガ壁は、その遠からぬ縁を象徴しています。また同市には「じんじゃコロッケ」と言われる、おからを使ったご当地コロッケがあるのですが、元々は伊勢崎神社にあった屋台が発祥になっているようです。渡航の安全を願いたい人や中島飛行機、富士重工に興味がある人は訪れてみてはどうでしょうか。

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