陸上自衛隊の「総火演」では、会場アナウンスと共に無線交信の音声も流れますが、特に戦車の交信は正直、何を話しているのかよくわからないことも。この交信のルールを理解していると、「総火演」の観方が少し変わるかもしれません。
毎年、静岡県御殿場市にある陸上自衛隊 東富士演習場にて行われている「総火演」こと「富士総合火力演習」ですが、新型コロナ感染症対策のため、2020年5月24日(日)に予定していた一般公開は見送られ、その代わりに例年、一般公開の前に実施している「教育演習」が23日(土)午前10時よりライブ配信されます。
「総火演」は、1961(昭和36)年から始まった陸上自衛隊の行事で、一般公開が始まったのは1966(昭和41)年になってからです。
2019年の「総火演」にて、左に曲がりながら射撃する10式戦車(2019年8月、武若雅哉撮影)。
そもそも自衛官を対象に開催されている「総火演」ですが、広報目的の要素が強くなってきたことから、見学する一般人でも分かりやすいようさまざまな工夫がなされており、たとえば会場のスピーカーからは、自衛官による演目についての解説が流れます。しかしそれでも分かりにくいのが、同じスピーカーから流れる、戦車などに乗っている隊員同士の無線交信の内容です。
戦車の車内はエンジンの音がうるさく、確実に意思を伝達するために「車内通話装置」を使っていても、戦車乗員の声は大声になりがちです。また無線交信は電波を発射するため、こちらの位置情報や通話内容が敵に伝わり、逆襲や反撃に合う可能性があります。このため、無線でのやりとりは必要最小限かつ素早く行われ、その口調は強く早口です。つまりそもそもが、当事者間以外には伝わりにくい話し方がなされているのです。
この車内における無線交信の一部は前述のように、会場に設置されたスピーカーから流れるのですが、特有の話し方ということもあり、慣れないと聞き取りづらいものでしょう。
基礎知識をふまえて2019年の「総火演」での事例を解説実際になにを話しているのか。それを理解するには、少しだけ自衛隊の組織に関する知識が必要です。
戦車部隊の場合、4両1チームを「小隊」と呼び、これが部隊単位の基本となります。チームの最小単位は2両1組の「班」で、つまりひとつの小隊にはふたつの班があり、これらを「1班」「2班」と呼称します。4両の戦車を指揮する小隊長は1班の車両に乗っているため、「小隊長兼1班長」ということになります。

戦車や装甲車の乗員が着用する「装甲車帽」。このヘルメットに取り付けられた通信器を介して車内通話や無線交信を行う(2015年11月、武若雅哉撮影)。
以上をふまえたうえで、昨年行われた「令和元年度富士総合火力演習」の「前段演習」における、10式戦車の無線交信を例に、その内容を解説していきます。
会場には、最初に小隊長が乗る「1班」2両の10式戦車が登場しました。「2班」の前進を掩護するための射撃を行いますが、ここでは「3、4の台、装甲車、1班、対りゅう、撃て」と言っています。これは、会場に設置された標的の設置場所であるところの「3と4の台」にいる敵の「装甲車」を、「1班」が「対戦車りゅう弾」で「射撃をする」という意味になります。
基本的な射撃号令のルールとしては、まず「目標の場所」、次に「目標物」、そして「誰が」「何(砲弾の種類)を撃つのか」、最後に「撃て」と射撃の指示をします。
続いて、「1班」の掩護下に進入してきた「2班」に対し、2班長が「5の台、戦車、徹甲、2班集中、左へ、撃て」と指示を出しています。
2発目以降も撃つ目標が同じだった場合、さらに号令は省略され「同一目標、右へ、撃て」などとなります。
射撃以外にも号令いろいろ 「まて」と「やめ」の違いは?ちなみに、今年が「総火演」最後の参加と見られる74式戦車の場合、丘の手前に姿を隠し、前進したあとに目標をロックオンして射撃する姿が観られるでしょう。その際は、「5の台左、戦車、対りゅう、小隊集中、撃て、前へ」といった号令が聞かれるものと思われます。
これは「5の台の左側にいる敵戦車に対して、対戦車りゅう弾を小隊の4両で同じ目標に集中して撃て、目標が見える位置まで前へ」という意味になります。この場合、戦車は号令の後にすぐ射撃する訳ではなく、前進し目標が見えてから射撃をするので、若干のタイムラグが生じます。

緑旗を掲げ、射撃を「しない」表示をする10式戦車。この状態では弾は装填されていない(2018年8月、武若雅哉撮影)。
つねに声を張っているため、射撃号令かと思ってしまう無線交信もあります。それが「前方障害、小隊(または1班)止まれ」です。これは、「戦車が前進していった先に対戦車地雷などの障害が発見されたため、危険だからこれ以上は進むな」を意味します。
そのほかに注目すべき号令は、戦車が射撃し終わったあとに言われる「撃ち方、まて」と「撃ち方、やめ」です。同じような意味に思えるかもしれませんが、実は意味が大きく異なります。
「まて」は、すぐに射撃することなく、一旦「待つ」ことを指します。つまり、まだ射撃を行う可能性があるということで、射撃を担当する砲手はいつでも次の弾が撃てるように準備しています。
「やめ」は、もう射撃をしないという意味が込められていて、この号令を聞いた砲手は次の弾を装填しません。この「やめ」の号令が掛かると、射撃する準備ができている状態を表す「赤旗」から、射撃しない状態を表す「緑旗」へと変更されるので、見た目にも判別できるようになっています。
このように、早口で省略された無線交信を聞き取れるようになると、「総火演」や戦車に対する理解もより深まることでしょう。ライブ配信を観る際には、この無線に耳を傾けてみるのも面白いと、筆者(矢作真弓/武若雅哉:軍事フォトライター)は思います。