自衛隊が女性隊員の配置制限を緩和したことで、これまで男性だけだった部署や職場に女性の起用が進んでいます。女性の「戦車乗り」も増え、陸自初の女性戦車小隊長も誕生しました。

新米小隊長が臨んだ極寒の訓練現場からのレポートです。

陸自70年の歴史上初の女性戦車小隊長が誕生

 陸上自衛隊の前身である警察予備隊が創隊されたのは、1950(昭和25)年のことでした。それから約70年に渡り、男だけの世界であった陸上自衛隊の戦車部隊に、史上初となる女性戦車小隊長が2020年1月に誕生しました。戦車小隊長への女性自衛官の配置は、今後の女性自衛官配置枠の拡大に向けた資料収集の役割もあるとのことです。

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訓練に臨む、陸自初の女性戦車小隊長 黒川3尉(写真左)。敵陣地に向かって黒川小隊が前進、後方からは第2車が追従する(矢作真弓撮影)。

 実は、それまで女性の隊員が戦車部隊にいなかったわけではありません。戦車を操縦する隊員や部隊を支える本部などには、以前より女性自衛官の姿がありました。なかには、その乗車する戦車1両の長となる「車長」の資格を持っている隊員もいます。それでも幹部自衛官として、そして3両から4両の戦車で編成される「小隊」を率いる女性戦車小隊長は、過去にひとりもいなかったのです。

 女性戦車小隊長が誕生した背景には、これまで段階的に進められてきた、自衛隊における女性自衛官の配置制限解除があります。実際に、いままで女子禁制であった潜水艦や母体保護のために配置制限がかけられていた戦闘機パイロットにも、女性自衛官が誕生しています。

2020年3月には、こちらも史上初となる女性の空挺隊員が登場しました。

 筆者(矢作真弓/武若雅哉:軍事フォトライター)は1月の北海道という極寒の地に赴き、実際に女性戦車小隊長が参加するという訓練を取材してきました。北海道のおおむね中央に位置する第7師団。師団司令部が置かれている東千歳駐屯地から、車で20分ほど離れた位置にある、北恵庭駐屯地に所在する第72戦車連隊がその舞台となります。

女性戦車小隊長が駆るのは90式戦車

 今回取材が許可されたのは、第72戦車連隊を中心に普通科部隊、野戦特科部隊、高射特科部隊、施設科部隊、そして後方支援部隊が協同して編成する、「戦闘団」と呼ばれる単位の部隊が訓練する様子でした。

 第72戦車連隊にお邪魔すると、迷彩服に身を包み訓練準備をしている女性隊員を発見しました。この隊員が今回の主役となる、第72戦車連隊の黒川3尉です。

 黒川3尉は一般大学を卒業後、自衛官としての道に進み、幹部候補生学校を卒業し、静岡県小山町に位置する陸上自衛隊富士学校において、初級幹部として必要な知識を学んできたホヤホヤの新米戦車小隊長であります。

広がる自衛隊の女性起用 戦車の現場にも 陸自初の女性戦車小隊長が臨んだ極寒の訓練

インタビュー中に笑顔で対応する黒川3尉。運動が得意で、走るのが好きという(矢作真弓撮影)。

 彼女にインタビューすると、「もともと戦車に乗りたかった。その夢が叶えられてとても嬉しいです」と元気よく答えてくれました。

 黒川3尉が任命された戦車部隊の小隊長という役職は、戦車4両からなる「小隊」の指揮を執りながら、「車長」として自らが乗る戦車の指揮も執るというものです。

 戦車という乗りものには、数名の乗員が同乗しています。黒川3尉が乗る90式戦車は「操縦手」と「砲手」、そしてその車両を指揮する「車長」の3名が1チームとなって戦車を動かしているのです。

 戦車の車長は、2等陸士から入隊した叩き上げの2等陸曹から陸曹長のほかに、幹部候補生学校を卒業した新米幹部もその任に就くというのが一般的です。小隊長になるには、そこからさらに知識を身につけることと経験を積むことが必要です。

初の女性戦車小隊長が臨んだ実戦想定の訓練とは…?

 今回取材した訓練は、敵味方に分かれ実戦を想定した内容で行われました。数多くの戦車や装甲車が演習場を広く使いながら駆け巡ります。そこに女性がいるということは関係ありません。

広がる自衛隊の女性起用 戦車の現場にも 陸自初の女性戦車小隊長が臨んだ極寒の訓練

中隊長からの指示を真剣に聞きメモする黒川3尉。中隊長は「勘が良い隊員ですので、今後に期待しています」と話す(矢作真弓撮影)。

 本来、戦車や火砲などは実弾を発射して敵を攻撃しますが、部隊対抗訓練で実弾を撃つわけにはいきません。そのため、戦車に搭載した専用の装置から赤外線を照射することによって、射撃のダメージを判定しています。

 この赤外線装置は、砲塔に発射装置、車体に受光装置が付いていて、敵を発見した戦車などが赤外線を照射し、命中すると受光部が反応して射撃を受けたことがわかるようになっています。

 黒川3尉が率いる戦車小隊は、最初の攻撃では敵に撃たれてしまったものの、その後の攻撃では大きく敵陣地を迂回してうまく敵を倒すことができたそうです。

 実は、黒川3尉の戦車小隊長デビューと同時に、同じ北恵庭駐屯地の第11戦車隊にも小隊長になった同期の女性が1名います。また2020年6月現在は、同じく第72戦車連隊、南恵庭駐屯地の第73戦車連隊および北千歳駐屯地の第71戦車連隊にも女性戦車小隊長が誕生しています。これまで女性が圧倒的に少なかった戦車部隊ですが、これからは女性の戦車操縦手、女性砲手などもたくさん誕生してくることになるでしょう。

 1両3名の乗員全員が女性という戦車の登場する日も、そう遠くないのかもしれません。

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