イギリス王室も使用する同国空軍のVIP輸送機がその外観を一新、派手なユニオンジャックをまといお披露目されたと思いきや、改装後の初任務は戦闘機への空中給油でした。VIPを運ばずなぜ燃料を運んでいたのか、もちろん理由があります。

ユニオンジャックまとうVIP輸送機 その名は「ベスピナ」

 イギリス空軍は2020年6月26日(金)、VIP輸送機「ベスピナ」が新塗装で初の任務を行なったと発表しました。

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F-35B戦闘機に空中給油を行なう「ベスピナ」(画像:イギリス空軍)。

 イギリス空軍のVIP輸送機は日本の政府専用機などと同様、王(皇)室メンバーや閣僚などの外遊の際などに利用される航空機です。しかし「ベスピナ」の初任務はイギリス空軍と海軍の共同演習「クリムゾン・オーシャン」で、イギリス空軍のF-35B戦闘機やユーロファイター「タイフーン」に空中給油を行なうという、VIP輸送機としては風変わりなものでした。とはいえ、これには理由があります。

 機体後部から垂直尾翼にかけて、鮮やかなユニオンジャックが描かれた「ベスピナ」は、一見するとエアバスのA330-200旅客機に見えますが、実のところその正体はA330-200旅客機をベースに開発された空中給油、輸送機A330-200MRTT(イギリス空軍での名称は「ボイジャー」)であり、戦闘機などへの空中給油能力はそのまま残されています。

 航空自衛隊が運用しているKC-767など、現代の空中給油、輸送機はキャビンの貨物スペースに座席パレットを搭載して多数の乗客を輸送する能力を備えており、KC-767も最大200名の乗客を空輸することができます。

 KC-767はボーイング767の貨物機型をベースに開発されたためキャビンに窓がありませんが、A330-200MRTTはA330-200の旅客機型をベースに開発されたためキャビンに窓が設けられており、機体もKC-767より大型で最大300名を収容する能力を備えています。

「ベスピナ」がこうなるまでの紆余曲折な経緯とは

「ボイジャー」が就役するまで、イギリス空軍のVIP輸送機は、短距離の移動に使用する王室専用機BAe 146しかなく、王室メンバーや閣僚が長距離の移動をする際は、ブリティッシュ・エアウェイズなどの民間航空会社の機体をチャーターしていました。

世界一派手かもしれない空中給油機誕生! 正体は英王室御用達機…VIP運ばずなぜ燃料?

「ベスピナ」はイギリス空軍の登録番号である「ZZ336」とも呼ばれる(画像:イギリス空軍)。

 民間旅客機のチャーターはセキュリティーや通信などの面で問題があったことから、トニー・ブレア政権時代に大型の政府専用機の導入が検討されましたが、コストがかかりすぎることから批判の声も大きく実現には至りませんでした。その後デビッド・キャメロン政権になって、「ボイジャー」の1機をVIP仕様機に改修することが決定し、これが前述した「ベスピナ」となりました。

 約1000万ポンド(2015年の計画当時の相場で約18億8600万円)を投じた改修により、「ベスピナ」のキャビンはフル・フラットシートのビジネスクラス58席を含む、158席仕様となりましたが、当初は予算がかかることから、外観はほかの「ボイジャー」と同じグレーの塗装のまま就役します。

 しかしボリス・ジョンソン現首相が、「世界中にイギリスのブランドをよりよく示す」ため塗装の変更を求めた結果、「ベスピナ」は現在の姿へ改装されることとなりました。

「ベスピナ」はほかのボイジャーと同様、VIP輸送に使われない時には空中給油、輸送機として使用される予定で、現在は新型コロナウイルスの感染拡大により王室メンバーや閣僚の長距離移動に使用する予定がないことから、前述した「クリムゾン・オーシャン」が、新塗装での最初の任務になったというわけです。

さらには民間会社の所有機…どういうこと?

 実のところ「ベスピナ」を含めたA330-200MRTTはイギリス空軍の所有物ではなく、エアバスやロールス・ロイスなどが出資して設立した「エア・タンカー」と呼ばれる民間会社の所有物です。

 日本でも行政が直接投資せず、民間の資金で施設の整備と運営を行ない、そのサービスの代価を行政府が支払う「PFI(Privete Finance Initiative)」と呼ばれる手法で、病院や公園などの公共施設を整備する事例が増えており、たとえば貨客船「はくおう」は、高速マリン・トランスポート(東京都千代田区)の所有船で、これを防衛省がチャーターし、災害派遣などに使用しています。「ボイジャー」もこの、PFIの手法で導入されたものです。

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「ベスピナ」は、元をたどるとエアバスA330-200が原型(画像:イギリス国防省)。

「ボイジャー」のPFI契約には、平時にはエア・タンカーが所有する14機のA330-200MRTTのうち、イギリス空軍専用機ではない5機を自由に運用できるという条項が含まれています。

「ボイジャー」の導入が決定した2004(平成16)年の時点では、ヨーロッパ全体の空中給油機の数がそれほど多くなかったため、イギリス政府とエア・タンカーはNATO(北大西洋条約機構)加盟国の要求に応じて「ボイジャー」で空中給油や輸送を行ない、収益を上げることを考えていましたが、その後ヨーロッパ全体で空中給油機が増加したことから、そうしたビジネスモデルの継続は困難になりました。

 そこでエア・タンカーは5機のA330-200MRTTの客室を完全な民間旅客機仕様に改修し、大手旅行会社トーマスクック傘下の航空会社トーマスクック・エアラインに貸し出し、同社はイギリスと中南米のリゾート地を結ぶ路線などでA330-200MRTTを使用しています。

 イギリスでは空軍のヘリコプターパイロットスクールや弾道ミサイル監視施設などの運営にも、PFIの手法を採用しています。PFIには民間企業が破綻した場合、必要なサービスの提供を受けられなくなるといった問題点もあり、その手法を国防で用いることには賛否両論あります。

 しかし、限られた予算のなかで必要な装備品を導入したり施設を運用したりするために、柔軟な手法を用いるイギリス政府の姿勢には、日本も参考にすべきところがあると筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。

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