経営者の高齢化で、2024年の休廃業は6万2,695件と過去最多を記録した。こうした状況を背景に、M&A(合併・買収)が新たな事業承継の出口戦略として注目されている。

 
 だが、急拡大するM&A市場のプレーヤーは玉石混合で、中には売り手(被買収、譲渡企業)の利益からは逸脱した仲介も生じ、社会問題となっている。
 こうした事態を背景に、中小企業庁は2025年6月、M&Aを手掛けるアドバイザー資格制度を創設すると公表した。仲介業者に財務や法務の知識と実務能力を求め、M&Aによるトラブル防止と市場の活性化を促すもので2026年度にも創設する。
 東京商工リサーチは、仲介会社大手のM&A総合研究所(TSRコード:697709230、千代田区、以下M&A総研)の向井崇CAO(最高管理責任者)にM&A仲介の意義やリスクチェックの取り組みなどを聞いた。

―はじめに、M&A総研の特徴は

 M&A総研ホールディングスの中核を担う1社だ。完全成功報酬型なので契約が成立するまで、売主(売り手)に対して着手金や中間金などが発生しない。事業の親族内継承などとも平行しながら、多様な選択肢のひとつとしてM&Aを位置づけると、成功報酬型は検討しやすい。
 また、AIなどを駆使したマッチングにも取り組んでいる。そもそも当社では80名程のマッチング専任部署を設置し、より多くの、売主のニーズに即した候補先企業をスピーディー且つ効果的に提案出来るような体制を整えている。それに留まらず、AIを活用することで属人性に依らないアプローチも可能にしている。AIの活用はマッチングだけでなく、案件を進める際の分析にも活用している。
 売主の決算内容や定性的なデータなどを取り込み、そこから業界や業種なども踏まえてこれまでの蓄積データをAIで解析することで、従来が100の水準とすると現在は600程の水準で、案件を進めていく上での懸念点や、売主の抱える課題などの抽出が可能となり、サービスの質向上に繋がっている。
 マッチング専任部署やAIを活用し、年配のオーナーの体調問題などで急がなければいけない時は、意向に沿ったスピードで提案することも可能だ。



―M&A仲介の意義は

 M&Aは結婚に例えられることが多いが、M&A仲介業は日本固有の「仲人」文化に通じるものがある。感情的な側面も強く影響するM&Aにおいて、当社は双方が納得できる着地点を見出すことを目指している。双方(売り手と買い手)にそれぞれFA(ファイナンシャルアドバイザー)が起用され、「交渉ごと」としてのみM&Aを捉えるのではなく、双方の背景や考え方を理解しつつ中立的な立場で客観的な視点を提供することが大切と考えている。
 M&A成立後の持続的発展を目指す円満な成立を目指すには「仲人」としての仲介が必要だ。

―2024年8月初旬までM&A総研が関与していた案件で一部、トラブルが表面化(※1)した。一方、M&A総研は近時リスクチェック体制を強化したと聞く

 過去に「悪質な買い手」などを巡って、本意ではない結果となってしまった取引があった。そうしたことを踏まえ2024年8月、コンプライアンスに関連するトラブルを今後一切起こさないようにするため、体制を再構築した。コンプライアンス強化を進め、組織体制やルールを一から見直した。その後もコンプライアンス部を主導に、現場の声を吸い上げながらブラッシュアップを重ねている。
 2024年初めに、悪質な買い手によるトラブルが表面化した。それ以前にはそういった詐害行為を目的とする業者の存在は、業界全体で認識に不足があった。同じタイミングでも中小企業庁の中小M&Aガイドライン(※2)の改定もあったが、ガイドライン以上の対策を進めている。

※1 詳細は過去記事「M&A総研の関わりに注目集まる資金流出トラブル~アドバイザリー契約と直前の解約~」を参照(過去記事はこちらをクリック)

※2 中小M&Aガイドライン。

2020年3月策定、直近では2024年8月30日改定

―どのような体制を構築したのか

(M&A総研の)社員と取引先の双方に厳正なチェックを行っている。M&Aの提案開始前、提案開始後、ディール開始前、ディール開始後の各プロセスでチェックしている。また、コンプライアンス体制を実効性のあるものにするため、社員に対しての制裁規定を設けた。
 現在のルール導入以降は、コンプライアンス部が承認せず、取引自体を見送った事例もあり、現ルール体制のプロセスを経た案件では、同様の事案の再発は1件も生じていない。すべての取引をコンプライアンス部が確認している。同業他社からは「そこまでやる必要があるのか」という声もあるが、最近は「参考にしたい」「制度を教えてほしい」という相談も増えてきた。
 このような、体制構築に向け数億円規模を投資している。独立したコンプライアンス部門の設置、元警察庁長官の金髙雅仁氏の顧問招聘、全社員向けの教育体制など、人的・資金的リソースを惜しまず投入し続けていく。

―買い手企業のチェック方法は

 すべての案件で「譲受企業調査報告書」を作成し、文書で当社の調査結果を開示している。売主から「ここまで調べてくれるのはありがたい」「自分だけでは見抜けなかった」と感謝されることもある。トラブルの芽を早期に摘むことで、全体のプロセスがスムーズに進み、営業部門とコンプライアンス部門が協業する文化が定着している。

M&A仲介の意義とリスクチェック強化の取り組み ~ 大手仲介...の画像はこちら >>

M&A総合研究所

―社内教育は

 コンプライアンス部・教育支援部を主体に研修を設計している。社内で実際に起きた事例を教材化し、「自分事として考える」訓練を徹底している。営業から案件の留意点や事前のリスク整理に関する相談も多く上がり、「どうすればトラブルを未然に防げるか」を考えることが根付いてきている。



―双方にコミットするM&A仲介は利益相反に繋がりやすいとの指摘もあるが

 M&Aにおいて、(双方に財務アドバイザーが就く)FAモデルが一般的となった場合、一方の当事者からの手数料収受のみとなるため、手数料を多く得られる大型のM&Aに業界のリソースが集中する可能性がある。
 そうなれば、中小企業のM&Aは収益性が低いとみなされ、支援者が減少することが想定される。結果としてM&Aの選択肢を失った多くの中小企業が廃業などに追い込まれる恐れがある。
 M&A仲介は双方から手数料を受けることで、ニッチな業種や地域に根差した中小企業のM&Aにも採算性を見出すことが可能となる。それにより、独自のネットワークを構築し、日本に1社しか存在しないかもしれない買い手へ繋ぐことも期待出来る。
 一方、中小M&Aガイドラインに言及があるように、利益相反のリスクを考慮した適切な役務提供は非常に重要だ。当社では、売主・買主いずれにも、当社と仲介契約であるアドバイザリー業務契約書の締結を行う際に重要事項説明書の交付と読み合わせを行い、仲介業務とFA業務の相違点や利益相反リスクについて理解をいただいたうえで契約を締結している。また、手数料体系の透明性を図るために、当社ではアドバイザリー業務契約書を締結する際に、他方当事者に適用される手数料体系を開示している。さらに、当社の担当が中小M&Aガイドラインや一般社団法人M&A支援機関協会(※3)が定める規定に違反し、悪質又は重大と会社が判断した場合、業績賞与の減額や不支給、コンプライアンス委員会での懲戒処分検討など、コンプライアンス意識の徹底を図っている。

※3 一般社団法人 M&A支援機関協会(MAAA)。旧名称は、一般社団法人M&A仲介協会

―今後、法令や規制が強化された場合は

 むしろ歓迎したい。当社の体制は、現行の中小M&Aガイドラインより厳しい基準で運用しており、仮に法令が強化されても、十分に対応できる水準だ。
 当社の取り組みが業界全体のスタンダード向上に寄与できれば嬉しく思う。

M&A仲介業界への信頼回復は一社だけでは達成できない。業界全体で取り組むべき課題と認識している。特定事業者リストの運用支援や、業界向けの事例共有などを通じ、「安心できる業界」の実現に貢献したいと考えている。当社は、業界の信頼インフラの一部を担う責任があると捉えている。


 M&Aは、発展途上のマーケットだけに様々な業者が参入し、一部で「悪意ある買い手」に利するような動きもみられる。そうした業者を排除し、業界の健全化を実現するには身を削る対応も必要だ。
 「利益相反」に関し、手数料の妥当性について、大半の売り手は評価尺度を持ち合わせていない。恣意的な言い値がそのまま通じる可能性も残している。デューデリジェンス(資産査定)の費用の持ち方も含めて、売り手が理解しなくてはいけない事項はあまりにも多い。他の業界のように、手数料を法律で定めるなどの法整備も必要になるだろう。
 中小企業のM&A情報は、法令をクリアしたうえで、金融機関や公的な機関がデータベース化し、法律・会計の専門家が仲介役を担うとすそ野はさらに広がる。
 また、ルール違反に対する社内ルールに基づく制裁だけでは効果は限定される恐れもある。

ルール違反を許さない土壌の醸成には、上場企業が率先して社外に開示し、健全性追求をアピールする姿を示すことも重要だ。
 M&A総研の取り組みは、業界の先鞭をつけるものと評価されている。それだけにその実効性と結果の開示が注目される。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2025年8月25日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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