グローバルな広がりを見せるKカルチャー。日韓国交正常化60周年を記念し、6月28日に大阪市内で上演された「職人の時間 光と風」は、数ある韓国公演の中でも異彩を放っていた。

文化をただ“見せる”のではなく、伝統×現代、職人×芸人、工芸×舞台芸術――異なる領域を交差させ、一つの世界を編む。越境を志す演出家イ・インボさんに、Kカルチャーのこれからを聞いた。

▽伝統工芸をパフォーマンスに落とし込む

-日本公演を終えて、感想は?

 韓国の伝統的な美術・音楽・舞踊を一つにまとめて今回の作品をつくりましたが、それを日本で初めて上演することになり、日本の観客の皆さんがどう受け止めるのか、とても興味がありました。今回の公演は、二人の職人が主役の構成だったので、お二人の世界観をしっかりと感じ取っていただけたらうれしいですし、どう伝わったのか、とても気になります。

-今回の公演のコンセプトは?

テーマでありコンセプトは、扇子づくりの扇子匠キム・ドンシク先生と、螺鈿漆器の螺鈿匠パク・ジェソン先生です。扇子匠の先生が扇子をつくる際の体の「動き」や、扇子そのものが持つ「運動性」。それが舞踊や音楽でどう表現できるかを追求しました。螺鈿匠の先生に関しては「光」で表現しようと思いました、螺鈿漆器を手にした時の「光」の反射を舞台上でどう表すかに挑戦し、「光」の動きをパフォーマンスに落とし込んでいます。

▽ジャンルを超えたコラボ舞台

-普段はどんな活動をしていますか?

 私は「リキッドサウンド」というパフォーミングアーツ団体の代表です。韓国の伝統芸術をベースに、伝統遊戯と現代舞踊のコラボ、あるいはインスタレーションアートとのコラボなど、さまざまなジャンルとのコラボを行っています。

-今回のように職人とコラボするのは?

今回が初めてでした。昨年8月に全州(チョンジュ)の国立無形遺産院で別の作品を上演した際、そのステージを気に入っていただいて、「職人と一緒に何かやってみませんか」と声をかけていただいたのがきっかけです。

美術作品には時間という概念がなくずっと存在し続けますが、音楽や舞踊といった舞台芸術作品は上映時間が終わるとなくなってしまう芸術なので、その両者をどう融合させ、伝えていくかが最大の悩みでした。

-「扇子」と「螺鈿漆器」の職人を選ばれた理由は?

 いくつか候補があったのですが、この二つが対照的だったからです。扇子匠の先生は「削り続ける」ことで完成へと近づく。一方、螺鈿匠の先生は「貼り続ける」ことで完成に至る。減らすことと足すこと、その対比が面白く、公演としても効果的だと思い、この二つに決めました。

-今後も、職人とコラボをする予定は?

 実は最初、ものすごく大変でした。私たちはまだ若く職人の域ではありませんが、職人の先生方は長年の経験を積み重ねてきています。“匠の精神”が分かれば今後の作品づくりにも役立つだろうと、少しでも先生方から学ぼうと思いながら作業をしていました。この経験のおかげで、作品づくりに対する理解や姿勢がより深まったと思いますが、すぐに次のコラボを考えるのはちょっと難しいかもしれません。大変だったので…。

-どんな点が大変だったのですか?

 やはり、50~60年積み重ねてこられた先生方のことを、私たち30~40代の世代が表現することの難しさです。「果たして自分たちがそこに触れてもいいのか」という葛藤もありました。

ただ、舞台に立った演者は、サムルノリ(打楽器のアンサンブル)などを自分たちなりの“匠の精神”で演奏していて、そうした若い表現者たちが、これからも伝統を引き継ぎ、発展させていく。そういうメッセージも込めたいと思いました。

▽長い時を刻む、大衆文化とは異なる魅力

-Kカルチャーが世界で注目される今、今回のような舞台表現はKカルチャーの中にどう位置づけられると思いますか?

 K-POPや映画などの大衆文化も素晴らしいですが、伝統芸術はそれよりもはるか以前から続いている文化です。私たちは、その伝統をただ守るだけでなく、現代的にどう再解釈するか、若い世代がどう自分たちの色に染め直すかを扱っています。なので、より長い時間を扱っていることに大きな意味があるのかなと思います。

-今後、Kカルチャーはどうあるべき?

 とても難しい質問ですが、韓国には本当に多様なジャンルの芸術家がいます。それぞれが考えを持ち、悩み抜きながら活動していて。それらが、それぞれの場所で自分の表現を続けること、そしてその多様性に注目が集まることが、もっとも自然で確実な発展だと思います。全員が大衆芸能に偏る、あるいは(そうなることはないでしょうが)伝統芸能に偏るのではなく、それぞれが自分の持ち味を発揮していくことで、韓国文化の豊かさが伝わっていくのだと思います。

-今回の舞台でも伝統と現代が融合していました。こういったことを意識的に行っているのですね。

 はい。

私自身、伝統音楽を専攻してきたのですが、正直「伝統だけ」だと難しく、とっつきにくい部分もあると思います。だから、演じる側も、見る側も楽しめるようにしたい。伝統と現代、舞踊と音楽、アートと職人、そうした「出会い」をテーマに作品をつくっています。

▽にじみ出る感情や味わいが韓国らしさ

-今後、日韓文化のコラボ舞台が生まれる可能性は?

とてもあると思います。美術は大きなプロジェクトになるので個人では難しいですが、国の支援があれば実現可能だと思います。音楽に関してはもっと簡単に、日韓の若い伝統音楽家が出会い、考えを共有し、新しいものを作り出していくという流れがつくれるはずです。実際に、今年の年末には日中韓の伝統音楽家が集まる公演を企画しています。美術についても、日韓の職人と演奏者がコラボできたらいいですね。とても大変だとは思いますが、きっと楽しいものになると思います。

-日本文化と比べて、韓国文化の特徴は?

 難しい質問ですね(笑)。日本の伝統を深く学んだわけではないですが、自分は韓国の伝統音楽をベースにしているので、個人的な印象としてお話しします。韓国の音楽は、形式がきっちり整っておらず、「恨(ハン)」や「興(フン)」といった感情や味わいがにじみ出るような部分がある気がします。

日本の伝統音楽は形式が整っていて無駄がなく、洗練された印象を受けることが多いです。

-最後に、メッセージをお願いします。

 私たちの公演をご覧になった方はお分かりだと思いますが、私たちは一つの型にこだわらず、さまざまな形、さまざまな味を見せていきたいと考えています。伝統だけでもなく、現代だけでもなく、音楽・舞踊・美術などが交わることで新しい表現が生まれます。ぜひ、もっと多様な文化を一緒に楽しんでいただけたらうれしいです。

プロフィール
84年生まれ。舞台演出家。リキッドサウンド代表。ソウル大学音楽学部国楽科卒。テグム(管楽器)専攻。フランスパリ第8大学演劇科学士・修士卒。2015年にリキッドサウンドを設立。

同年、「舞踊劇 見えない境界」で演出家デビュー。代表作は「ギン:演戯解体プロジェクトⅠ」。2025年4月、韓国全州市にある国立無形遺産院で「職人の時間」を初演。

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