体の不調を感じていても、何科を受診すべきか分からない…。そんな悩みを抱える人は少なくない。
総合診療医の役割は、「痛みの原因が分からない」「何科を受診すればいいのか分からない」患者を受け止めること。青山監督は取材の中で、患者のわずかな所作や表情から医師が情報を読み取り、診断の糸口を探るプロセスに強い感銘を受けたという。
中でも青山監督が強く印象に残っているのが、医療監修を務める生坂政臣医師の言葉だった。「患者に“ひょう依する”感覚で寄り添う」という言葉に触れたことで、「ただ人と人がしゃべっているだけに見えがちな問診シーンに、どのような演出的工夫を加えられるか」が最大の課題になったと振り返る。
「患者さんが診察室に入ってくる時の歩き方、目の動き、座るかどうか。そういった動作の一つ一つに、実はその人の“痛みの正体”が表れているんです」と青山監督。
演出としては、黒い背景の中で医師と患者が“心の対話”を行うような構成を取り入れた。
問診シーンの撮影では、連続ドラマとしては異例のリハーサルを重ねた。「診察室に入ってくる瞬間から問診は始まっている」という生坂医師の言葉を受けて、細かな所作まで丁寧に描く演出が取り入れられた。
例えば、第1話で登場した、仲里依紗演じる黒岩百々のエピソード。「線維筋痛症の患者さんは物に触れる時、皮膚がむき出しになっているような痛みを感じる。だからドアを開ける瞬間やいすに座る動作にも、細心の注意を払っているという話が印象的でした」。
青山監督自身も、線維筋痛症の当事者に取材を行い、症状や日常生活での困難を理解するよう努めた。「ちょうど知人にも同じ病気の方がいたので、仲さんの演技の参考になるよう、撮影現場に来てもらって痛みの程度やしぐさについて確認しました」。
また、「心を閉ざしている人ほど、すぐには座らない」とも教わったという。たくさんの病院を渡り歩き、診断がつかないまま不信感を抱えてきた患者は、医師に心を開くことが難しい。そのため演出でも「座る」タイミングや距離感の変化に細心の注意を払い、「患者さんの心が少し緩んできたな」と思える瞬間を丁寧に映し出している。
主人公の徳重晃を演じる松本潤とも演技について綿密に話し合い、「患者の話を最後まで聞く」など、生坂医師の診療姿勢を演技に落とし込んでいった。
また、原作から得た気付きも大きいという。「原作には、読者の感情を揺さぶる瞬間が描かれています。それがどこにあるのかを探りながら、ドラマにもそのエッセンスを取り入れるようにしています」。
原作の短編では、百々がさまざまな医療機関を受診しても診断がつかず、やがて総合診療医のもとで線維筋痛症と判明した時に「これでやっと…自分は病気だって言える」と語る場面が描かれている。
「診断がつくことが救いになる。そんな感覚は新鮮な発見でした。原作にはそういった気付きがいろいろなところに隠されているのでそれを大切にしています」。
主演の松本について、青山監督は「役者としての資質に加えて、作り手の視点も持ち合わせている」と語り、その表現力と洞察力に信頼を寄せている。「徳重先生のように、ミクロとマクロの視点を切り替えて全体を俯瞰(ふかん)する力を自然と備えているように感じました」。
特に印象的だったのは、徳重の“まなざし”をめぐる演出だ。問診中、徳重は患者の目をじっと見つめ続ける。「普通の人間は、会話の中で目線を外したりしますよね。
眼鏡の反射や角度にも細心の注意を払いながら、「最も優しく見える角度」を探し、繊細な表情づくりに取り組んだ。「今まで見たことがないような穏やかな目つき」と評するその表情は、徳重の静かな信念と優しさを映し出している。
一方で、徳重と共に総合診療科を支える新米医師・滝野みずきを演じる小芝風花について、青山監督は「すごく健康的で、たおやかな方」と語る。
「その自然なたたずまいが嫌味を感じさせず、涙を流す場面でも押しつけがましくならない。純粋で自然な感情が伝わってくる方です」。また、「周囲を幸せな気持ちにさせる雰囲気を持っていて、滝野役にとてもハマっている」と評価する。
加えて、滝野について「このドラマの中で成長していく立場を担っている」とした上で、「徳重は確固たる診療哲学を持った人物。一方で滝野は、経験を積みながら変化し成長していく存在です。小芝さんはその関係性をよく理解し、丁寧に演じてくれている」と語った。
徳重と滝野の関係には、裏テーマも仕込まれている。
さらに今後、徳重の恩師で、現在は離島で医師として活動している赤池登(田中泯)も加わった構図が描かれていく。「赤池先生は祖父、徳重は父親、滝野は孫のような存在。それぞれが異なる診療哲学を持ちながらも、総合診療医としてつながっていく姿を描いていきたい」と青山監督は展望を語った。
「せりふにも出てきますが、『孫には言いやすい』という表現がまさに象徴的です。親子だからこそ言えないことも、孫には素直に伝えられる。そんな3人の関係性が今後の見どころの1つになると思います」。
青山監督は、作品全体を通して「悪い人は登場しない」というコンセプトを掲げている。「医師1人1人に信念があって、それがぶつかることで摩擦が起きているだけ。
例えば、池田成志が演じる外科部長・東郷陸郎は、経営の視点から魚虎総合病院の方針を考える立場だが、「総合診療科は利益を生まないからと、目の敵にしているように見えるかもしれませんが、実際は病院を守るという信念を持っている」と青山監督。
また、東郷の息子である外科医・康二郎(新田真剣佑)も、父の哲学を受け継いでいるキャラクターであり、それぞれの正義がぶつかり合いながらも共存している。「それぞれに正義と信念があるという前提で、登場人物たちの行動を描いていきたい」と語った。
病を描くことは、時に人の記憶や痛みに触れる行為でもある。青山監督は「病気がテーマのドラマは、過去のことを思い出して嫌な気持ちになる人もいるかもしれない」と前置きしつつも、「このドラマは、そういう人が見ても苦しい気持ちにはならないと思っているし、そういうふうに作ることを心掛けています」と語る。
「不調があって心がつらくなっていたり、あるいは身近な人が悩みを抱えていたり…。そうした気持ちを持っている人たちに一番届いてほしい」という思いのもと、誰にでも共感できる感情を描いていくことを大切にしている。そうした思いは、ドラマ全体のトーンにも表れている。過度に劇的な演出を避け、患者の言葉にじっくり耳を傾ける構成は、まさに“受診体験”そのものだ。
「日曜劇場という枠で、こうした静かなドラマを放送するのは挑戦でもありますが、だからこそ意義があると感じています」と青山監督は言葉を重ねた。
後半に向けては終末期医療(ターミナルケア)のエピソードも登場する。
「バラバラだった魚虎総合病院の各科が、少しずつチームとしての一体感を見せていく。そこに赤池先生も絡んできて、見た後に少し優しい気持ちになれるようなラストを目指しています」。