特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』
第16回 セ・リーグ人気に追いつくために行なった改革
@横山健一 インタビュー(後編)

 かつては閑古鳥が鳴いていたパ・リーグの球場。近年の隆盛を迎えるまで、パ・リーグの各球団は一心同体で取り組み、苦況を乗り越えてきた。

ロッテオリオンズの元内野応援団員で、ロッテ球団職員も務めた横山健一氏に、ビジネスの観点からパ・リーグの変遷について話を聞いた。

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「頭を下げる」常識からの改革。ダイエーとオリックスがパのビジ...の画像はこちら >>

オリックスの本拠地、京セラドームでもソフトバンクのイベントを開催

――パ・リーグが変わり始めたという感覚はいつ頃からありましたか?

「私がロッテの球団職員になる前の1980年代まで、パ・リーグで球団を持つということは、赤字が出ても仕方がないという雰囲気でした。それを大きく変えたのが、1989年からプロ野球に参入したダイエー(元南海)とオリックス(元阪急)。ロッテも1991年に重光昭夫さんがオーナー代行になってからですかね。

 それまでもパ・リーグ全体での広報活動などリーグ振興策はいろいろやっていたのですが、"ビジネス"の側面がより強くなった。見る側からすると『ロマンがなくなってしまう』という感覚もあったと思いますが、利益をしっかり意識して、新しいことをやっていこうという動きが出てきました」

――パ・リーグでは、1980年代半ばから清原和博、1990年代半ばからはイチローらが登場し、スーパースターを目当てにファンが球場に詰めかけるようになりましたね。


「西武は一時期、地方でもお客さんを集められる球団になりましたね。イチローさんがいたオリックス戦もスタンドにはファンが多かったけど、イチローさんがメジャーに行ってからはまた厳しくなりました。ただ、オリックスがとても先進的だったのは、現在『ボールパーク』と言われているような球場を初めて作り始めたこと。『グリーンスタジアム神戸』は芝もキレイで、ファウルグラウンドに迫り出した臨場感のあるフィールドシートを初めて設置した。フェンスを低くし始めたのもグリーンスタジアム神戸が先駆けでした」

――参考にした取り組みなどはありましたか?

「例えば、神戸の市営地下鉄の車両に、オリックスのマスコットのペットマークがついていたんです。それを見たロッテ球団職員時代の僕は、『市営地下鉄はオリックスの持ちものではないから、市民の方々に応援してもらうために、頼み込んでつけてもらったんだろうな』と思ったんですが、オリックスの関係者に聞いたら『市営地下鉄から肖像権を取っている』と言うんですよ。



 頭を下げて"やってもらう"のがそれまでの常識だったんですが、お金をもらっていることに驚きました。そういうものをパ・リーグに持ち込んだのがオリックスと、ダイエーもそうでしたね。大阪から福岡ドームに移転した時から地域のファンを獲得するためのサービスをやってきて、今では連日超満員ですから。そういった経営の安定、地元での盛り上がりが人気選手の入団にもつながり、チーム力アップに大きく影響していると思います」

――地域密着の観点で見ると、パ・リーグのチームが全国各地に分散していったことが大きな動きでしたね。

「首都圏だけでも日本ハム、西武、ロッテがあって、本当の意味でのフランチャイズを確立できていませんでした。セ・リーグの人気に対抗できるのは西武くらいでしたが、2008年に球団名に『埼玉』とつけて地域密着感を押し出すようになりましたね。


 ロッテについては、ファンの方たちから『ファンサービスが地域密着でいいね』と言われ始めたのは2000年頃でしょうか。僕も球団職員としてそれに関わっていたので、ノウハウを取り入れようとするいくつかのセ・リーグ球団から呼ばれて、いろいろなアドバイスをさせていただきました。ヤクルトさんには、『(東京には巨人があるため)東京ローカルでいきましょうよ』と言ったんですが、最初は頭から否定されて。それでも2006年に『東京ヤクルト』と地域密着型の球団として動き出し、それから来場するファンも増えたように感じます」

――パ・リーグになかなか観客が入らない時代、セ・リーグの人気をどう見ていましたか?

「先ほどセ・リーグ人気と言いましたが、極論をいえば、リーグに巨人があるかないかの違いですけどね。僕の感覚では、当時は野球ファンが100人いたら70人が巨人ファン。残りの10何人かが阪神ファンで、他の球団のファンは少なかった印象があります。

ロッテに関わっていた私からすると『営業などをしなくても球場にファンが詰めかけるんだろうな』と思っていました。逆にそれが、リーグ一体で何かに取り組む妨げになったのかもしれませんね。

 一方のパ・リーグはマイナー視されていたし、その見方は今でも残っていると思います。少し前に、里崎(智也)さんがどこかのメディアで発言していましたが、自身のYouTubeチャンネルでセ・リーグを取り上げた時と、パ・リーグを取り上げた時では、パ・リーグのほうが再生回数は少ないそうです。球団がある地域ではファンが多くても、全国的にはまだまだセ・リーグのほうがファンの数は多い。コアファンだけでなく、全国にファンを増やすために、パ・リーグはいろいろなことに取り組んできましたし、今後もその姿勢は変わらないでしょう」

――セ・リーグの試合がなかった月曜日に試合を行なう「マンデーパ・リーグ」などもそうですね。


「そうですね。他にも、「予告先発」(※)や、水島(新司)さんの野球漫画を使わせてもらって『パ・リーグマガジン』という冊子を作って球場で配ったりもしました。かつてはファンクラブに入っている人は、ビジターでも割引があったり子供は無料入場ができたりしましたね。とにかくお客さんが入らないから、パ・リーグ全体で協力したあらゆることをやりました。そういう"一心同体"なところはセ・リーグよりあるかもしれません。

 若い選手の情報発信も、パ・リーグのほうが積極的だったように思います。
ファンは、アイドルファンで言うところの"推し"というんですかね。そんな選手を入団当初から追いかけている方も多い。そういう情報の発信は少なかったように思いますが、ファンの気持ちに寄り添ってどんどん出していくようになった。"推し"の選手が成長して、レギュラーになって......。そうした将来のことまで考えて発信をしていたのは、パ・リーグが先だったように思います」

※1985年からパ・リーグが毎週日曜日の公式戦を対象に実施。1994年以降はパ・リーグの公式戦全てが対象になり、セ・リーグでは2012年以降に全公式戦で採用。

――「パ・リーグTV」などのメディアを手掛けるパシフィックリーグマーケティング株式会社の存在も、パ・リーグが一丸となって取り組む事例のひとつだと思います。パ・リーグ6球団のサイトは同じフォーマットで統一されていて見やすいです。

「各チームは戦う上ではライバルですが、ビジネスをやる上ではパートナーです。そうした考えが出てきた頃は、正直なところ『本当にうまくいくのかな?』と思っていましたが、現在の成果を見ると、携わられてきた方たちの努力は本当にすばらしいと思います。

 ソフトバンクや楽天という、いわば"新しい"企業のプロ野球参入もいい影響を与えていると思います。セ・リーグもDeNAが参入していますが、ソフトバンクは他球団に先駆けてユニフォーム配布を始め、楽天も観覧車つきの球場をオープンするなど、常に新しいことに取り組んできた。同時に、球団の歴史へのリスペクトがあるのもすばらしい。そんなパ・リーグのスタンスは今後も変わらないでしょう。今はセ・リーグ球団もさまざまな取り組みをしていますから、プロ野球全体が盛り上がっていくのが楽しみです」