F1フォトグラファー熱田護×桜井淳雄 対談
前編「ホンダ活動最終年の感動」

2021年シーズンは、最終戦の最終ラップでレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンがメルセデスのルイス・ハミルトンを逆転しタイトルを獲得するという劇的な幕切れとなったF1は、すでに新しいシーズンに向けて動き出している。2月10日を過ぎると各チームが新車を発表し、2月下旬にはスペイン・バルセロナでテスト走行がスタート。

約30年間F1を撮影し続けているフォトグラファーの熱田護氏と桜井淳雄氏のお馴染みとなった対談をお送りする。ふたりの作品で昨シーズンを振り返るとともに、新シーズンへの期待を語ってもらった。

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2021年シーズンのチャンピオンとなったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン(熱田護=撮影)

【ホンダの有終の美に「感極まった」】

ーー2021年シーズンもコロナ禍の影響で日本GPをはじめ、いくつかのレースは中止になりましたが、おふたりは何戦取材されたのですか?

熱田護(以下、熱田)
 シーズン前半戦はフランスとスペインの間にあるアンドラ公国をベースに取材して、後半戦からは基本的にGPを追いかけてホテル住まいで何とか全22戦を撮影できました。シーズン中に日本に帰ってきたのは2回だけ。コロナ禍での取材はこれでもかというぐらいトラブルが続出し、心身ともに疲れましたね。

桜井淳雄(以下、桜井) 僕は日本をベースに取材していたのですが、全部で7戦です。本当はもっと行く予定でしたが、日本からの取材はなかなかハードルが高くて......。

日本から海外へ行くのはそれほど問題がないのですが、日本に帰ってくる際の手続きや、帰ったあとの隔離がすごく大変で、もういいやと思ってしまいました。なので、後半戦はあまり行けませんでしたね。

ーーそんな大変ななかで取材を続けるのは、ホンダのラストイヤーを見届けたいからだと以前の対談時にお聞きしました。2021年シーズン限りで撤退するホンダのパワーユニット(PU)をドライブするマックス・フェルスタッペンがタイトルを獲れて、取材者としてもうれしかったのではないですか?

熱田
 本当にうれしかったです。僕たちカメラマンは表彰式を撮るためにピットの下に集まってモニターを見ていましたが、正直、あきらめていました。でも、まさかの展開でフェルスタッペンが逆転でチャンピオンになり、ホンダの方々がみんな抱き合って喜んでいました。
そのシーンを撮影するために1年間頑張っていたので、辛いなかで頑張ってよかった、全戦を取材するという決断は間違っていなかったなと思いました。もし、ハミルトンがチャンピオンでシーズンが終わっていたら、これほどまでの充実感はなかったかもしれないですね。

日本人F1フォトグラファーが見届けたホンダの最後と歓喜の様子。「そのシーンを撮影するために1年間頑張った」

語り合ったF1フォトグラファーの熱田護氏(左)と桜井淳雄氏(五十嵐和博=撮影)

ーー熱田さんは思わず、もらい泣きしたんじゃないですか?

熱田 ホンダの人たちが抱き合いながら涙する姿を見た時は、泣いてしまいました。僕はすぐ泣いちゃうから(笑)。彼らとハグしたら、もっと泣きましたね。

桜井 普通、カメラマンは抱き合わないですよ。

だって仕事にならないですから(笑)。でもカメラマンも人間だから、ああいう場所にいたら、そうなるのは仕方ないかなとも思います。

熱田 2004年アメリカGPの佐藤琢磨選手と2012年日本GPの小林可夢偉選手の3位表彰台もうれしかったですが、ホンダのチャンピオン獲得は30年ぶりですからね。それに第4期の最初は辛いレースが続きました。先が見えないどうしようもないところから始まりましたが、最後にチャンピオンを獲り、有終の美で第4期の活動を終われたのですから、感極まりますよ。

桜井 確かにね。
最初にマクラーレン・ホンダで復帰した時のトップは、シーズン前のテストの時に「今年は何勝かするんじゃないの」とか平気で言っていましたから。あの時は本当にビックリしました。でも、完走さえままならないレースが続き、山本(雅史)さんが2016年にマネージメントのトップに立ってからは、足元をしっかりと固めて、一歩一歩着実に進んでいったような気がします。山本さんがトップに立ったことが第4期の転換期だったと思いますね。同じ船に乗っていても、船長が違うとここまで違うのかなと感じました。

熱田 ホンダのモータースポーツの技術開発を担う研究所HRD SakuraでPUの開発総責任者を務める浅木(泰昭)さんの力も大きいと思います。
2021年シーズンに入り、あれだけホンダのPUの性能が向上したのは、2022年に使用する予定だった開発途中の新骨格エンジンを1年前倒ししたからです。その決断をしたのは浅木さんですし、2021年シーズンに向けて浅木さんの部下たちが形にしていったのですが、本格的に開発がスタートしたのは2020年10月です。

日本人F1フォトグラファーが見届けたホンダの最後と歓喜の様子。「そのシーンを撮影するために1年間頑張った」

ホンダ活動最終年での勝利に「泣きました」と熱田氏

ーーホンダが2021年シーズン限りでのF1撤退を発表したのは2020年10月2日。それからスタートしたということですね。

熱田 そうです。チャンピオン獲得のためにエンジンの骨格を変えると言葉にするのは簡単ですが、10月から本格的に開発を始めて、翌年2月のテストで走るまでに仕上げるのは大変だったと思います。

しかも完成した新骨格のPUは信頼性もパワーも高かった。だからメルセデスを相手にして互角の戦いを演じ、奇跡を呼び込むことができたと感じます。ソフト面の山本さん、ハード面の浅木さん、そして現場で陣頭指揮をとったテクニカルディレクターの田辺(豊治)さん、その3人のうち誰が欠けていても、ホンダの偉業達成はなかったでしょうね。

【現場で感じた海外と日本の温度差】

ーー最終戦アブダビGP以外で、現場にいたからこそ印象に残っている場面はありますか?

熱田 フェルナンド・アロンソが3位に入ったカタールGPと、昨年限りで引退したキミ・ライコネンがクラッシュしたポルトガルGPです。ともに世界チャンピオンに輝いたベテランですが、カタールでは7年ぶりに表彰台に立ったアロンソのすごさや闘争心をあらためて感じました。逆にポルトガルでのライコネンは、衰えたなぁと思いました。ステアリングホイールのスイッチ操作をしていてチームメイトとぶつかりリタイアするなんて、ちょっと考えられないミスです。誰しもいつかは引退の日を迎えますが、あのライコネンもついに......と感じました。

桜井 2020年シーズンは新型コロナのために1年間、現場での取材ができなかったので、個人的には2021年シーズン開幕戦バーレーンGPのスタートが印象深いです。でも現地で取材してみると、日本と海外の温度差の違いには驚きました。結局、2021年シーズンは日本、中国、オーストラリアでのイベントが中止になりました。アジアでは「コロナは絶対に許さない」というスタンスですが、かたやヨーロッパでは社会がもう完全に「ウィズ・コロナ」になっています。あんなにお客さんを入れたら感染者は増えることはわかっていますが、それでもあえてやるというのがヨーロッパのスタンスです。

日本人F1フォトグラファーが見届けたホンダの最後と歓喜の様子。「そのシーンを撮影するために1年間頑張った」

コロナ禍での欧米のF1に対する姿勢について語った桜井氏

熱田 ヨーロッパと一口にいっても、無観客で開催するところ、人数制限しているところ、満員の観客を入れて行なうところがありました。でも、ハミルトンの地元イギリスは超満員でしたし、メキシコやアメリカもスタンドはパンパンでした。特にアメリカはすごかった。レース開催時にはサーキットのあるテキサス州でもコロナの感染者がいっぱい出ていました。でも、それまでみんな我慢しているから、やるとなったらいつも以上にお客さんが入っている印象でした。アメリカGPではビリー・ジョエルのライブがあったのですが、みんなマスクしないで、大声で歌っているんですから。当然、僕はマスクしていましたけど。

桜井 日本人とは考え方が違いますよね。フェルスタッペンの地元オランダGPもお客さんの数を3分の2に制限していましたが、グランドスタンドは超満席でした。でも日本GPは中止ですから。これは国民性、民族性の違いなのかもしれませんね。

(後編へつづく)

【プロフィール】 
熱田 護 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。取材500戦を超える日本を代表するF1カメラマンのひとり。2021年シーズンもコロナ禍のなかで全22戦の取材を敢行。今年3月3日に30年ぶりにタイトルを獲得した第4期ホンダF1の記録をまとめた写真集『Champion』(インプレス)を発売予定。「感動的なシーズンを、僕の写真で振り返ってもらえればうれしい」(本人談)。

桜井淳雄 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。新型コロナの影響で2020年シーズンの現場での取材を断念したが、2021年シーズンからは再開。今季は2月末にスペイン・バルセロナで開催されるテストから取材を開始予定。YouTubeでは『ヒゲおじ』としてチャンネルを開設し、クランプリウィークは『ヒゲおじ F1日記』を配信中。