トム・ホーバスHC「町田瑠唯WNBAデビュー」を語る@前編

 2月中旬、バスケットボール女子日本代表PG(ポイントガード)町田瑠唯とWNBAワシントン・ミスティックスの契約締結が報じられた時、多くのバスケファンが驚いた。町田のWNBAへの関心は薄いと思われていたからだ。

しかし、五輪後にオファーをもらい、WNBAに挑戦したい気持ちになったという。

 4月中旬、29歳になった町田は所属する富士通レッドウェーブをWリーグ準優勝に導くと、慌ただしく渡米。ユニフォームをミスティックスに替えて5月6日(日本時間7日)のインディアナ・フィーバー戦でデビューを果たし、日本人史上4人目のWNBAプレーヤーが誕生した。

 多くのバスケファン同様、町田のアメリカ挑戦に心躍らせる人物がいる。東京五輪で女子日本代表を銀メダルに導いたトム・ホーバス・ヘッドコーチ(現・男子日本代表HC)だ。WNBAデビューを果たした教え子のプレーを、ホーバスHCはどのように見ていたのか心境を聞いた。

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町田瑠唯のWNBA移籍を実現させたホーバスHCの人脈。アメリ...の画像はこちら >>

4人目の日本人WNBAプレーヤーとなった町田瑠唯

---- 東京五輪後、ホーバスHCは「もっと日本の女子選手が海外で活躍するのを見たい」と言っていました。町田選手がWNBAデビューを果たして、今どのように感じていますか?

「本当にうれしいですし、これから活躍してもらいたいです。ルイはいいスタートをきったと思います。彼女はこれまであまり積極的にシュートを打つ選手ではありませんでしたが、私はもっとできるはずだと思ってきましたから(取材時直近の試合では31分間の出場で8得点、7アシスト、4リバウンド、スリーポイント3本中2本成功)。

 今はミスティックスでの新システムに慣れようとして、まずはそのシステムを忠実にやろうとしていることでしょう。また、ミスティックスのマイク・ティボーHC(兼GM)も、ルイに多くの出場時間を与えて様子を見ている状況だと思います」

---- シーズン開幕から3試合目にして、早くも先発出場を果たしました。

「開幕4試合のうち3試合を見ました。スタッツもチェックしています。チームのPG(ナターシャ・クラウド)の欠場(新型コロナウイルスの濃厚接触者になったため)がありましたし、もうひとりのPGよりもルイのほうが実力的に上なので、先発したことにまったく驚きはしなかったです。

 ただ、そうは言っても、ルイにとってチャンスがもらえたことは大きなこと。NFLでニューイングランド・ペイトリオッツ時代のトム・ブレイディ(史上最多7度のスーパーボウル王者)が当時正QBだったドリュー・ブレッドソーのケガで出番を得たのと同じようなものですね。

 また、先発に選ばれたのは大きなことですが、何よりもいいプレーをしたこと自体が大事なことでした。

初先発でいいパフォーマンスをしたからこそ、その次の試合でも再び先発となったのです。彼女自身がいいイメージでプレーすることが大切ですし、そうすることでティボーHCにも好印象を与えます」

---- 町田選手のプレーで目に留まった点はいかがですか?

「私がルイを見ていて思うのは、ディフェンスにおいてもティボーHCをいい意味で驚かせているということです。(パスを通さないように)相手選手の前に立ち、しつこく邪魔をしています。彼女がとても得意にしているところです。そうすることで、ポストアップをさせないようにして、身長差の不利を感じさせていません。

 一方、オフェンスではスリーポイント成功率が42%(取材時)と高い数字なので、今後さらにペイント内へドライブしていけば、相手ディフェンスを引き裂くことができるようになります。

ティボーHCもそこに期待をしているはずでしょう。

 ミスティックスでは、ほかの選手がフロントコートにボールを運ぶことも多く、ルイがボールを運ぶのは半分ほど。ルイがボールを運ばない時は、彼女はボールのないウィークサイドのコーナーに位置取りしています。

 ただ、それでは彼女のよさが十分に出るとは思えません。彼女のよさは、早いトランジション(攻守の切り替え)の展開。トランジションとなれば、彼女は迷わず走るべきです。

まぁ、これはあくまで私がそう思っていることですけどね」

---- 町田選手がアメリカに来てから、なにか会話されたのですか?

「ほんの少し。メールを送ったくらいですよ。試合のあとに『グッドジョブ。だけど、もっと積極的に攻めなきゃ』とか『自分をもっと信じて』とか」

---- それに対して、町田選手からの返信は?

「お決まりの言葉だけね(笑)。『サンキュー』とか『ベストを尽くします』とか。私は英語で送りますけど、彼女からは日本語で返してくれてもいいのですが、ルイも英語で返してくれます。

ただ、しゃべるほうはとても静かでシャイな人物ですので、まだまだかな、といったところです(笑)」

 WNBAは12チームで構成され、町田の加入したミスティックスは東カンファレンスに所属。2019年には球団史上初のリーグ優勝を果たしている。ティボーHCは同リーグの最優秀コーチ賞を3度受賞した名将で、2008年の北京五輪ではアシスタントコーチとして女子アメリカ代表の金メダル獲得にも貢献。町田の存在については東京五輪以前から関心を払ってきたという。

 東京五輪で日本代表は、スピードとスリーポイント、そしてしつこいディフェンスで相手を翻弄した。町田はその体現者のひとりだった。平均7.2得点、大会1位の12.5アシストを記録し、準決勝のフランス戦では五輪記録となる18アシストを記録。世界にその名を轟かせた彼女のプレーぶりがアメリカ移籍を後押ししたとも言えるだろう。

---- 町田選手がミスティックスと契約する前に、ティボーHCと話をする機会はありましたか?

「彼のほうから連絡がきて、ルイがアメリカに来ることに興味があるかどうかを聞かれました。それで私がルイに尋ねると『関心がある』とのことだったので、ティボーHCとBT(テーブス/富士通レッドウェーブHC)をつなげたのです。そこから話は進んでいきましたね。私とティボーHCは数年来の知り合いなのです」

---- 日本代表が東京五輪で銀メダルを獲っていなかったとしても、町田選手のWNBA移籍は実現したと思いますか?

「ティボーHCはここ数年間、ルイのことを注視していました。もしメダルを獲っていなくても移籍はあったんじゃないかとは思うのですが、そこは正直言ってなんともわからないです。私は日本人選手を売り込んでいましたし、ルイ以外にもあとふたりほどWNBAに行ってほしかったとは思います。

 たとえば、林咲希(ENEOSサンフラワーズ/SG/27歳)、ケガをする前(2020年11月にひざのじん帯断裂)の本橋菜子(東京羽田ヴィッキーズ/PG/28歳)、赤穂ひまわり(デンソーアイリス/SF/23歳)などはチャンスがあったと思いますし、馬瓜ステファニー(トヨタ自動車アンテロープス/PF/23歳)もWNBAでプレーできると思っています。

 あと、髙田真希(デンソーアイリス/C/32歳)には本当にチャンスを与えたかった。彼女ならWNBAで"ストレッチ・フォー(※)"にフィットすると思っていました。身長はパワーフォワードとしてはやや低いですが、パスもうまく、NBAゴールデンステート・ウォリアーズのドレイモンド・グリーンのような選手になれますよ。また、宮澤夕貴(富士通レッドウェーブ/SF/28歳)もやれる可能性があります」

※ストレッチ・フォー=攻撃時にセンター以外の全員がアウトサイドに位置取るシステム。フォーとはパワーフォワードを指す4番ポジションのこと。

---- 町田選手が海を渡ったことで、ほかの日本人選手も続くといいですね。

「そう思います。日本の女子バスケットボールを世界に知ってもらう好機ですし、そのことで日本のレベルも上がっていくと思います。

 そういえば3週間ほど前、(WNBAの)ラスベガス・エーシズの練習を見に行き、その際に球団社長兼GMと話したのですが、彼らは新たに獲得したフランス人選手の到着を待っているとのことでした。

 それを聞いて私は『我々が東京五輪でフランスを2度破ったのは知っていますよね? であれば日本人選手をロスターに加えてくださいよ』と言いました。彼女が『いい選手はいるの?』と返してきたので『たくさん。今すぐWNBAでプレーできる選手は少なくとも3人はいます』と伝えました。もしかしたら、彼らが私に連絡を取ってくるかもしれません」

(後編につづく)