MLBに挑む日本人選手たち 後編

藤浪晋太郎

 今オフ、阪神からポスティングシステムを利用してMLB移籍を目指していた藤浪晋太郎の移籍先がついに決まった。1月11日(現地時間。

以下同)、藤浪がオークランド・アスレチックスと1年契約で合意したことが伝えられ、翌12日には契約金が325万ドル(約4億1900万円)になることが報じられた。

藤浪晋太郎との契約はアスレチックスの「時間稼ぎ」と現地記者。...の画像はこちら >>

アスレチックスと1年契約を結んだ藤浪

 アスレチックスは、藤浪と同い年の大谷翔平を擁するロサンゼルス・エンゼルスと同じア・リーグ西地区に所属する。3月30日からの開幕戦カードは、本拠地のオークランドでエンゼルスを迎えることから、バッター大谷との対決がいきなり実現する可能性もある。

 すでに現地をにぎわせている藤浪だが、MLB移籍の実現には時間がかかった。昨年11月末のポスティングが公示されたばかりの頃は、サンフランシスコ・ジャイアンツ、ボストン・レッドソックス、アリゾナ・ダイヤモンドバックスが移籍候補に挙げられるなど、現地メディアからの注目も集めた。

 しかし、その後は目立った動きがなく、年が明けても藤浪に関する情報はまったく出てこなかった。
交渉期限まで残りわずかとなった1月の2週目に、これまでノーマークだったアスレチックスの名前が急浮上。翌日に入団が伝えられた。

 当初、藤浪の移籍先として挙げられた球団はなぜ獲得を決断しなかったのか。筆者は、有力候補のひとつであったジャイアンツのメディア関係者に事情を探った。

「確かにシーズンオフ当初、藤浪はジャイアンツにとって非常に魅力的でした。ジャイアンツはポテンシャルのある投手に"賭ける"のが好きなチームで、藤浪はそれに当てはまる選手だった。
彼はリリーフに最適で、ジャイアンツにはスポットの空きもありました」

 こう話すのは、『スポーツ・イラストレイテッド』系列『ジャイアンツ・ベースボール・インサイダー』のマーク・デルッチ記者。同記者は、ジャイアンツが藤浪獲得に積極的にならなかった理由について、「ジャイアンツは、先発ではロス・ストリップリングとショーン・マナエアを、リリーフではテイラー・ロジャースとルーク・ジャクソンと契約ができたので、藤浪の獲得が難しくなったのでしょうね」と分析する。

 そうしてスポットが埋まったあとでも、ジャイアンツのロースターに空きがあれば、年俸が安ければ獲得する可能性があったのか。その質問に、デルッチ記者は「それはないです。たとえ(藤浪の)契約金が安くてもそんな契約はしないでしょう。新たに誰かをトレードで出さない限り、再びスポットが空くことはない。

そんなことになれば驚きですよ」ときっぱりと否定した。

 これはあくまでジャイアンツの話だが、他球団も同じような事情があったのかもしれない。

 結局、藤浪のMLB移籍は無事に実現したわけだが、アスレチックスへの入団は現地でも驚きの声が上がっている。アスレチックスの専門メディア『ホワイト・クリート・ビート』のデビッド・ヒル記者は、「補強にあまりお金をかけたがらないアスレチックスが、藤浪と契約したのは驚きだ」と率直な感想を述べた。

 移籍先のアスレチックスは、昨季はア・リーグ西地区の最下位。再建途上のチームではあるが、ヒル記者が指摘したように補強には"超"消極的だ。
にもかかわらず、アスレチックスは藤浪に対して、1年契約ではあるがチーム5番目の高額年俸という破格の好条件を提示している。アスレチックスが藤浪に大きな期待を寄せているのは明らかだが、ヒル記者は違う見方をしている。

「アスレチックスには、ケン・ウォルディチャックやカイル・ミュラーなど、将来の先発候補になっているプロスペクト投手(有望な若手投手)が何人もいます。しかし、藤浪のような投手を1年契約で加えれば、若手が成長するまでの"時間稼ぎ"ができます」

 アスレチックスはチームとして"穴だらけ"のため、新シーズンも70勝に届くか怪しいと見ているようだが、ヒル記者曰く「藤浪の獲得は、あくまで若手成長までの一時しのぎだ」という。それでも大きな補強であることは間違いないなく、「藤浪の加入で、チームが少しよくなることに期待をしている」と話す。

 ここまでの話を聞く限り、アスレチックスは藤浪にとってあまりいい環境ではなさそうだが、藤浪からすると今回の契約はどうだったのか。

ヒル記者は、「正直、契約は1年早かったと思う」と見解を口にした。

「彼はアスレチックスで好投することで、もっといい契約を手に入れることに賭けたのでしょう。でも、もう1年、阪神で頑張ってもよかったと思います。日本で制球難の問題が解決していることをアピールすれば、もっといい契約を得られたはずです」

 ただしヒル記者は、藤浪がMLBに挑戦すること自体には賛成のようだ。

「2015年頃からずっと藤浪を見てきましたが、彼は周囲の期待に応えようとしすぎたように思います。例えば、大谷と比較されていたことも、相当なプレッシャーになっていたでしょうね。
大谷は"ユニコーン"であり、世代を超えた才能の持ち主。そんな大谷と同じように、と周囲からプレッシャーをかけられてうまくいきませんでした。

 また、この数年は監督やチームが彼を信じているようには見えず、彼も自信を喪失していたように感じました。しかし、現段階の期待度が低いアメリカでなら、逆にプレッシャーを感じることなく、自分らしく、持ち前の才能を発揮できるのではないでしょうか。今回の移籍は、藤浪にとってプラスになると思います」

 見方を変えれば、藤浪にとって"穴だらけ"のアスレチックスは理想的なチームになるかもしれない。例えば起用法でも、あらゆるチャンスが生まれる。ヒル記者は「藤浪はリリーフ向きだ」と話すが、現地では「先発ローテーションに入る」という予想も出ている。

 また、移籍情報サイト『MLBトレードルーマーズ』によれば、アスレチックスは今年のシーズンの開幕からしばらく、先発ローテーションを6人制にする可能性があるようだ。そうなれば、日本で6人制ローテに慣れ親しんでいる藤浪にとってプラスになるだろう。ヒル記者は、「藤浪がシーズンを通して先発を続けるためには、120イニング以上、防御率4.00前後が求められる」と指摘する。

 いずれにしても、藤浪はチームにとって究極の"ワイルドカード"になりそうだ。

「藤浪は、アスレチックスの投手陣の頂点に立てる可能性もあるし、見事に失敗する可能性もある。でも、私は今回のMLB移籍を歓迎しています。藤浪は間違いなく、アスレチックスが勝つために必要な選手です」

 藤浪は、現地メディアからも「ハイリスク・ハイリターン」という声が上がり、MLBで成功するか否かは「まったく予測できない」とされている。しかし、だからこそ今季の藤浪には面白みがある。ついに始まる藤浪のMLB挑戦から、ますます目が離せなくなりそうだ。

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