井上雄彦×渡邊雄太スペシャル対談02

◆井上雄彦×渡邊雄太・01>>「やっと自分がNBA選手になれた気がしました」

 2016年、日本にプロバスケットボールリーグであるBリーグが誕生し、2019年には2006年以来となるワールドカップ出場。2021年の東京オリンピックでは女子代表が銀メダル、東京パラリンピックでは車いすバスケが銀メダル。そしてこれから始まる男子ワールドカップ......。

 この一連のムーブメントのなかで忘れてはならないのが、井上雄彦氏による漫画『SLAM DUNK』の存在だ。連載終了後から26年経った2022年12月に映画『THE FIRST SLAM DUNK』が公開され、空前の大ヒットを今なお記録中。

 渡邊雄太選手も『SLAM DUNK』から大いなる刺激と影響を受けていた──。

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『SLAM DUNK』について語る渡邊雄太選手(左)と井上雄彦氏(右)

【絶対に渡邊雄太が帰国するまで上映するぞ】

 2022年12月3日に公開された映画『THE FIRST SLAM DUNK』は、日本ではもちろん、世界中で社会現象になるほどの大ヒットを記録した。

『SLAM DUNK』ファンである渡邊選手も「スラムダンクの映画アメリカでも上映しないんですか。。。

観にける人たちが羨ましー 安西先生、映画がみたいです」(原文ママ)とツイートするほど。そして帰国後、無事に映画を鑑賞できた渡邊選手から井上氏へ、感動の言葉の波があふれ出る。

渡邊 僕はそれこそ今回、『SLAM DUNK』の話をすると思って、肩ブン回しで(気合を入れて)来たんですけど。

井上 (対談の)主旨が伝わってない(笑)。

渡邊 やっとです。やっとこの話ができます。

井上 (笑)。

渡邊 映画、めちゃくちゃおもしろかったです!

井上 ありがとうございます。

渡邊 僕は上映が開始された時に、次に帰国するタイミングではもう見られないんじゃないか......とずっと思っていて。だからTwitterでけっこう、ぼやいてたんですけど。

井上 そのツイートを見て、映画のスタッフに「絶対に渡邊雄太が帰国するまで上映するぞ」って(笑)。「最長でもNBAファイナルが終わる6月を過ぎたら帰国すると思うから」と言い続けて。

それを目標に頑張ってきました(笑)。

渡邊 何回もつぶやいてよかったです(笑)。

井上 ありがとうございます。(映画スタッフ)みんなの士気が上がりました。

渡邊 結局、映画はアメリカでも公開されるのでしたっけ?

井上 アメリカではこの夏から。

渡邊 映画の前情報は──もちろん山王戦が描かれているといったことは知っていましたけど──ほとんど入れずに見に行きました。

山王戦なんて何度も(コミックスで)読んでいますし、全シーン覚えているくらいなんですが、あらためて新鮮な気持ちで見ました。

 リョーちん(宮城リョータ)にあんな過去があったなんて知りもしないことでしたし、あんな過去を乗り越えて、あのようなプレーヤーに成長していったりだとか、いろいろ......。今まで漫画で読んだことのなかった部分も知れて、映画鑑賞中はすごく幸せな時間でした。

井上 ありがとうございます。

渡邊 僕は映画を見て泣くようなタイプではないので、どちらかというとプレーの臨場感といいますか、セットプレーなども細かくこだわっていて。本当にちゃんとバスケットの試合を見ている感じでした。

 だから、途中からはそういう(プレーヤーの)目で見ていたりもしました。一方で観客席を見れば、魚住(純)がドーンと座っていたりとか。

井上 気づいた(笑)?

渡邊 最初、魚住以外は見つけられなくて。ツイートしたら「魚住以外にもこんな人がいましたよ」という反応があり、全然見つけられなかったと悔やんだんですけど(笑)。

 魚住だけは最初、あぐらをかいてベンチの真裏で座ってるシーンと、おそらく原作では「かつらむき」をしてセキュリティに移動させられたあと、別の場所で座って見てるシーンまではバッチリ見つけられました。

井上 観客席に連れていかれたあとも? 警備員が横にいたでしょ。

渡邊 いました。ふたりの警備員が魚住の両脇にいて(笑)。

井上 ありがとうございます。......バスケシーンは大丈夫だった?

渡邊 めちゃくちゃおもしろかったです。それこそミッチー(三井寿)が赤木(剛憲)のスクリーンをもらってスリーポイントを放つシーンとか。もちろんマンガで読んでいるシーンなんですが、そこに至るまでどういう動きがあってのシュートだったのかはわからなかったので、いろいろ発見もありました。

井上 どのスポーツものもそうだろうけど、フィクションを作る際に、実際にそのスポーツをしている、打ち込んでいる人が見て「これは違う」「作り物だから」というふうに見られるのは悔しいというか。やっている人にも前のめりになって見てもらえるようなバスケを描きたかったので、ホッとしました。NBA選手に言ってもらえた(笑)!

渡邊 ピンダウンからのスリーポイント......実際(ブルックルリン・)ネッツにジョー・ハリスというすごいシューターがいたんですけど、彼に対して使うようなプレーで。ミッチーが一度ゴール下まで下がっていって、赤木がスクリーンをかけにいって外に出てくるという。「ジョー・ハリスやん!」と思いながら見てました(笑)。

【SLAM DUNKは31巻から読み始めた】

 映画『THE FIRST SLAM DUNK』の感想からもわかるように、渡邊選手と『SLAM DUNK』の関係は長く、深い。井上氏も初めて知る渡邊選手の新事実、そして縁が次々と明らかに......。

渡邊 僕は大『SLAM DUNK』ファンなので。小さい時からずっと、何回も読み続けて。それこそ全選手、全セリフを覚えてるくらい、本当に何度も読んでました。それこそ僕の姉は、もともとバレーをしていたのですが、『SLAM DUNK』を読んでバスケを始めたという。

井上 そうなの?

渡邊 そうなんです。それこそ渡邊家にとって『SLAM DUNK』は欠かせないものなんです。

井上 雄太君は1994年生まれだっけ? ということは『SLAM DUNK』の連載もわりと大詰めな感じの頃......。

渡邊 僕が読み始めた頃には、連載はもう終わっていまして。

井上 もちろんそうだよね。連載中はまだ赤ちゃんだもの。

渡邊 僕は小学生になって、字がやっと読めるようになってきたくらいの時に初めてコミックスを見ました。お父さんが家に揃えてくれていたので。

井上 お父さん......ありがとうございます。

渡邊 僕はまだ幼くて、文字をそんなに読めなかったので、最初に(ジャンプコミックスの)31巻から読み始めたんですよ。それだけでおもしろいと思って。

井上 え、(最終巻の)31巻から?

渡邊 はい。31巻は文字が少なかったので。

井上 ああ、文字を入れなくてよかった(笑)。

渡邊 で、そこから1巻からちょっとずつ読み始めていって、以降は何周したかわかりません。

井上 お父様、お母様も超有名なバスケ選手だったけど、別に「バスケをやれ」という感じではなかったということ? お姉ちゃんがバレーをしていたということは。

渡邊 いえ、両親はお姉ちゃんにバスケをずっとやってほしかったんです。僕の場合は自然な流れで始めていったんですけど、お姉ちゃんは泣きながら「絶対バスケなんかやりたくない!」と言っていて。

 なのに、ある日、朝起きたら急に「私、バスケット始める」と言い出して。『SLAM DUNK』を読んで「それまでのバスケ嫌いはどこいった?」というくらい気持ちが変わったらしく(笑)。本当に『SLAM DUNK』で姉の人生は大きく変わったんです。

井上 そうなのか......。

渡邊 まだあまり文字も読めなかった自分が、31巻を初めて見た時の、あの......途中からセリフなどがなくなって、絵だけになった世界に完全に入り込んじゃった記憶ははっきりあります。

 文字がないのに、そのページで止まってしまうんですよ。じっくり見て、ページをめくってまたじっくり見て......。ずっと絵を追うしかできなかったからなんですが、吸い込まれていく感じがありました。

井上 あのシーン、描く側としては試合が終盤にいくにつれて、読む人をどんどん引き込みたいという気持ちがあって。セリフといった言葉があると、読者は読んで「受け取って」しまうからどうしても「受け身」になってしまう。そうではなく、読む人に「能動的」に漫画の中に、試合の中に入ってほしかったんです。

渡邊 僕も『SLAM DUNK』のいちファンとして、本当に引き込まれました。それくらいファンだったので、高校を卒業してアメリカのプレップスクールへの進学を考えた時も、『スラムダンク奨学金』のことは知っていました。でも、アメリカ行きを決めたのが遅かったので、応募のタイミングと合わず。

 ところが、縁があって行かせてもらったセントトーマスモアスクールが、現在の『スラムダンク奨学金』の派遣先になっているので、そこにも縁を感じています。

井上 (渡邊選手がアメリカへ渡った)当時は、サウスケントスクールが派遣先だった。

渡邊 はい。その当時、サウスケントに『スラムダンク奨学金』で来ていた選手とも対戦しましたし。

井上 (第6期生の山木)泰斗?

渡邊 はい。たしか、ホームとアウェーで2度。

井上 泰斗はそんなこと言ってなかったな。言ってくれればいいのに(笑)。

渡邊 試合後にもちろん会話もしたので、よく覚えています。

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 渡邊選手のバスケット人生に大きな影響を及ぼしていた『SLAM DUNK』。そしてNBAで活躍する渡邊選手の姿から影響を受ける井上氏。互いに高め合う両者だが、高まっているという点では日本バスケットボール界もまた同様だ。

 スペシャル対談03(後編)では、日本バスケのこれまでの成長に対する実感、そしてこれから控えるワールドカップへの意気込みを語り合ってもらう。

(つづく。03=8月8日配信予定)

◆井上雄彦×渡邊雄太・03>>「日本のバスケで体格の小さいほうが大きいほうを倒す」


【profile】
井上雄彦(いのうえ・たけひこ)
1967年1月12日生まれ、鹿児島県伊佐市(旧・大口市)出身。1990年に週刊少年ジャンプにて『SLAM DUNK』、1998年にモーニングにて『バガボンド』、1999年に週刊ヤングジャンプにて『リアル』の連載を開始。2006年に「スラムダンク奨学金」を設立。2022年に監督・脚本を務めた『THE FIRST SLAM DUNK』が公開される。

渡邊雄太(わたなべ・ゆうた)
1994年10月13日生まれ、香川県木田郡出身。尽誠学園を2年連続でウインターカップ準優勝に導いたのち、アメリカ留学を決意。プレップスクールを経由して2014年9月にジョージ・ワシントン大に進学。大学卒業後、サマーリーグで結果を残してメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結び、2018年10月に日本人ふたり目のNBA選手となる。その後、トロント・ラプターズやブルックルン・ネッツでプレーし、2023年7月にフェニックス・サンズと契約。ポジション=スモールフォワード。身長206cm、体重98kg。