錦織圭選手の登壇です!」

 司会者の明るい声に続いて、会見室にひょっこり顔を出した彼は、報道陣の数に驚いたように首をすくめると、気恥ずかしそうな笑みを浮かべて、ひな壇へと歩んでいった。

 ニューヨーク・マンハッタン島の中心街にそびえる「キタノホテル」。

その9階に鎮座する改築したばかりのルーフトップバーが、錦織圭の会見の場だった。

錦織圭が語った「ワクワク」の根源 全米OP前の会見で明かした...の画像はこちら >>
 全米オープン開幕を控えた週末に"ニューヨーク唯一の日系ホテル"で会見を行なうのは、慣例である。出場予定だった前哨戦を3大会連続で欠場したため、全米オープンの出場も危ぶまれたが、現地時間8月24日に決まったドローに「Kei Nishikori」の名はあった。

 初戦の相手は、予選突破者。比較的ドローにも恵まれ、2年ぶりとなるグランドスラムへの意気込みを語る場となるはずだった。

 その会見の冒頭でのこと。

「現在の調子と、今大会への思い」を問われた時、彼はやや気まずそうに切り出した。

「ちょっと最初に言っておくと、ひざがまだよくなくて......。一応(ニューヨークに)来たのは来たんですけど、出るかどうかまだ定かではないっていうところが正直な状態で」

 2年ぶりのニューヨークの錦織圭は、以前と変わらぬ自然体な佇まいで、現状を包み隠さず朴訥な口調で紡いでいった。

 股関節の手術と、足首の捻挫でツアーを長く離脱していた錦織が、1年9カ月ぶりに公式戦のコートに帰還したのは今年の6月。復帰戦のATPチャレンジャーで5つの白星をつらねて優勝し、あらためて華やかな存在感を印象づけた。

 ATPツアーに出場したのは、7月下旬のアトランタオープン。

その初戦では63位のジョーダン・トンプソン(オーストラリア)に競り勝ち、2回戦でも18歳の新鋭シャン・ジュンチェン(中国)に勝利。3回戦で世界9位のテイラー・フリッツ(アメリカ)に敗れるも、ツアーレベルで戦えることを証明した。

【錦織にとってグランドスラムは特別な場所】

 ただ翌週、出場を予定していたシティ・オープンを試合直前で棄権する。続く2大会は、いずれも開幕前に欠場を公表した。

 理由は、ひざのケガ。それはアトランタオープンで負ったものだった。

 それから4週間経った今も、まだ痛みは消えていないと錦織は明かす。

「この1週間で、コートで打ちはじめてはいるんですけど、最初の2~3週くらいが全然治らなくて。画像上で見ても、明らかに(痛みの原因が)これだなっていうのがちょっとありまして。そこまで大きなケガではないんですけど、炎症が治まるのがいつかというのを、自分でも待っている状態なので」

 ケガの詳細を語ると、「正直、フィフティ・フィフティではあるかなと思っています」と、全米オープン出場の可能性に言及した。

 ボールを打ち始めてまだ1週間、しかも、炎症が治まっていないという現状を鑑みれば、通常なら出場を見送る判断をしても不思議ではない。

 それでも、ぎりぎりまで希望をつなげているのは、やはりグランドスラムが特別な場所だからだ。

「一番は、トップの選手と対戦できる可能性があるところが、どうしてもワクワクしてしまう。

この大舞台で、お客さんのいる前でプレーできる幸せとワクワクが、やっぱりほかの大会よりは自然と湧き上がってくるところです」

 そのような「ワクワク」の根源には、復帰後の自身のテニスそのものへの、確固たる手応えがある。

「プレー面でいうと、けっこう満足はしていて。アトランタでジョーダン(・トンプソン)に勝てたのは、ものすごい自信になりましたし、プレー内容もよかったです。

 その後のシャン(・ジュンチェン)戦も、前に出たり、自分のプレーが思いっきりできた。どの復帰後の大会よりも、早い段階で満足はできているので、そういった意味では今までにない経験ができているなと感じています」

 プレーそのものについて語る時、錦織の口調はとたんに明瞭になる。

「今となっては」と前置きしつつも、「ウインブルドンも出ればよかった。

身体が100%の状態だったら、1~2回は勝てた可能性があった」と自ら切り出すほどに、心はハイレベルの戦いを欲していた。

【自分の身体に向き合っていくしかない】

 ただ、予想を上回る高次のプレーとそれに伴う高揚感が、皮肉なことに、新たなケガを誘発した。

「ジョーダン戦のあと、けっこう、ひざが痛くなって。次の試合もやるかやめるか迷ったんですけど、痛いなかでも何かやってしまって......」

 ぽつりぽつりと語る彼は、「それで、勝っちゃうので」苦く笑う。

「それが悪くなった原因でもあるんですけど......、やめればよかったなっていうのを、今となっては思います」

 心に刺さる悔いを、彼は素直にさらけ出した。

 翌週のシティ・オープンを棄権した時は、「1~2週間で治るだろう」と思っていたという。だが、想定以上に回復に時間がかかる事実に、「昔とのギャップは、もしかしたらあるかもしれない」とも認めた。

「自分の身体に向き合っていくしかない」と諦念しながらも、「試合数をなかなか減らすわけにもいかない」と、小さな焦燥もこぼす。

 年齢とともに、自身の身体が以前と同じとはいかないことは、どこかで自覚している。休養は必要だが、砂時計の砂が落ちていくように、残された時間の限りも、徐々に可視化されているのだろう。

 そのような葛藤のなかで、今回の会見で錦織がたびたび自覚的に露わにしたのが、アスリートとしての"エゴ"だ。

「ファンに、どのようなプレーを見せたいか」と問われた時には、どうにも隠せぬ気まずさを顔いっぱいに広げて、こう打ち明けた。

「何十年もこの質問をされていて、毎回答えを捻りだすんですが、どういうプレーを見せたいかはいまだにわかっていないんです。自分らしいプレーを見せるというか、勝つために僕も試合をするんで、それが結果、お客さんに楽しんでもらえたらうれしいなっていうところが本音です」

 さらには、「ケガで離脱していた間のモチベーション」を問われた時も、彼は真っすぐに次のように応じた。

「モチベーションとしてはもう、またテニスがしたいっていうことのみで。基本的に、自分の欲のためにテニスをずっとやっているし、それを極めようと日々、やってる身なので。

 本当に、また強くなりたい、またトップの選手たちと試合をしたいっていうところだけが、常に自分の頭のなかにある」

【まだテニスを辞めることが想像できない】

 いずれの言葉も、錦織の柔らかな表情やユーモラスな口調によって優しく響く。ただ、その本質にあるのは、ヒリヒリとしたまでの強さや戦いへの渇望だ。

 8月28日(錦織の初戦は29日)に開幕する全米オープンに、錦織が果たして出場するかは、まだわからない(開幕前日の現地27日夕方に欠場を発表)。ただひとつ確かなのは、「まだテニスを辞めることが想像できない」という彼の身体感覚。

 そして「またトップ10に戻り、トップ選手たちと勝ったり負けたりできるようなレベルに戻る」という、燃えるような向上心だ。