最年長なのに、一部の年下のチームメイトたちから「マコ」と呼ばれて、やたらといじられる──。思えば、そんな選手はめったにいない。

 しかし稀なのは、そんな先月33歳となった彼の愛されるキャラクターだけではない。「天才」と称される彼のコート上で見せるパフォーマンスもまた稀有なもので、雄弁だ。

「諸刃の剣」比江島慎が日本を救う 「神がかった」プレーに渡邊...の画像はこちら >>
 開催中のFIBAワールドカップ。順位決定ラウンド(17-32位)初戦でベネズエラ(世界ランク17位)を相手にした日本男子代表チーム(同36位)は、86-77の逆転勝利で大会2勝目を挙げて、目標であるパリオリンピックへの出場権獲得へ大きく前進した。

 前日からの連戦となった中南米のチームを相手に、日本はシュートが入らず、またターンオーバーがかさみ、苦戦を強いられた。第4クォーター序盤にはこの試合、最大の15点の差をつけられ、厳しい状況に追い込まれた。

しかし、1次ラウンドで勝利を飾ったフィンランド戦のように、日本は再び終盤に猛攻を始める。

 その主役は、間違いなく「愛される男」で「マコ」こと、比江島慎(SG/宇都宮ブレックス)だった。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

 試合時間、残り7分強。3Pシュートを沈めた比江島は、そこから神がかったかのように得点を重ねた。このクォーターだけで、実に17得点を記録する(試合全体では23得点。

3Pシュートは7本のうち6本を沈めた)。

 ハイライトは、残り2分を切った場面だった。

 馬場雄大(SG)が相手からボールをスティールすると、すかさず自ら速攻につなげてリング目前でパスを出す。それを受け取った比江島は、相手のファウルを受けながらレイアップをねじ込み、バスケットカウントで逆転に成功したのだ。

【ホーバスHCの招集に比江島は「すごく悩んだ」】

「いやもう、本当に決めてくれたマコに感謝です。乗ったら誰も止められない比江島慎、最高です」

 そう言うのは馬場だ。

 彼だって3スティールをマークするなど、ディフェンスでかなり奮闘した(自身がコートに立っている時間帯の得失点差はチーム1位のプラス24だった)が、そこは比江島を立てた。

 吉井裕鷹(SF/アルバルク東京)も開口一番、8歳上の先輩について「世界の比江島でしょう」と述べた。

「あんだけの確率で(シュートを)決めたら......。本当、リスペクトします」

 2019年──。比江島はNBAサマーリーグに挑戦しながら力を出せず、日の丸を背負ったワールドカップでは5戦全敗を喫した。

 このワールドカップで、比江島は平均4.4点に終わっている。どんな夏になったかと報道陣に問われた彼は「自信をなくした夏だった」と、消え入るような声で言葉を絞り出していたのが印象的だった。

 それでも、比江島は代表のユニフォームを着続けた。

 日本は2021年開催の東京オリンピックでも3戦して1度も白星を挙げられず、当時のヘッドコーチだったフリオ・ラマス氏が退任したこともあり、大半の主力メンバーが代表活動から退いていた。

 ラマス氏のあとに就任したトム・ホ―バスHC(ヘッドコーチ)からの呼びかけに、比江島は「すごく悩んだ」という。しかし「まだ世界の舞台で1勝もしていない状態では終われない」という思いが、招集を受けたひとつの理由だった。

 その思いは、結実した。8月27日のフィンランド戦で日本は98-88で勝利し、世界大会での連敗を10で止め、かつヨーロッパ勢からの初白星を勝ち取った。

 このフィンランド戦でも得意のドライブで、とりわけ前半で光った活躍をした比江島だったが、後半の河村勇輝(PG/横浜ビー・コルセアーズ)らのプレーに話題を持っていかれてしまった。しかし、ベネズエラ戦では正真正銘のヒーローとなった。

【比江島には「試合の大局や流れを読む力」がある】

「今までの悔しい経験とか絶対、今日の試合に生きたと思います。悔しい思いを経験してきた選手たちが、馬場にしろ、雄太にしろ、富樫にしろ、引っ張って、掴み取った勝利だと思うので。もちろん、若い選手の力も加わって勝てた。経験をしっかり出せたと思います」

 取材エリアで多くの報道陣からマイクやカメラ、ボイスレコーダーを向けられた比江島は、そのように語った。

 ベネズエラ戦の直後、比江島は盛大な祝福を受けた。

だが、渡邊雄太(SF/フェニックス・サンズ)や富樫勇樹(PG/千葉ジェッツ)ら前の世界大会からともに比江島と戦ってきた仲間たちは「これくらいできて当然だ」と、笑顔を弾けさせつつ話している。

「彼を本当に止められる選手って世界でもなかなかいないと、僕はずっと言い続けているんで。正直、彼のBリーグのスタッツに僕はぜんぜん納得してないんですけど。

 オーストラリアに行ったりサマーリーグでも、彼が本来の力をちゃんと出せれば、ああいう大変なリーグのなかでもやっていける力は十分にマコは持っていると思います。今日は別に、僕からしたら何のサプライズもないというか、あれが、僕が知っている比江島慎ですし、いつもやってほしいなっていう感じです」

 皆に聞いてほしい、とでもいわんばかりの大きな声を、渡邊は響かせた。

 ワールドカップ開幕を数週間後に控えた7月末。選考争いが激化するなかで比江島は「今までにないプレッシャーやストレスを感じています」と述べながら、自身が「当落線上にいる」という認識でいた。

 だが、ホーバスHCのなかで比江島は、あるいは欠かせないピースだったのかもしれない。ベネズエラ戦のあと、ホーバスHCは「比江島には試合の大局や流れを読む力がある」とコメントしている。

 比江島の得意なドライブがフィジカルな相手に対してうまくいかないこともあるため、ホーバスHCは「諸刃の剣」だと語る。だが一方で、その技量が特別であるために、それを「目をつぶらないといけない」ところだとも述べた。

【河村は「マコさんの普通のプレーが今日出ただけ」】

「彼のペイント内へのドライブは、自分が知るどんな選手とも違っています。彼はスピンができますし、フットワークもあって、そしてそのどれもが人とは少し違うんです。

 時にターンオーバーもしてしまいますが、そこはしょうがないこと。今夜(ベネズエラ戦)のようなプレーが彼にはできますし、我々を救ってくれました。彼のように3Pでもペイント内からでも得点できる選手は、それほど多くはありません」(ホ―バスHC)

 ワールドカップ・アジア地区予選の期間中、日本チームの面々が一緒に食事に出かけたことがある。年齢がチームで下のほうの河村は、自身がいじられることもあるが「マコさんも最年長でいじられている」として笑わせた。

 河村は代表活動を通して、比江島の「爆発力」や「安定感」を見てきただけに、渡邊と同様にベネズエラ戦でのパフォーマンスに度肝を抜かれるほどの驚きを覚えたわけではなかった。

「この試合に限らず、マコさんの得点力の爆発力やプレーでの安定感はチームの誰しもが知っているので、それが出ただけかなっていう。本当に特別なことではなくて、マコさん自身の普通のプレーが今日出ただけかなって思っているので、すごいびっくりした感じはないです。

 けど、やっぱり僕たち以上にこのワールドカップにかける思いっていうのはあるでしょうから、そういった気持ちも出たプレーだったかなと思います」

 予選ラウンドで「死の組」と呼ばれた厳しいグループに組み込まれた日本だが、ベネズエラ戦の勝利で目標の五輪切符に手をかけた。9月2日のカーボベルデ(世界ランク64位)との試合に勝利すれば、パリ行きが決まる。

 比江島は今大会ここまで平均11得点をマーク。3Pシュートは66.7%(12分の8)という高確率で決めている。フィンランド戦では活躍も、その次のオーストラリア戦では精彩を欠き、そしてベネズエラ戦では再び輝いた。カーボベルデ戦では果たして、どちらの比江島が出るのだろうか。

 渡邊は、彼が自信を持ってプレーしさえすれば世界でも止められる選手は少ないと言うと、それが常にできていない比江島に対して、もどかしさがあふれ出たのか、突如、叫ぶようにしてこう声を響かせた。

「もう、いつも、いつも、やってくれ、マコ!」