所属していたV・ファーレン長崎から承諾もなく移籍したと言われているファビオ・カリーレ監督が、1月20日、サンパウロ州リーグの第1節でサントスの監督として正式にデビューを果たした。結果はボタフォゴ(本田圭佑のいたリオのボタフォゴとは別物)に2-1で白星スタートとなった。

 しかし一方で前日の19日、長崎はサントスとカリーレ監督及び3人のコーチをFIFAに提訴している。この事件はブラジルでも大きく報じられ、注視されている。事態が一向に解決しないのは、当事者たちそれぞれがまったく別なストーリーを見ているからだろう。

V・ファーレン長崎はFIFAに提訴 監督の「二重契約問題」に...の画像はこちら >>
 まずは長崎の主張を見てみよう。

 チームの公式サイトによると、彼らは10月にカリーレ監督に契約延長を打診し、11月末に契約を締結している。ところが12月19日に突如監督からサントスへの移籍の意向を受け、翌20日にサントスは正式にカリーレが監督になったことを発表した。

長崎は何の連絡も受けておらず、まさに寝耳に水だったようだ。

 その後、再三説明を求めても、オファーレターさえ届かず、1月12日になって初めてサントスと話し合いの場を持つことができたが、ブラジル側の主張は「サントスへの移籍は有効」というもの、もちろん長崎はそれを受け入れない。ただ、この話し合いの場では違約金を払う用意があることを匂わせたが、翌日にはその話し合いとはまるで違うことを、サントスが発表。長崎は不信感を募らせていき、ついにはFIFAへの提訴に至った。ざっとこんな経緯だ。

 一方、サントスは当初、「長崎と監督の代理人の間ではすでに話がついていると聞いている。

交渉の最初から違約金の条項は盛り込まれていない」とし、これはあくまでも長崎と監督の問題であって、サントスと長崎の問題ではないというスタンスをとっていた。そのため、サントスがチームの代表を話し合いの席に送ったのは、かなり後になってからだった。しかも「私たちは長崎と監督の関係を調停するため、善意で会議に臨んだ」と、述べている。あくまでも自分たちは問題とは無関係の、善意の第三者だという体を装っていた。

【サントス側の言い分】

 FIFAに訴えられるとさすがに他人事では済まなくなったが「それ(FIFAに提訴すること)は日本のクラブの権利であり、我々は成り行きを見守る。我々が気にかけるのは司法的な面での問題だけであり、これによって監督の状況が変わるわけではない。

今後も彼は通常どおり監督を続ける。罰金に関しても、我々は一切恐れてはいない」と、強気の姿勢を崩していない。

 サントスが落ち着いているのには理由がある。長崎は11月に契約更新の意思を確認し、その後、契約は自動更新されたと主張するが、サントスの見解はちょっと違う。

 彼らは、日本の契約期間は税制の問題から12カ月ではなく11カ月であり、そのため長崎とカリーレの契約はいったん12月31日で終了しており、次の契約は2月1日より始まる、つまり1月1日から31日までは契約は解除されており、彼らはその「空白の1カ月」を利用して、カリーレを獲得したというのだ。実際、カリーレがサントスと正式にサインしたのは1月に入ってから。

決してクリーンなやり方ではないが、もしこれが本当ならば少なくとも二重契約ではない。

 ただし、これについては「ちょっと待て」と言いたい。サントスがカリーレを獲得すると発表したのは12月の19日であり、20日には就任発表の記者会見を開いている。この時、カリーレはまだ長崎の監督だったはずだ。これは明らかなルール違反だ。

 この1月からサントスの新会長となったマルセロ・テイシェイラは、「問題解決に向けて案を出したが、残念ながら日本側は我々とは異なるビジョンを持ち続けている」と述べた後、口をつぐんだ。

サントスはもうこれ以上、この件についての話はしないと言っているようだ。

 だがもし長崎の主張が認められれば、FIFAはサントスに罰金(長崎が求めているのは150万ドル/約2億2000万円)を課すことになる。そして罰金の支払いを確実にするために、FIFAはチームにトランスファー・バン(獲得禁止)を課すことができる。これは1年で1部に戻りたいサントスにとってはかなり手痛い処分だ。

【カギを握るのは代理人?】

 最後に当事者であるカリーレだ。彼は記者会見でこう述べている。

「私は何の心配もしていない。成り行きを見守るだけだ。サントス会長、チーム幹部、サントスの弁護士たち、私の代理人とその弁護士たちも、全員が私に落ち着いていていいと言ってくれている。どれくらい時間がかかるかはわからないが、彼らがすべて解決してくれるだろう」

 どこか他人事のようにも聞こえるが、「いつまでかかるかわからない」という言葉の裏には、彼の不安が見え隠れしているようにも感じる。それもそうだ。カリーレはブラジル代表監督候補にも挙がったことのある優秀な監督だが、今回の事件は彼のキャリアの大きな汚点となる可能性があるのだ。

 それもしても、なぜこんなに話が食い違うのか。筆者は、カギを握るのはカリーレの代理人であるパウロ・ピトンベイラではないかと思っている。なぜなら、登場人物たちのなかで唯一、全員と話をしているのは彼だけだからだ。カリーレの発言からは、ピトンベイラが自分の弁護士まで巻き込んでいることもわかる。これは普通ではない。何か問題がある証拠だろう。

 しかし、だからと言ってサントスやカリーレがまったくイノセントだというわけではないだろう。仮に代理人が「カリーレはフリーだ」と言ったとしても、サントスは書類でそれを確認すべきだったし、カリーレは代理人が「長崎は契約解除で合意した」と言っても、それが本当であるのかを直接確認すべきだった。もし確認していないのならば、プロとしては甘すぎる。

 カリーレが正式に監督デビューしたことで、この問題には別な登場人物も巻き込まれようとしている。彼がベンチに座れたということはサンパウロ州リーグ、そしてその上のブラジルサッカー連盟(CBF)も、カリーレを監督として登録しているということである。もしこの提訴をFIFAが認めたら、CBFにも落ち度があるということになる。

 この事件で一番、真摯で紳士的な動きをしているのは紛れもなく長崎だ。まずは自分たちの主張を明らかにし、サントス及びカリーレ側に異議を申し立て、それでも解決できないと知るとFIFAに訴えた。

 ただ、長崎が主張する「11月に締結した契約延長」が、どのような形で、どのような内容でなされたかは一切、表に出ていない。スポーツ法に詳しいブラジルの弁護士マテウス・ラウプマンはこう言っている。

「前クラブがカリーレ監督と本当に契約を結んでいたことが確認されれば、サントスはその契約の違約金の支払い責任を問われることになる。つまりこの争いに決着をつけるには、どんな契約や合意がなされていたかを知ることだ」

 たとえばもし、仮に口頭で約束しただけで、まだサインをしていなかったとしたら、足元を掬われる可能性はある。日本人は誠実なので、口約束でも守るかもしれないが、ブラジル人は狡猾だ。書類にサインしなければ絶対ダメだ。もちろん、これは私の憶測にすぎないが......。

 それにしても、以前から思うのだが、日本人はなぜこうも頻繁に不誠実なブラジル人と取引してしまうのだろうか。ブラジル人は概して機を見るに敏いが、そうであっても誠実な人たちはたくさんいる。どうしてそういう人々と仕事をしないのだろうか。かつてのジョーの問題(名古屋グランパス→コリンチャンス)しかり。こういうニュースが流れると、残念でならない。