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アルビレックス新潟 トーマス・デン インタビュー 後編

来日5シーズン目になった、アルビレックス新潟のトーマス・デンをインタビュー。後編では本人が感じる日本とオーストラリアのサッカー界の関係や、日本での生活について語ってもらった。

前編「トーマス・デンが日本に来るまで」>>
中編「トーマス・デンが語るJリーグの魅力」>>

【日本とオーストラリア、双方が助け合い、切磋琢磨している】

 過去5シーズンのJ1リーグを2度制しているのは、オーストラリア人監督の率いる横浜F・マリノスだ。2018年に就任したアンジェ・ポステコグルー監督がショートパスを主体とした"アタッキングフットボール"を掲げ、2年目に見事に戴冠。

来日5年目のDFトーマス・デンが「新潟での生活を気に入ってい...の画像はこちら >>
 ギリシャ出身の指揮官はその後、スコットランドのセルティックでリーグ連覇と国内3冠を成し遂げ、今季からプレミアリーグのトッテナムを率いている。

 ポステコグルー監督の後を引き継いだケヴィン・マスカット監督も、攻撃的なスタイルを継続し、2季目の2022年シーズンにJ1で優勝。昨季は2位で終え、上海海港へ移籍し、後任には3人連続となるオーストラリア人、ハリー・キューウェル監督が就任した。

 このように、近年のJリーグはオーストラリア人指導者の影響を色濃く受けている。日本で5年目を過ごす同国代表のトーマス・デンは、この状況を好ましく捉えているようだ。

「フットボールにおける日本とオーストラリアの関係は近年、少し変わってきたと思う。以前は両国の代表チームがW杯やアジアカップなど、メジャートーナメントで鎬を削っていたよね」

 彼がそう話すように、2006年W杯のグループステージ初戦で日本が逆転での手痛い敗北を喫したのも、2011年アジアカップ決勝で李忠成が美しいボレーシュートを決めて優勝した時の相手も、オーストラリアだった。

「でも最近は、アジアをリードする存在として、双方が助け合いつつ、切磋琢磨している印象を受ける。特に、ここJリーグにはオーストラリア人の指導者や選手が増え、日本のクラブの発展にもつなげているよね。アンジェが表舞台に出てきてから、オーストラリアでも後方から短いパスをつなぐスタイルが主流になってきて、その点については先を進んでいたような日本でも、彼は革新的な手腕を見せて成功した。

 それからケヴィン・マスカットは、メルボルン・ヴィクトリーで僕をプロデビューさせてくれた恩師だから、彼の成功も嬉しかったよ。

それは間違いなく、ほかのオーストラリア人監督の励みにもなったはずだ」

 そして今季、マスカット監督の後釜には、サッカールーズ(オーストラリア代表の愛称)やリバプールなどで活躍したキューウェルが就いた。

「彼が監督としてプロチームを率いるのは今回が初めてだけど、期待してもいいんじゃないかな」とトーマス・デンは続ける。

「なにしろ、現役時代にUEFAチャンピオンズリーグで優勝しているように、経験は世界トップクラスだ。選手に伝えられるものは、たくさんあるだろう。それにおそらく彼の技術は、まだ錆びついていないはずだ。テクニックを追求していけば、成長の伸びしろはどこまでも長くなると僕は考えている」

【日本の人々の振る舞いには共感できる】

 終始おだやかに、頻繁に微笑みを見せながら話をするトーマス・デンは、日本の生活にもすっかり馴染んでいるようだ。というよりも、ここ日本の国民性は彼にとって、珍しいものではなかったという。

「さっきも話したように、他者や年長者を敬うのは、ケニアで過ごしていた時から、両親に教えられてきたんだ。だから、日本の人々の振る舞いには共感できる。それに年齢を重ねてきて、落ち着いた雰囲気が好きになっていることもあり、のどかで平和な新潟での生活をとても気に入っているよ」

 毎日、新潟で「世界一のライス」を食べ、焼肉やそば、ラーメンも大好物だという。休日には、パートナーと東京に出かけたりすることもある。

「今のこの状況に感謝している」とトーマス・デンは言う。ナイロビから始まった彼の人生は、アデレード、メルボルン、アイントホーフェン、埼玉、そして今は新潟で続いている。

ひとよりも早く成熟する必要があったはずの彼は、27歳にして、次のキャリアのことも考えているようだ。

「最近、兄たちと一緒にスポーツのブランドを始めたんだ。『90プラス』という名前で、これは兄が"フットボール以上のもの"という意味でつけたんだ。そのうち、経営の勉強も始めようと思っている。そしてオーストラリアとアフリカだけでなく、日本でもこのブランドを広められるようにしたい」

【子どもたちと一緒にフットボールをする機会を作りたい】

 それと同時に、自身がフットボールに助けられたように、子どもたちにこのスポーツのすばらしさを伝えていきたいとも考えている。

「グラスルーツのレベルで、子どもたちと一緒にフットボールをする機会を作りたいと考えている」とトーマス・デンは柔和な表情で話した。

「プロになりたいかどうかもわからないような少年や少女たちと、楽しみながらボールを蹴りたい。おそらく僕は、そういった子どもたちにいいインパクトを与えられる気がするんだ」

 困難な幼少期を送ったからこそ、彼はそう思うのだろうか。あるいはその後にフットボールと出会って、望む生活を手に入れることができたからだろうか。いずれにせよ、その優しい眼差しと明確な語り口、そして様々な経験を持つトーマス・デンなら、ピュアな少年や少女たちに、とてもポジティブな影響を与えることができるだろう。

「『90プラス』というブランドも、子どもたちのことを思って始めたところがあるんだ。フットボール以上のものを目指しているからね」

 そう言った彼の目は、未来への期待に満ちていた。

予定の時間が少し過ぎたので、別れの挨拶をして謝意を述べると、彼も「本当に感謝している。ありがとう」と返答した。
(おわり)

トーマス・デン 
Thomas Deng/1997年3月20日生まれ。ケニア・ナイロビ出身。幼少期にオーストラリアへ移住。メルボルン・ヴィクトリーのユースチームに加入し18歳でプロ契約。2015年にAリーグデビューを果たした。PSV(オランダ)でのプレーを挟んで、オーストラリアでは計4シーズンプレーし、2020年に浦和レッズに移籍。2シーズンプレーしたあと、2022年からはアルビレックス新潟に活躍の場を移してプレーしている。オーストラリア代表としても活躍していて、2021年東京オリンピック、2022年カタールワールドカップのメンバー。