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尊富士インタビュー後編

 大相撲春(3月)場所で初優勝した、伊勢ヶ濱部屋の尊富士。相撲どころの青森県五所川原市に生まれ、アマチュア相撲経験者だった祖父の影響で、物心ついたときから相撲に取り組んだ。

強豪校である鳥取城北高校、そして日本大学を経て、大相撲の門をたたき、わずか10場所で幕内最高優勝を勝ち取った。インタビュー後編では、地元や家族への思いと土俵外での様子についてうかがう。

【誰かが喜んでくれるからうれしい】

――青森県出身の関取。先日、地元で優勝凱旋パレードをしました。いかがでしたか。

尊富士 世の中の景気が悪いと言われているなか、自分の優勝が少しでも地域を盛り上げるきっかけになればと、地元の方が企画してくれたイベントでした。皆さんの力がなかったらできなかったと思うし、自分のほうが逆に励まされました。

皆さんからの声援も、「おめでとう」よりも「ありがとう」のほうが多かった。お年寄りの方には喜んでいただいてよかったし、子どもたちには相撲に少しでも興味をもってもらえたらいいなと、子どもたちの未来のために今後も頑張ろうと思いました。

――自分のためではなく周囲のために、と常に話される関取。その考えはいつ頃から芽生えてきたんですか。

尊富士 幼少期からずっとですね。自分に対して喜ぶことはないんです。

誰かのために頑張って、自分が頑張ったことに対して誰かが喜んでくれるからうれしいという感覚です。自分のために頑張るのって限界があると思うんですね。スポーツだけじゃなくて、勉強でも、親孝行のためにいい学校に入ろうと思えば頑張れる。自分だけのためだったら、そこまで頑張れないのかなと思います。

――ここまで順調な出世街道を歩んでいます。それも日々、周囲のためを思って取り組んだ結果でしょうか。

尊富士 そうですね、日ごろ頑張っていたら何かが返ってくると思って取り組んでいます。結果はあとからついてきますから、ありのままで、やるしかないんです。自分が本来持っているものは、気がつけば土俵上で出ます。日々、どれだけ自分に向き合ったり、相撲について考えたりするか。そのあたりは横綱(照ノ富士)の人間性でもあるので、その背中を追いかけています。横綱を尊敬して、その生き方に憧れてこの部屋に入りましたから。

――横綱に生き方を学びながら、相撲ひと筋で真っすぐここまでこられました。

尊富士 はい、いままで、自分から何かしようとすることってあんまりないんですよ。いまも趣味はなくて、まだ、相撲だけの人生しか歩んできていません。相撲以外に得意なものはないんです。

【いまは恋愛よりも親孝行や地元への恩返し】

110年ぶりの新入幕優勝を果たした尊富士は「人が喜んでくれるから相撲を取る」 いまは恋愛よりも「親や地元の方々への恩返し」
年齢に関係なく、いろいろな力士から学びを得るという

――息抜きには何をしていますか。

尊富士 付け人とごはんに行くこと。

自分、ひとりでご飯食べるのは好きではないんで(笑)。近所の焼肉とか、クッパみたいなスープごはんが好きなので、韓国料理屋にもよく行きます。

――ふだんの食事で気をつけていることはありますか。

尊富士 栄養はめちゃくちゃ気にします。腸内環境が整っていないと栄養が行き届かないと思い、ヨーグルトを毎日食べています。主観ですが、腸が活発になっていると体幹にも力が入るように感じています。

本当かわからないけど、自分としてはそう感じられる部分もあるので、そうやってなんでも相撲に生かせるように考えています。

――ウエイトトレーニングは?

尊富士 好きです。どうやったら筋肉は変わるのか、どういう食事を摂ればいいのかなど、大学の時に自分なりにYouTubeなどでかなり勉強しました。あとは、宮城野親方(元横綱・白鵬)に「どうしたら親方みたいになれますか」と、積極的に自分から聞くようにしています。

いま一番鍛えたいのは下半身。でもこの間、横綱に「ウエイトしすぎ」って言われました(苦笑)。好きだから暇があればジムに行ってしまうんですが、やりすぎてしまうと可動域に影響が出てくるので、気をつけないといけないですね。

――ほかに、生活で気をつけていることは。

尊富士 悪い女性に引っかからないようにすること。

――あ、それは大事......(笑)。

尊富士 (笑)。でも、いまは恋愛したい時期じゃないです。どこに出かけても目立つし、息抜きは付け人とご飯に行ければいいかなって。だったら、いまできる親孝行や地元の方への恩返しをしたほうが、僕はいいなと思っています。

――宮城野部屋の伊勢ヶ浜部屋への移籍に伴い、4月から稽古環境もガラッと変化しました。40人を超える大所帯の部屋となり、現在の様子はいかがですか。

尊富士 最初こそどうなるかと思いましたが、みんな切磋琢磨して、お互いにいろいろと聞き合っています。(高校の後輩である)伯桜鵬からも「先輩、立ち合いはどうやって意識していますか」と聞かれました。いま、一番稽古が面白い部屋だと思います。見渡すと"横綱"が3人いるんですから(笑)。

――本当にそうですよね。関取から見ていて、特にすごいなと思う人はどなたですか。

尊富士 いろんな人を見て、すごいなと学んでいます。本当に全員に個性があって、期待の星ばかり見ている感じです。みんないつか番付が上がって、関取衆がいっぱいになるのかなと想像します。年下でももちろん、すごいと思ったら本人に直接伝えます。たとえば、先場所幕下付出で入ってきた松井。いい相撲を取るな、自分の相撲に似ているなと思って声をかけました。勝てないときにはどうしたらいいか、磨いたらいい相撲になるからとアドバイスもしました。

――よりよい稽古環境で素敵ですね。力士として、これからどんなことに挑戦していきたいですか。

尊富士 ずっと相撲だけの人生を歩んできました。25歳は若いかわからないし、相撲以外の人生経験もしてみたい。でも、相撲によって、凱旋パレードとか普通の人ができないような経験をさせてもらえているわけですから、僕は僕にしかできないこともあるなと思っています。

――故障した右足首の調子はいかがですか。

尊富士 (夏場所の出場は)ギリギリにならないとわかりませんが、出られるなら出たいです。いまは自分でできることをしていて、ケガは四股で治します。

――今後、長い目で見た目標は。

尊富士 相撲をする未来の子どもたちに、「尊富士に憧れていた」と言ってもらえるような人間性を持ちたい。そのために、いまできることを精一杯しています。

前編>>尊富士が成し遂げた110年ぶりの新入幕優勝の裏側

【Profile】尊富士(たけるふじ)/1999年4月9日生まれ、青森県五所川原市出身。本名・石岡弥輝也。木造中(青森)―鳥取城北高(鳥取)―日本大。幼少期から相撲を始め、わんぱく相撲全国大会など、各世代の全国トップレベルで活躍。大学卒業後、2022年8月に大相撲入りを表明し、秋(9月)場所に前相撲から初土俵。その後場所ごとに順調に白星を重ね、2024年の初(1月)場所から十両に昇進し優勝。新入幕を果たした春(3月)場所では、新入幕の力士として最長となる初日から11連勝、110年ぶりの幕内優勝を果たした。