日本の優秀な種牡馬の1頭であるルーラーシップ。現役時代は、出遅れ癖がある馬として知られていた。

 2012年のGI有馬記念(中山・芝2500m)における、レース実況のアナウンサーが「10馬身ほど」と言った大出遅れは日本競馬史に残る逸話として、今なお語り継がれているほどだ。それでも、最終的には3着に食い込んできたのだから、そもそものポテンシャルは相当なものがあった。

 この"悪癖"だが、どうやら産駒にも少なからず遺伝しているようだ。

 実は、GI天皇賞・春(5月4日/京都・芝3200m)で1番人気が予想されるヘデントール(牡4歳)がルーラーシップ産駒で、この馬には父の出遅れ癖のDNAがかなり色濃く伝わっている――というより、デビュー以来これまでのキャリアは、この悪癖にずっと悩まされ続けてきたと言っていい。

【競馬予想】天皇賞・春で1番人気が予想されるヘデントールは本...の画像はこちら >>
 2023年11月18日の新馬戦(東京・芝2000m)。ヘデントールはここでいきなりやらかす。ゲート内で落ちつかない様子を見せ、ゲートが開いて大半の馬たちが勢いよく飛び出したあと、この馬だけ"もっさり"とした感じで動き始めて出遅れ。立ちどころに最後方に置いていかれてしまった。

 ただ、4角手前で先団に取りつくと、上がり33秒5の末脚を繰り出して、勝ち馬と1馬身4分の3差の2着に食い込んだ。このときの勝ち馬が、のちにGI皐月賞(中山・芝2000m)を制したジャスティンミラノ。それを思えば、同馬の素質の高さは早々に証明されていたとも言える。

 現に競馬専門紙記者もこう語っている。

「もともとヘデントールは、イクイノックスを育てた木村哲也厩舎の期待馬の1頭でした。そして実際、デビュー戦では勝てなかったものの、出遅れを帳消しにするような末脚を見せて2着。そのレースぶりから、厩舎スタッフの多くも『この馬は走る』という思いを強くしたと聞いています」

 しかしながら、それは同時に悪癖、すなわち出遅れ癖との戦いの始まりでもあった。

 これまで8戦5勝、2着2回、着外1回と、一流馬らしい戦績を残しているヘデントールだが、そのほとんどのレースで出遅れ。敗れたレースについては、それが最大の原因となったと言っても過言ではない。唯一の大敗、1番人気に推されながら8着に敗れたダービートライアルのGII青葉賞(東京・芝2400m)も、同様である。

 先の専門紙記者が言う。

「あのときも出遅れて、道中は後方2番手を追走するはめに。しかも、ハナを奪った馬が大逃げを打って、2番手以降が大きく離されてのスローペース。少頭数ならともかく、フルゲートに近い多頭数の競馬で、さすがにそのポジションではどうにもなりませんでした。新馬戦後は能力の違いで勝ち上がってきましたが、厩舎スタッフはこのとき、同馬の悪癖解消のために、あらためてギアを入れ直したのではないでしょうか。

 ヘデントールはその後、東京で2勝クラス、夏の新潟で3勝クラスを勝っていますが、それが何よりの証拠です。

通常、これくらいの期待馬であれば、夏の暑い時期は休ませるもの。にもかかわらずレースを使ってきたのは、やはり悪癖をなんとか解消したかったからでしょう。実戦を経験させることで、ゲートへの恐怖心を薄めたり、騎手とのタイミングを図ったり、いろいろと試みてきたのだと思います」

 ただ、生まれもっての癖はそう簡単に治るものではない。専門紙記者が触れた2勝クラス、3勝クラスでもスタートで出遅れ。続くGI菊花賞(京都・芝3000m)でもまた、スタートで後手を踏んで後方からの競馬を強いられた。

 2勝クラス、3勝クラスは少頭数なうえ、力の違いで勝てたものの、フルゲートの菊花賞はさすがに2着を確保するのがやっとだった。

 だが、ヘデントールが明け4歳を迎えると、悪癖解消に取り組んできた厩舎スタッフの努力がついに実を結ぶときがきた。前走のGIIIダイヤモンドS(2月22日/東京・芝3400m)である。

 フルゲート16頭立ての4枠8番に入ったヘデントールは、まずまずのスタートをきって先行集団に続く好位5番手につけた。その位置でスムーズにレースを運んで、2周目の3コーナーすぎあたりで後方の馬がまくってきた瞬間、自らも即座に反応して一緒に進出。最後の直線で競り合っていた馬を振りきると、早め先頭からそのまま突き抜けた。

 結果は、2着に4馬身差をつける圧勝。

GIIIとはいえ、重賞でこれだけの差をつけて勝つのは、他馬とはワンランク違う、ということだ。

 悪癖に苦しんできたヘデントールがいよいよ本格化。天皇賞・春より1ハロン長い距離の重賞でこれほどの強い競馬を見せたとなれば、本番でも当然、大きな期待が持てるに違いない。

「今年の天皇賞・春には、今の日本で『一線級』と呼べるステイヤーがほぼ顔をそろえたと言っていいと思います。なかなかの好メンバーが集結しました。しかしそのなかにあっても、ヘデントールのポテンシャルが抜けています。あの、悪い癖さえ出なければ、再び圧勝もあり得るでしょう」(専門紙記者)

 父ルーラーシップは引退前の3戦、GI天皇賞・秋(東京・芝2000m)、GIジャパンカップ(東京・芝2400m)、有馬記念とすべて出遅れ。いずれも3着に終わって、国内GIで戴冠を果たすことができなかった。

 はたして、ヘデントールは父が成し遂げられなかった大舞台での栄冠を手にすることができるのか。勝利へのカギは"自分との戦い"にある、と言えるかもしれない。

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