鮮やかな桜色のスウェットを身にまとい、角田裕毅(レッドブル)はスパ・フランコルシャンにやってきた。そして角田と並んで歩くのは、レッドブルレーシングの新たな代表に就任したばかりのローラン・メキース。

 前戦イギリスGP直後の7月9日・水曜日、レッドブルは突如としてクリスチャン・ホーナー代表の解任と、姉妹チームであるレーシングブルズ代表のメキースを後任に据える人事を発表した。チーム関係者も含めて誰ひとりとして知るところもなく、レッドブル本社側のまさに電光石火の決定だった。

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「もちろん予想外でしたし、驚きました。このチームが設立されてから20年間もチーム代表を務めてきたクリスチャンがいなくなるわけですから、チームにとってはものすごく大きな変化です。

 でも、ローランはレーシングブルズで培ったことのなかから、このチームの利益になることやポジティブな要素をもたらしてくれると思います。新しい人が新しい視点でチームを見るというのもいいことだと思いますし、彼がどのように分析していくのか楽しみにしています」

 とはいえ、代表の替わった効果がすぐに表われるとは角田も考えてはいない。

「シーズン途中での急な代表就任ですし、まだ2週間しか経っていないわけで、まだ何かを大きく変えたわけではありません。これから数戦はこれまでのやり方で戦いながら、彼がどこをどうするべきか見ていくことになると思います。

 少なくとも、彼とはいい関係で気軽に話し合える間柄ですし、新たに関係を構築していく必要はないので、それはいいことだと思います。パドックに来て普通に雑談ができて、まるでレーシングブルズに戻ったみたいな感覚でしたけど、ふたりとも違うチームウェアを着ているわけで、そこはクールでしたね(笑)」

 レッドブルのチームスタッフも7月9日の朝に突然この人事を知らされた。ホーナーが離任の挨拶に涙ぐむ一方で、モータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコもファクトリーを訪れて「我々は勝ちたいんだ」と檄(げき)を飛ばしたという。

【メキース新代表の就任は追い風?】

 レッドブル内で人事が伝えられたその日は、フィルミングデー(※)が実施されていた。シルバーストンのガレージでその報せを受けたメンバーもいたという。

※フィルミングデー=プロモーション撮影用の特別日。スポンサーやチームの企業CM撮影などを行なうための走行であるため、総走行距離に制限があったり、テスト目的の新パーツ搭載は認められていない。

 そのひとりであるホンダの折原伸太郎トラックサイドゼネラルマネージャーは、昨年途中までレーシングブルズでともに戦ったメキースと再び同じチームで顔を合せて、ガッチリと握手を交わした。

 一部の報道では、レーシングブルズ時代に角田を高く評価していたメキースの代表就任が角田の追い風になるという期待も渦巻いているが、チーム代表の立場に求められる仕事はそうではないと折原GMは指摘する。

「今のところ、現場のオペレーションについて特に変更はありません。どちらかというと、もっと上の立場で見ていくのだと思います。

 どのパーツをどう使うといったことを言う立場ではないですし、人材を適材適所で使っていくとか、チームに足りていないのはここだから人を補充しようといったオーガナイズをするのが、あの立場の役割です。チームがうまく転がるようにオーガナイズしてくれることで、(角田)裕毅の結果も自ずと上がってくることを期待したいですね」

 マックス・フェルスタッペンがイギリスGPで使った最新型のフロアは、ベルギーGPで角田車にも投入されると言われていた。しかし、チームはこれを断念している。ただ、それは誰かの恣意的な判断ではなく、単純にフロアの製造が間に合わなかったからだ。

「(新型フロアは)使えません。使う予定だったんですけど、今週末は間に合わないらしいです。

チームは新しいフロアを用意するために全力を尽くしてくれていますけど、まだいくつかのパーツは(フェルスタッペン車よりも)古い仕様です」

 角田は残念そうに言いながらも、全力を尽くしてくれているチームを責めることは決してしない。

【僕は速さを失ったわけじゃない】

 角田に課せられたのは、今あるパッケージのポテンシャルをすべて出しきることだけ。その結果が何位であろうと、それが果たせれば自分の仕事としては合格だ。

「自分の持っているパッケージのポテンシャルを最大限に引き出すしかないです。いずれにしても、これだけタイトな勢力図では簡単なことではないですし、ひとつひとつの細かな積み重ねが重要になってくると思います。全力を尽くすだけです」

 イギリスGPでも、新旧のフロアの違いと予選アタック時のディプロイメント切れ問題を差し引けば、十分と言えるパフォーマンスを発揮できていた。

 もちろん「予選リザルト」という相対的評価では、Q2敗退という決して満足できない結果ではある。ただ、「自分にできること」という自分のなかの絶対的な評価軸で見れば、決して低迷しているわけでもなければ、速さを失ったわけでもない。

 そう思えるからこそ、角田は自信を失ってはいない。

「いずれにしても言えるのは、僕は速さを失ったわけじゃないということです。これだけタイトな争いのなかでは、ものすごく小さなことの積み重ねが重要になってきます。そういう意味では、僕はまだこのチームに来て11戦目でしかないし、まだレーシングブルズの頃のようにマシンに100パーセント、完全に自信を持って走れているわけでもありません。

(マシンパッケージ差のような)自分にはどうしようもない要素もあります。

そういった要素を踏まえて見れば、決して悪い位置にいるわけじゃないんです。だから速さを失ったわけではないし、ドライバーとしては自信を持って悪くないところにいると断言できます。

 たとえば(このマシンでの)ロングランペースを改善するためには、いくつかテクニックをマックスから学ぶ必要もあると思います。それは徐々に改善しつつありますので、懸命に努力をし続けるしかないんです」

【今年もスパは雨の決勝となる予報】

 2週間のインターバル期間では、懸命にトレーニング励むと同時に、ミラノにほど近い風光明媚なコモ湖でリフレッシュしてきた。

 湖に飛び込んだ時なのか、気づかないうちにスマートフォンを湖に沈めてしまうアクシデントもあった。新しく買い換えたiPhoneには、ベルギーGPを前にホーナー前代表からメッセージが届いた。

「君の力を見せてやれ」

 追い風でもなければ、順風満帆でもない。今週末は決勝の雨も予報されている。

 そんなスパ・フランコルシャンで、角田はさまざまな思いを乗せて走る。

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