【東京世界陸上・記者の推し選手】2種目出場の田中希実、海外転...の画像はこちら >>

 9月13日(土)から21日(日)まで開催される東京2025世界陸上。果たして、世界最高峰の舞台で日本人選手たちはどんなパフォーマンスを見せるのか。

大会を取材する記者たちに「推しの選手」を聞く本企画、今回はスポーツライター・佐藤俊さん編です。

●田中希実(New Balance)女子1500m、5000m

 女子1500mと5000mの2種目に出場予定で、どちらも決勝に行くことになれば、全部で5本のレースを走ることになる。パリ五輪の1500mでは4分台の壁を突き破るも準決勝で敗退し、決勝には進出できなかった。

 今回は、東京五輪以来の決勝を目指すことになるが、そのためにパリ五輪以降は、ダイヤモンドリーグを転戦するなど、海外での経験を積んできた。世界レベルで戦うことを日常化し、レースにおけるペースの上げ下げ、切り替えなどの駆け引きを学んできた。どんな大会でも平常心で戦えるようになった。

 今、田中が重視しているのは、「積極的なレース」だ。自分から仕掛けて、我慢して上位をキープする展開を考えている。世界陸上前の最後のレースになったダイヤモンドリーグ(ベルギー)の5000mでは、まさにその展開通りのレースになり、14分37秒19で9位となった。

 今大会では、1500mでは東京五輪以来の8位入賞、5000mでは2023年世界陸上ブタペスト大会での8位入賞を超える結果を残すことが目標になる。大柄な選手が多いなか、小柄な彼女が小気味よく走る姿は爽快だし、実力と運が噛み合えば、国立競技場は未曽有の盛り上がりを見せるはずだ。

●吉田祏也(GMOインターネットグループ)男子マラソン

 現在、28歳の吉田が初めて大きな注目を集めたのは、青山学院大4年時の箱根駅伝4区で区間新記録を出した時だった。もともと、大きなケガもなく、ひたすら練習する「練習の虫」だったが、それまではなかなかスポットライトが当たらなかった。

 その箱根の1カ月後の別府大分毎日マラソンで日本人トップの3位(2時間08分30秒)となり、内定をもらっていた一般企業への入社を辞退、GMOで実業団選手としてスタートした。

実業団1年目は福岡国際マラソンで優勝するなど、結果を出したが、その後は伸び悩む時間が続いた。

 2024年1月、「大学時代が一番成長とした」という吉田は練習の拠点を青学大に移して、原晋監督のメニューをこなすようになった。スピード練習とマラソン練習をうまく融合し、昨年の福岡国際マラソンで日本歴代3位の2時間05分16秒で優勝を果たし、世界陸上の出場権を勝ち取った。

 世陸に向けての練習の消化率はほぼ100%で、今回のレースに対する強い意欲がうかがえる。マラソンはケニア、エチオピア勢の時代で、今年の東京マラソンを制した2時間03分23秒で制したタデセ・タケレ(エチオピア)をはじめ、2時間02分台、03分台の自己ベストを持つ選手たちが出場する予定だ。

 とはいえ、大きな大会はハイペースになる可能性が低いので、先頭集団について走り、35kmからの勝負どころでどこまで粘って戦えるか。練習の成果を発揮できれば、目標に掲げる大迫傑(東京陸協)超えの東京五輪6位入賞の5位以内が見えてくるだろう。

●鈴木芽吹(トヨタ自動車)男子10000m

 駒澤大時代、3年時には出雲、全日本、箱根の駅伝3冠を達成した。4年時には主将となり、チームを牽引。箱根は優勝できなかったが、出雲と全日本を獲り、2冠を達成している。

 トヨタ入社後も、引き続き駒大の大八木弘明総監督が指導するGgoatで練習をしており、5000m(13分13秒80)と10000m(27分20秒33)で自己ベストを更新。世界陸上に標準を合わせた。その選考会を兼ねた今年4月の日本選手権10000mでは27分28秒82で初優勝を果たした。

「今日勝てなければ一生勝てないと思った」と涙ながらに語る姿には、この1戦に賭けた鈴木の思いの深さを垣間見ることができた。

 今大会に向けては菅平やスイスで合宿をこなし、いよいよ世界の舞台に立つことになる。ただ、24歳の鈴木自身は気負ったところがない。自らを世陸出場のボーダーラインの選手と位置付け、世界との差を肌で感じるためのレースととらえている。

 目標は、塩尻和也(富士通)が持つ日本記録(27分09秒80)を超え、26分台を目指したいという。ただ、世陸は勝負レース。ペースの上げ下げや終盤のラストスパートが勝負の決める重要ポイントになる。日本選手権での鈴木のロングスパートは実に見事だった。世界相手に彼の持ち味がどこまで通用するかに注目だ。

●落合晃(駒澤大)男子800m

●久保凛(東大阪大敬愛高)女子800m

 800mでは、ふたりの10代選手が世界に挑戦する。

 19歳の落合は、2024年7月のインターハイで1分44秒80の日本記録をマークした。そこからは世界陸上の参加標準記録(1分44秒50)の突破を目標に掲げ、駒澤大入学後は大八木弘明総監督が率いるGgoatで練習をするようになった。

 今年7月の日本選手権では、1周目は日本記録と世陸の標準記録をクリアするペースだったが、2周目に落ちた。終始先頭を走るも1分45秒93に終わった。レース後には「スピードもスタミナもまだまだです」と肩を落としたが、開催国枠の基準はクリアし、今大会の出場枠を得た。10代での出場はとてつもない経験になる。

 世陸はタイムよりも勝負重視のレースになる。体のぶつかり合いもあるなか、屈強な外国人勢相手にどれだけ戦えるか。「(自己ベストと標準記録の間にある)0秒30の悔しさをレースにぶつける」と落合は言うが、それを実現できれば予選突破は可能だ。日本記録を更新して、大八木総監督を男泣きさせる走りを見せてほしい。

 もうひとりの10代である久保は、昨年の金栗記念800mで田中希実に競り勝ち、2分05秒35で優勝。続いて静岡国際陸上800mでは2分03秒57の高校歴代3位、U18 記録を更新し、俄然、注目を集めた。

 当初は「サッカー日本代表の久保健英のいとこ」という扱いも多かったが、その後も結果を出し続けることで「久保凛」として認知されるようになった。同年6月の日本選手権の800mで優勝。

続いての記録会では、19年ぶりの日本記録更新となる1分59秒93のタイムをマーク、日本人選手として初の1分台突入を果たした。

 今年5月のアジア選手権では2位、7月の日本選手権では1分59秒52で自己ベストを更新して2連覇。右肩上がりで成長を続けている久保のすごさは、なんといっても体幹の強さにある。レース後半、疲れてくると頭や体が揺れてくるものだが、久保の頭は固定されているかのようにいっさいブレない。そのため、スピードを高い次元で維持することができる。

 決勝進出には、日本記録を超える走りが必要になる。ただ、日本のレースでは、いつも最初から最後までひとり旅だが、今回は海外の選手が引っ張ってくれる。レース展開が異なるだけに久保の力がより発揮される可能性が高い。

「どんな選手にも食らいついて、ベストを出すことが目標」と語る17歳に失うものはない。日本、いや、世界の陸上界にフレッシュな風を吹かせてほしい。

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