プレミアリーグ序盤の焦点(前編)
「ビッグクラブ最新戦力分析」
世界的な不景気だというのに、あるところにはあるものだ。
この夏、プレミアリーグの20クラブは移籍市場に計30億8700万ポンドもの巨額を投入した。
チャンピオンシップから昇格してきたサンダーランドですら、14人の新戦力に1億5300万ポンド(約306億円)を使った。この金額はヨーロッパ5大リーグでもトップ10に入り、ラ・リーガ、セリエA、ブンデスリーガ、リーグ・アンの全クラブを見下ろしている。
市場の主役はリバプールだ。FWアレクサンデル・イサク(ニューカッスル→)にリーグ史上最高額となる1億2500万ポンド(約250億円)を、MFフロリアン・ビルツ(レバークーゼン→)には史上2位の1億1600万ポンド(約232億円)を惜しげもなく注ぎ込んだ。DFミロシュ・ケルケズ(ボーンマス→)、DFジェレミー・フリンポン(レバークーゼン→)、FWウーゴ・エキティケ(フランクフルト→)も合わせると、リーグ新記録となる総額4億4600万ポンド(約892億円)。堅実経営で知られてきた『フェンウェイ・スポーツ・グループ』(リバプールのオーナー企業/以下FSG)にしては珍しい大暴れである。
「いくらなんでも使いすぎだ」(ジェイミー・キャラガー)
「プレミアリーグのタイトルを守り、チャンピオンズリーグを奪い返すためには必要な投資である」(イアン・ラッシュ)
OBの間でも意見は分かれている。ただ、補強ポイントと言われていた両サイドバック、攻撃的MF、前線のタレントを補強できたのだから、間違いなく「市場の勝者」と断言できる。
収支のバランスは、リーグワースト2となる2億1840万ポンド(約437億円)のマイナスになった。だが、MLBのボストン・レッドソックスやNASCARのラウシュ・フェンウェイ・レーシングなどのチームを所有し、スポーツビジネスをよく知るFSGがプレミアリーグの定めた「PSR(収益性と持続可能性のルール)」に触れるほどの愚を犯すとは考えづらい。
【笑いが止まらないチェルシー】
アーセナルも夏市場の勝者のひとつだ。複数のタイトルを狙えるだけの既存戦力に、ワールドクラスの守備的MFマルティン・スビメンディ(レアル・ソシエダ→)、待望の9番タイプであるヴィクトル・ギェケレシュ(スポルティングCP→)を加えた陣容は隙がない。
MFオレクサンドル・ジンチェンコ(→ノッティンガム・フォレスト)、MFファビオ・ヴィエイラ(→ハンブルガーSV)、FWリース・ネルソン(→ブレントフォード)など、構想外となった選手が売れなかったため(ローン移籍)、収支のバランスはリーグ最多2億5700万ポンド(約514億円)の赤字を献上した。
しかし、スカッドは申し分ない。あえて繰り返そう、今季のアーセナルは質量ともに複数のタイトルを狙える体制が整った。
さて、戦力増強と収支のバランスを双方見るなら、チェルシーは笑いが止まらないだろう。FWジョアン・ペドロ(ブライトン→)、FWジェイミー・バイノー=ギッテンス(ドルトムント→)、FWアレハンドロ・ガルナチョ(マンチェスター・ユナイテッド→)といった2000年代生まれの若者を軸に、補強費は2億8500万ポンド(約570億円)に達している。
その一方で、エンツォ・マレスカ監督の構想から外れたり、年齢的に上積みが期待できない選手を放出したことで、収支は1790万ポンド(約36億円)の黒字になった。
DFリーヴァイ・コルウィルは来年4月まで、FWリアム・デラップは今年の11月初旬まで負傷のために戦列を離れる。MFコール・パーマーは内転筋の痛みが慢性化しないか心配だ。本来は休息する時期に開催されたクラブワールドカップで優勝したため、シーズンが深まるにつれて負傷者が続出するリスクはどのクラブよりも高い。
とはいえ、夏の市場に関しては「してやったり」だろう。7月に財務規則違反が発覚し、UEFAに市場を黒字で終えることを義務づけられていたことが奏功した、とも言われている。チェルシーは軽やかに夏を駆け抜けていった。
【シティは新たなフェーズに突入】
ジョゼップ・グアルディオラ監督のマンチェスター・シティは今シーズン、新たなフェーズに入ったと言える。長年チームを支えたMFケヴィン・デ・ブライネがナポリに、GKエデルソンがフェネルバフチェに去ったことは大きい。
ただ、FWラヤン・シェルキ(リヨン→)、MFタイアニ・ラインデルス(ミラン→)、DFラヤン・アイト=ヌーリ(ウルヴァーハンプトン→)といった新戦力の実力は認めるものの、リバプールの補強に比べるとインパクトは薄い。新GKジャンルイジ・ドンナルンマ(パリ・サンジェルマン→)もエデルソンほどの足技は持っていない。
昨シーズン5位のニューカッスル・ユナイテッドは、イサクの残留にこだわりすぎたのが痛かった。残る意思のまったくない選手と交渉できるはずもない。さっさと片づけて今シーズンのチームを整備すべきだった。
市場が閉まる終盤にシュトゥットガルトからFWニック・ヴォルテマーデ、ブレントフォードからFWヨアヌ・ウィサと、ふたりのストライカーを獲得した。しかし、チームにフィットするための時間は少なく、ぶっつけ本番で新シーズンに臨んでいる。
シーズン序盤を見るかぎり、シティとニューカッスルを「市場の勝者」とは表現しづらい。
そういう意味では、マンチェスター・ユナイテッドも同様だ。市場の前半では、早々にFWマテウス・クーニャ(ウルヴァーハンプトン→)を獲得。幸先のいいスタート見えた。
ところがその後、FWブライアン・ムベウモ(ブレントフォード→)との交渉成立まで45日もかかっている。早急に手をつけるべきだったGK探しも、移籍市場の最終日になって「第二のティボ・クルトワ」と高く評価されるセンヌ・ラメンス(アントワープ→)の獲得にようやくこぎつけた。
また、もうひとつの懸案事項であったフィジカルに強い中盤センター探しは、ブライトンのカルロス・バレバに接触するタイミングを逸した。彼も家族もエージェントもユナイテッドに好印象を抱いているという。同じカメルーン代表のアンドレ・オナナやムベウモとも頻繁に連絡を取り、チームの情報も仕入れていたというのに。
【交渉で後手に回ったマンU】
移籍市場の開幕と同時に接触してさえいれば、今夏に獲得できるチャンスは十分にあったと考えられる。来年の夏、早ければ2026年1月の市場で交渉再開との噂はあるものの、ユナイテッドの強化担当は腰が重すぎる。サー・アレックス・ファーガソンが全権を握っていた当時は、獲得も整理も電光石火の早業だったのだが......。
ただ、獲得した新戦力は期待できる。クーニャとムベウモは序盤3試合ですでに存在感を示し、FWベンヤミン・シェシュコ(RBライプツィヒ→)も途中出場ながら高い運動能力を感じさせた。至近距離からのシュートストップに定評があるラメンスも、早々に頭角を表すだろう。
FWアントニー(→ベティス)とFWガルナチョ(→チェルシー)から売却益が発生し、ローン移籍のFWジェイドン・サンチョは年収の80%をアストン・ヴィラが、FWマーカス・ラッシュフォードはバルセロナが全額負担する。
大金の動いた夏の移籍市場が閉幕し、ビッグクラブの戦力は固まった。あとは新戦力がどれだけチームに浸透し、結果を残すことができるか。シーズンが進むにつれて、市場の勝ち組が負け組に、その逆もまたしかり、だ。
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