藤平尚真、侍ジャパンまでの軌跡(前編)
連覇を狙う第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に向け、侍ジャパンは2月14日から24日まで宮崎合宿を行なった。期間中、ブルペンでは連日、豪華な投球セッションが繰り広げられた。
低い腕の位置から独特の軌道を描く大勢、浮き上がるような速球を武器にする松本裕樹。そして中継ぎのスペシャリストとして、重要な役割を担うのが藤平尚真だ。
【侍ジャパン投手陣のなかで一番下】
「正直、自分はこのチームで本当に一番下だと思っています。自分の実力だけで(代表に)入れたとは思っていませんし、井端弘和監督に自分のいろいろな部分を見ていただいたうえでの代表入りだと感じています」
2024年11月に開催されたプレミア12では、再三にわたる好投を見せ、翌年は62試合に登板して、防御率2.11。29試合連続無失点を記録したままシーズンを終えた。
今回、侍ジャパン入りを果たしたが、投手陣のなかで「一番下」と卑下するのは、左ふくらはぎの肉離れにより辞退した平良海馬の代役で追加招集されたからなのだろうか。
「いや、シンプルにボールを見たら『すごいな』って感じるピッチャーばかり。それに僕の場合は、『野球、もう引退だな』ってほんとに覚悟したところからの始まりだったので。順調にメジャーとか、沢村賞とかに向かっている選手たちがギラギラしながらやっているので、本当にうらやましいなと思います」
周囲に羨望のまなざしを向けていた藤平は、自分自身にピントを合わせた。
「下という言い方が正しいかはわからないですけど、能力的にずば抜けたものが自分にあるかといえば、そうではないと思っています。ただ、泥臭く投げること、どんな手を使ってでも打者を抑えること、そして何がなんでもゼロで抑えてマウンドを降りること。それが自分の強みだと思っています。僕はこの投手陣のなかで一番下だと考えながら野球をやっているので、失うものはないですし、自分の持っているものをすべて使うつもりでやります」
【エリート街道から一転、プロの壁に直面】
藤平が引退を覚悟したのは、2023年シーズンが始まる頃だった。
「今年ダメだったら、野球をやめようと思っていました。
藤平は、小学6年生でロッテジュニアに選抜され、NPB12球団ジュニアトーナメントで優勝。中学時代はU−15日本代表に選ばれ、名門・横浜高校に進学。3年夏の甲子園に出場し好投。U−18日本代表に選出されると、2016年ドラフト1位で楽天に入団した。
プロ入りまではエリート街道を歩んできた藤平だったが、楽天入団後は期待どおりの活躍を見せられなかった。2021年オフには背番号が19から46に変更。中継ぎとして開幕一軍入りを果たした2022年も結果を残せず、開幕ローテーション入りした2023年も11試合の登板で防御率4.44に終わった。
当時、プロ7年目を終えた25歳。ドラフト1位の選手が野球人生を終えるには早すぎるようにも思えるが、近年のNPB球団は戦力外通告までの期間が短くなっている傾向がある。藤平は本気で、自らの身の振り方を考えていた。
「野球をやめたら収入がなくなりますから、自分に何ができるのかを考えました。野球を教える仕事もありますし、ほかにも興味のある分野があったので、そういった勉強もしていました。
弁護士や公認会計士へと華麗な転身を遂げた元プロ野球選手もいる。現役中に宅地建物取引士の資格を取得した津留崎大成(楽天)の例もある。かつては移動中のバスや試合前のロッカールームで勉強していると、「何を勉強しているんだ。野球に集中しろ」と先輩に言われたというが、時代は変わった。
【転機は今江監督就任と中継ぎ転向】
野球をやめたあとの人生は長い。戦力外通告の可能性が頭をよぎるなか、藤平はセカンドキャリアを具体的に思い描いていた。
「高校の同級生に、野球のマネジメントや代理人をやりたいと言っているヤツがいて。それで『一緒にやっていこう』と話をしたこともありました。ただ、運よくここ(=2026年WBC日本代表)まで来ることができたので、まずはやれるところまでやりたいと思っています」
一般的に、野球選手がピークを迎えるのは20代後半だと言われる。それまでポテンシャルをなかなか発揮できずにいた当時25歳の藤平に浮上のきっかけを与えたのが、2023年まで楽天でコーチを務め、翌年から一軍の指揮を執ることが決まった今江敏晃監督だった。
「『もう今年で終わりなんだな』と思っていたら、監督が今江さんになって、『中継ぎは新しい道だと思うので、もう一度、挑戦してみよう』と言ってもらってスタートしました。ほかの代表の選手は、絶対そんな経験をしたことはないだろうし、もしかしたらいるかもしれませんが、かなり異例だと思います。
2024年はリリーフとして開幕一軍入りを果たし、47試合に登板して20ホールド、防御率1.75を記録。シーズンオフのプレミア12では日本代表に選出され、チーム最多の6試合に登板した。6イニングで12奪三振、防御率0.00と圧巻の投球を披露した。
プレミア12でも示したように、リリーバーに転向した藤平の最大の武器は奪三振力だ。2025年シーズンのK/9(※)は9.96。ブルペンでも「決め球」と宣言してから投じるフォークは、空振り率47.3%を誇る。
※奪三振率。9イニングで三振をいくつ奪えるかを表した指標
最速157キロ、平均151.9キロのストレートに、昨季は7.3%の割合で織り交ぜたスライダーを加えたコンビネーション。三振を奪いきるこのスタイルは、中継ぎに回って見事に花開いた。
開花の裏には、リリーバーとしての工夫もある。
「藤平くんはちょっと特殊なフォームだから、自分が思うようにしっかり調整できれば、大丈夫だと思うよ」
侍ジャパンの宮崎合宿で、アドバイザーを務めたダルビッシュ有がそう太鼓判を押した投球フォームだ。
後編につづく>>










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