キャンプで見つけた金の卵②~オリックス・藤川敦也、森陽樹、佐藤龍月
福岡空港から九州に入って、「九州道」を一路南下。熊本の高校にひとつ寄って、さらに南下すると、八代を越えたあたりから、九州道は一気に山へ踏み込んでいく。
確かに、大谷翔平もすごいが、実際走っていると、こんな山奥にこんなにもデカい穴を次々ぶち抜いてきた無名戦士たちの偉大さのほうを、痛く感じないわけにはいかない。
【数年先を見据えたチームづくり】
オリックスの宮崎キャンプは、宮崎市街地を遠望できる小高い丘に位置する清武総合運動公園で行なわれている。メイン球場に加え、広さだけなら試合も可能なサブグラウンドや広々とした室内練習場を備え、陸上競技場ではランニング中心のトレーニングも可能だ。一、二軍の全選手が同じ空間を共有しながら、キャンプは進んでいく。
丘の上にあるため、頭上には360度、覆いかぶさるように広い空が広がる。宮崎空港を発着する航空機が上空を旋回し、西へ東へと飛び去っていく。その姿をぼんやりと見上げる選手が時々いた。
「そういう選手は、翌年のキャンプにはもういないんだよ......」
かつて、球団関係者がそんなふうにつぶやいていたこともある。
ここ数年、オリックスキャンプに訪れるファンがとても増えたように思う。以前は、練習開始の10時をすぎて到着しても、いちばん上の駐車場にラクに停めることができた。だが今は、30分前に来ても満車で、下の駐車場から小高い丘を歩いて上らなければならない。その熱心さには頭が下がる。
隣の室内ブルペンには、ファンの長い列ができていた。中をのぞいてみて驚いた。6、7人が同時に投げられるブルペンの中央で、高卒ルーキーの投手3人が並んで投げているじゃないか。
真ん中にドラフト1位の藤川敦也(延岡学園)、右には同2位の森陽樹(はるき/大阪桐蔭)、左には同3位の佐藤龍月(りゅうが/健大高崎)──まさに"3トップ"の揃い踏みだ。
こんな日にオリックスキャンプを訪れた幸運を、快晴の宮崎の空に向かって感謝した。
昨秋のドラフト会議、上位3位までに指名された36選手のうち、29選手が大学・社会人で占められたが、オリックスだけが、敢然と1位から4位まで高校生を指名(4位・窪田洋祐外野手・札幌日大)。即戦力を重視する球団が多いなか、数年先を見たチームづくりの根幹が垣間見たような気がした。
【ベテラン投手を思わせる藤川敦也の落ち着き】
まずは藤川敦也。183センチ93キロ。どっしりとしたユニフォーム姿、シルエットはもうすっかり大人だ。
ゆっくりとモーションに入り、低い重心のまま前へとせり出していく。丸太のように力強い左足をしっかりと踏み込み、全身を連動させて腕を振る。
「エイ、ヤー!」の力強さも威勢のよさもない。
投じたボールがミットの芯に収まるまで、視線を捕手からいっさい外さない。そのフォームの確かさ。投げたボールを最後まで見届ける落ちつき。まるで5年、10年とプロで生き抜いてきたベテラン投手のような「仕事ぶり」だ。
延岡学園では、入学当初から大器と嘱望されてきた投手だ。多少どこかに痛みがあろうが、調子に波があろうが、「絶対的エース」としての地位が約束されていた逸材である。
きっと、慌てることも焦ることもなく、後ろから迫る者の足音にも気を取られず、ゆっくりと、じっくりと自分を磨き上げてきたのだろう。そんな足跡が想像できてしまうような投げっぷりだ。
右も左もまったく気にせず、ひたすら丁寧に、丹念に投げ進めていく。
【スター性が漂う森陽樹の立ち姿】
次に森陽樹。190センチ90キロ。藤川よりもずっと長身、そして、スリムなシルエットのユニフォーム姿。立ち姿だけで、スター性がプンプン漂う。
中学3年までは宮崎県延岡市で育ち、聖心ウルスラ聡明中時代には、軟式で最速143キロを投げる右腕として注目を集めた。星の数ほどあった誘いのなかから、大阪桐蔭への進学を決めた。
中学3年までは福岡県飯塚市で育ち、ヤング北九ベースボールクラブから延岡学園へ進んだ藤川とは、ちょうど入れ違いだった。それが3年の時を経て、同じオリックスのブルペンで、しかも隣同士で投げているのだから、これも縁というものだろう。
森は、ひたすら懸命に投げ続ける。1球たりとも力を抜かず、決然と全力投球で投げる。
大阪桐蔭での3年間。上にも横にも、そして下にも、全国から集まった剛腕、快腕がひしめくなかで、熾烈なサバイバルを勝ち抜いてきた。
「もっと自分を伸ばしたい。
そんな思いが、投球ににじんでいる。見ているこっちがどこか息苦しさを覚えるのは、森の投げっぷりから発せられる緊張感なのか、切迫感なのか、それとも危機感なのか......。
落差の大きい縦のカーブを多めに投げている。アベレージ145キロ前後の速球ばかりがクローズアップされてきたが、高校時代から、このカーブにこそ最も大きな個性を感じてきた。プロで食べていけるだけのボールだ。
そのカーブも、懸命に何球も続けて投げ込む。きっと、時間をかけて磨いてきたのだろう。ただひたすらに、ストレートもカーブも、全力で投げ続けていく。
【投げられる喜びを噛みしめる佐藤龍月】
そして、佐藤龍月。高校2年の夏に左ヒジのトミー・ジョン手術を受け、昨年の今頃は、まだ投げられる段階ではなかったはずだ。
晴れやかな横顔。投げられるうれしさで、初めてのプロキャンプの緊張さえ忘れているようにも見える。
173センチ、75キロ。両右腕と比べるとふた回りほど小柄に見えるが、捕手のミットを叩く音は、むしろ佐藤の速球のほうが痛そうに響く。全身を余すことなく使い、テイクバックで大きく広げてから、腕の振りで一気に閉じる。パワーの生み出し方がうまい。
「へぇー」っと思った。モーションに入る前、両手を小さく前に出し、「(右打者の)もう少し外に構えてください......」と捕手にリクエストを送る。ぺこりと頭を下げ、明るい笑顔で、要求すべきことはしっかり要求している。この「社会性」はなんだ! すでに、大人の所作を身につけている。
こういう若者を、大人は放っておかない。投球練習後には、受けてくれた捕手との"レッスン"が始まる。
納得するための練習──自分の血肉とするための取り組みを、当たり前のように実践しようとしている。中学時代は強豪硬式チームの東京城南ボーイズに所属し、U−15日本代表として国際大会も経験。健大高崎での3年間も、常にハイレベルな練習と実戦のなかに身を置いてきた。
術後の長いリハビリの時期に、自らの「野球」について考える時間がたくさんあって、そこで引き出しの数を増やしてきたのかもしれない。
いずれにしても、ただ者じゃない!
3人それぞれ、およそ50球ずつだろうか。三者三様の投げっぷりに、これまで歩んできた「球歴」の片鱗まで垣間見え、じつに興味深いブルペンだった。
投手としての個性ははっきりと異なり、頭角を現わす時期や担う役割もそれぞれ違ってくるのだろう。それでも、いずれも才能豊かな逸材であることは間違いない。大きな故障なく、健やかに大成していくことを、心から願ってやまない。










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