【MLB】大谷翔平が挑む「未踏峰」サイ・ヤング賞 投票権を持...の画像はこちら >>

後編:大谷翔平「サイ・ヤング賞」獲得の可能性は?

メジャーリーグ9年目、ロサンゼルス・ドジャースで3年目を迎えた大谷翔平は、日本時間4月1日(現地3月31日)に今シーズン初先発が予定されている。「二刀流」完全復帰となる今シーズン、大谷にとっては唯一未達のビッグタイトルと言える「サイ・ヤング賞」を手にすることができるのか?
同賞は記者投票によって決められるが、現在の基準はどのようなものなのか。

過去に投票経験のある筆者の視点から、以前と比較を交えながら解説する。

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【大きく変化したサイ・ヤング賞の評価基準】

 周知のとおり、MVPや新人王と同様に、サイ・ヤング賞も全米の記者30人の投票によって決まる。大谷にとって有利なのは、その評価基準が近年大きく変化したことだ。

 賞の名の由来となったサイ・ヤング投手は、1890年から1911年まで投げ、史上最多の511勝を記録した。815試合に先発し、749完投、投球イニング7356回という数字は、いずれも今後破られることのない金字塔である。とりわけ1892年には49試合に先発(53試合登板)し、48完投、453回を投げた。ここまで投げたら二刀流は無理だ。

 ゆえに長い間、サイ・ヤング賞投票で重視されてきたのは、勝利数、完投数、投球回数だった。1956年の第1回受賞者はブルックリン・ドジャースのドン・ニューカムで36試合に先発(38試合に登板)、268回を投げて27勝7敗だった。しかし、現在の評価基準なら、ニューヨーク・ヤンキースのホワイティ・フォードが選ばれていたと思う(当時は両リーグ合わせてひとりのみの選出)。フォードは19勝、225回2/3と勝ち星もイニング数も少ないが、ERA+は157で、ニューカムの131を上回っていた。防御率でも2.47と、ニューカムの3.06より上だった。

 ERA+とは、防御率(ERA)をリーグ平均や球場の影響で補正した指標で、100が平均、120なら平均より20%優秀、150なら50%優秀である。

近年のサイ・ヤング賞の受賞者を見ると、ERA+でトップの投手が選ばれているケースが多い。対照的に重視されなくなったのが勝利数である。

【指標は「勝ち星」ではなく「支配力」の意味】

 筆者は2018年、ナ・リーグのサイ・ヤング賞の投票を行なったが、投票前に、アメリカ人記者たちと意見を戦わせ、評価基準の変化について多くを学ぶことができた。その年受賞したのはニューヨーク・メッツのジェイコブ・デグロムで10勝9敗、2位のワシントン・ナショナルズのマックス・シャーザーは18勝7敗である。しかしERA+はシャーザーの168に対し、デグロムは218だった。

 記者の間で「勝ち星は決定的な指標ではない」という考え方が広く共有され出したのは、2010年の投票からだ。シアトル・マリナーズのフェリックス・ヘルナンデスが13勝12敗ながら、タンパベイ・レイズのデビッド・プライス(19勝6敗)やヤンキースのCCサバシア(21勝7敗)を抑えて受賞した。ただし、2018年のデグロムのケースで、迷いはあった。デグロムは9月11日の登板を終えた時点で8勝9敗と負け越しており、2ケタ勝利に届かない可能性もあったからだ。勝ち数は気にしないと言っても、1ケタでは格好がつかない。結局デグロムは9月21日に9勝目、9月26日の最終登板で10勝目を挙げ、形を整えてくれた。結果、筆者も含め30人中29人の1位票を集めたのである。

 もうひとつ興味深い例が、2021年のナ・リーグのケースである。

ミルウォーキー・ブルワーズのコービン・バーンズが選ばれたが、28試合に先発し、167回で11勝5敗。一方、対抗馬となったフィラデルフィア・フィリーズのザック・ウィーラーは32試合に先発し、213回1/3で14勝10敗だった。1位票は両者とも12票と同数だったが、2位票で14対9と差がつき、バーンズが栄誉を得た。バーンズが勝てた最大の理由は、35.6%という高い奪三振率に象徴される支配力である。そのシーズンは開幕から5試合連続無四球で、最初の四球を与えるまでに58三振を奪ったことが話題となった。さらに8月11日のカブス戦では10者連続三振を含む15奪三振、9月11日のクリーブランド・ガーディアンズ戦では8回無安打無失点14奪三振と圧倒的な内容で、クローザーのジョシュ・ヘイダーと合わせてノーヒットノーランを達成した。

 このように近年、評価の中心にあるのは支配力である。そして大谷はまさにそのタイプの投手だ。高い奪三振能力と低い被打率は、現在の記者の評価基準に合致している。おそらく、挑戦の成否を分けるのは体力だろう。

【「未踏峰」の領域へのカギは?】

 大谷はこう語っている。

「(サイ・ヤング賞を)獲れればもちろんすばらしいと思います。

ただ、その付近(候補)にいくということは、それだけイニングも投げているということなので、健康で1年間回れれば。まずはそこが一番やるべきことかなと思います」

 先発投手は通常、中4日あるいは中5日で登板し、その間に身体をリカバリーさせながら次の登板に備える。しかし大谷は、休むべき時にDHとして出場し、打撃や走塁でフルにプレーする。

 ちなみにMLBには、歴史に残る体力モンスターがいる。ボルチモア・オリオールズで活躍したカル・リプケンJr.は、遊撃手という負担の大きい守備位置で2632試合連続出場という大記録を打ち立てた。前述のサイ・ヤングも信じられない数字ばかりだ。イチローもマリナーズ時代にデビューから10年連続200安打を記録し、年間平均160試合に出場していた。

 いずれも偉大だが、大谷は、これらの先人と比較しても異なる次元にいる。2022年は666打席に立ちながら、166回を投げた。総合的な運動量で見れば、野球史上最も負荷の高い役割を担っている。そして2026年は、2022年の水準すら上回ろうとしている。エンゼルス時代とは異なり、ポストシーズンにも進出するからだ。

 その意味で、ワールド・ベースボール・クラシックWBC)で投手として登板しなかったのは賢明だった。2006年から2023年までのWBC5大会で、調整を早めたために、シーズンの防御率が前年より悪化した例が少なくないからだ。大谷自身も2023年のWBCで投げ、胴上げ投手となったが、同年の公式戦は防御率3.14(前年から+0.81)だった。肘に違和感が出て8月23日の登板を最後に、23試合、132回という投球記録にとどまっている。

「未踏峰」という言葉は、言うまでもなく登山に由来する。まだ人類が足を踏み入れていない山の頂を指すのだ。1800年代にはアルプスの主要峰がほぼ登頂され、1900年代前半にヒマラヤの最高峰、エベレスト山に挑んだのが、イギリスの登山家ジョージ・マロリーだった。1923年、マロリーは取材で記者に「なぜエベレストに登るのか」と問われ、「Because it is there(そこに山があるからだ)」と答えたとされる。大谷翔平にとってのサイ・ヤング賞も同じなのかもしれない。

 二刀流という前例のない道を歩んできた彼の前に、まだ誰も到達していない頂がある。それだけで、挑戦する理由としては十分なのである。

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