2018年2月に創刊された愛媛のスポーツマガジン『E−dge』(愛媛新聞社)の編集長をつとめた筆者としては、愛媛県勢の姿が甲子園にないのは寂しい。一方で、その状況に慣れた部分もある。
愛媛県勢が春の選抜に出場したのは、2021年が最後。聖カタリナ学園高校野球部が出場した大会で、エースは東北福祉大学を経て中日ドラゴンズに入団した櫻井頼之介だった。それ以降、愛媛の高校は選抜の舞台に立てていない。
夏の甲子園に目を向けても、令和に入ってからの愛媛代表の勝利は、2021年の新田の1勝のみ。通算成績も1勝8敗と、苦戦が続いている。
【止まらない県外流出】
かつて"野球王国"と呼ばれた愛媛勢は、なぜ勝てなくなったのか。スポーツ雑誌の編集長として、多くの指導者や関係者に話を聞いた。そのなかで最も多く聞かれたのが、「いい選手は県外に出てしまう......」という声だった。
この流れが生まれたのは、今から10年以上前にさかのぼる。かつては大阪や兵庫などから人材が流入していたが、今度は愛媛から有望選手が次々と県外へ流出していった。
2018年夏の甲子園で、済美(愛媛)の主将としてチームをベスト4まで導いた池内優一は言う。
「所属していた今治中央ボーイズでは、県外の高校で勝負したいという選手が多かったですね。『愛媛の高校で甲子園に出たい!』と言っていたのは、僕くらいだったかもしれません」
池内は、小学生の頃は地元のスポーツ少年団で軟式野球をプレーし、中学進学後は硬式の今治中央ボーイズに所属。
「今治中央ボーイズが立ち上がる際に勧誘を受け、入団しました。練習は水曜日と週末のみで、練習場までは車で約1時間。父か母に送り迎えをしてもらっていました。いい選手が多く集まっていたこともあり、チームは全国大会でベスト4に入りました」
全国大会で好成績を残せば、日本各地の強豪校からスカウトが来る。
「チームメイトは日本一を目指せるところに行きたがっていました」
2001年夏の甲子園で松山商がベスト4に進出し、2004年には済美が春に優勝、夏は準優勝と躍進を遂げた。しかしその後は、2013年春に済美が準優勝を果たすが、長く低迷が続いている。
「印象に残っているのは、安樂智大さんがいた2013年の済美くらいで、むしろ県外のチームに憧れを持つ選手が多かったように思います。地元の高校から甲子園を目指したいと思っていた僕でさえ、松山商が強いという印象はありませんでした」
実力に自信のある選手であればあるほど、「県外の強豪で日本一を目指したい」と考えるのは、ある意味で自然な流れだったのかもしれない。
ちなみに、池内のチームメイトの俵藤夏冴(ひょうどう・なさ)は大阪桐蔭に、渡部颯太は明徳義塾に進んだ。
「俵藤は春夏連覇を果たした大阪桐蔭でベンチ入りし、渡部は明治神宮大会を制した明徳義塾で主軸を任されました。僕も含めて、3人とも甲子園の土を踏むことができました」
俵藤も、渡部も、池内も、いずれも身長は180センチある。
【ふたりの兄は地元の高校に進学】
今回の選抜に出場し、ベスト8以上に進出した高校のなかに、愛媛のボーイズチーム出身の選手がふたりいる。
ひとりは、大阪桐蔭で4番・DHを任されている谷渕瑛仁(えいと)。もうひとりは、山梨学院のサウスポーエース・檜垣瑠輝斗(るきと)である。
谷渕は高知県在住だったが、中学進学後に隣県・愛媛の宇和島ボーイズに入団。週末には、車で往復3時間ほどかけて練習に通っていた。大阪桐蔭を志望した理由について、谷渕はこう言う。
「小さい頃からテレビで高校野球を見て、大阪桐蔭に憧れていました。中学1年の時、宇和島ボーイズの小川洋監督に『大阪桐蔭に行きたい』と伝えたのですが、実力不足で難しいと言われました。そこで課題克服のためにコツコツと練習を重ね、中学3年の春、ようやく小川監督に認めてもらいました」
宇和島ボーイズの小川洋監督は、1988年春の選抜で初出場初優勝を果たした宇和島東(愛媛)のエースだった。なお、2024年ドラフト6位で中日ドラゴンズに入団した有馬惠叶(聖カタリナ学園)も、同チームのOBである。
谷渕のふたりの兄は高知高に進んでいたが、両親は大阪への進学を後押ししてくれたという。
「親元を離れることで気づくこともあるだろう、と賛成してくれました。四国よりもレベルの高い環境で野球をすれば、自分もそれに追いつける。そうすれば、もっとうまくなれると思いました」
高知県にも強豪校はたくさんあるが、谷渕は大阪桐蔭一択だったという。
「小学生の時に見た大阪桐蔭のインパクトが強すぎました」
【レベルの高さと充実した環境】
山梨学院の檜垣とは、中学時代からお互いをよく知る仲だ。
「球速はそれほどありませんが、タイミングを外すのがうまいピッチャーでした。同じリーグで戦った選手と甲子園で対戦できるのを楽しみにしています」
その檜垣は、池内が所属した今治中央ボーイズの出身だ。
「県外で野球をしたい。レベルが高い関東の高校でと考えました」
檜垣が選んだのは、2023年春に選抜で優勝を飾った山梨学院だった。
「選抜で優勝するところをテレビで観戦していました。山梨学院の設備、選手の練習に対する姿勢を実際に見て、すばらしいと思いました。そういう環境で、レベルの高い選手と競い合うことで、野球がうまくなったと思います。高校を卒業したら大学で力をつけて、いずれはプロ野球に行きたいと考えています」
地元で生まれ育った地域から甲子園を目指すのも、15歳で親元を離れ、見知らぬ土地で腕を磨くのも、また高校野球である。










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