蘇る名馬の真髄
連載第42回:ノーリーズン

かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。

ここでは、そんな『ウマ娘』によって再び脚光を浴びている、往年の名馬たちをピックアップ。その活躍ぶりをあらためて紹介していきたい。第42回は、2002年の皐月賞で「歴史に残る大波乱」を演じたノーリーズンを振り返る。

『ウマ娘』では群雄割拠のレース界で天下統一を目指す"歴女" ...の画像はこちら >>
 根っからの歴史好きで、戦国武将について抜群の知識を誇る"歴女"。それが『ウマ娘』のノーリーズンだ。ふだんから武将のような言葉遣いを見せ、ライバルひしめく群雄割拠のウマ娘の世界で天下統一を目指していく。

 このキャラクターのモデルとなったのは、競走馬のノーリーズン。2002年のGⅠ皐月賞(中山・芝2000m)で大金星を挙げて、往年の競馬ファンにはよく知られた存在だ。無敗馬や重賞馬がズラリと顔をそろえるなか、18頭中15番人気、単勝オッズ115.9倍という低評価をくつがえして戴冠を遂げたのである。

 2002年1月にデビューしたノーリーズンは、新馬、条件戦と連勝して、皐月賞トライアルのオープン特別・若葉S(阪神・芝2000m)に出走。ここでは2番人気に推されたが、7着と完敗を喫してしまう。

 この敗戦により、皐月賞の優先出走権を得ることができなかったが、幸運にも抽選で7分の2という狭き門を突破。

本番へ駒を進めることができた。

 とはいえ、トライアルで馬群に沈んだ馬に人気が集まるわけもなく、競馬新聞など各メディアではほぼ無印。1番人気に推されたタニノギムレットを筆頭に、好素材のメンバーが集結していたこともあって、15番人気という評価に甘んじた。

 大観衆が見守るなか、ノーリーズンは1枠2番からスタート。鞍上は、短期免許で来日していたイギリスのブレット・ドイル騎手が務めた。前半は行き足がつかず、10番手ほどのポジションで追走。タニノギムレットやローマンエンパイア、モノポライザーといった人気馬は、さらに後方で運んでいた。

 淡々とレースが進むなか、3コーナーすぎから各馬の動きが激しくなっていく。ペースが上がり、有力どころもポジションを上げていく構えを見せた。だが、4コーナーではタニノギムレットをはじめ、後方にいた人気馬の多くが大きく外に振られてしまい、先行集団との差は広がったままだった。

 翻(ひるがえ)って、終始内目を進んでいたノーリーズンはうまくコーナーを回って、直線入口では前をいく集団に並びかけていく。直線半ばで先頭に立つと、さらに末脚を伸ばした。

 残り200mをきって、タニノギムレットが大外から猛追してくるが、時すでに遅し。

「先頭は、なんと、なんとノーリーズン! "理由なき"反抗とは言わないでくれ、ノーリーズン!」

 テレビの実況アナウンサーの絶叫が響きわたるなか、そのままノーリーズンがゴール板を駆け抜けていった。歴史的な大波乱を目の当たりにして、場内ではどよめきと戸惑いの感情が一気に渦巻いた。

 その後、ノーリーズンはGⅠ日本ダービー(東京・芝2400m)に臨んだが、8着に終わった。さらに、GI菊花賞(京都・芝3000m)ではトップジョッキーの武豊騎手が鞍上を務めて1番人気に推されるも、なんとスタート直後に落馬。ある意味で、皐月賞に続く"2度目の大波乱"を起こしたのだった。

 引退後は種牡馬として数年を過ごしたあと、福島県南相馬市の施設で余生を送った。東日本大震災の影響で、別の場所に一時避難した時期もあったが、しばらくしてまたこの地に戻ったという。

 そして、晩年には福島県相馬地方の伝統行事『相馬野馬追』にも参加。1000年以上の歴史を持つこの祭りでは、甲冑をまとった総勢400騎の人馬が駆け巡る。

 ウマ娘のノーリーズンが「歴史好き」なのは、おそらくこうしたエピソードからきているのだろう。

編集部おすすめ