関節技の鬼 藤原喜明のプロレス人生(24)
(連載23:感動したジャイアント馬場との初対戦 試合後の全日本参戦のオファーを断った理由とは>>)
プロレスラー藤原喜明はサラリーマンを経て、23歳で旗揚げ間もない新日本プロレスに入門。アントニオ猪木、カール・ゴッチの薫陶(くんとう)を受け、道場で関節技の技術を磨き、新日本プロレス最強伝説の礎を築いた。
そんな藤原が激動の人生を振り返る連載の第24回では、生前に見たアントニオ猪木の素顔について語った。
【忘れられない猪木の言葉】
カール・ゴッチは2007年7月28日に82歳で、アントニオ猪木は2022年10月1日に79歳で亡くなった。プロレスの師であり人生の師でもあるふたりに、藤原は思いを馳せた。
「ゴッチさんは、インタビューで『一番優秀な生徒は?』って聞かれて『一番は言いたくないけど、強いて言うなら藤原』とおっしゃった。猪木さんも何かのインタビューで、『俺にはたくさん付き人がいたけど、一番優秀だったのは藤原』って名前を挙げてくれてな。このふたつの言葉は、俺の人生のなかでものすごい宝物だよ」
しみじみとそう漏らしたあと、藤原は猪木との思い出について振り返った。
藤原と猪木は、1995年3月19日に愛知県体育館での「ファイナル・カウントダウン」で一騎打ちして以降、一度は疎遠になった。しかし、猪木が2007年6月29日に両国国技館で旗揚げした「IGF」に藤原が参戦するなど、師弟の絆は再び強固になっていった。
「突然、俺の事務所に電話がかかってくるんだよ。『今、六本木で飲んでるから来い!』とかな。それで、慌ててタクシーを飛ばして行くと『なんで来たんだ?』って冗談を言われたよ」
会食は、IGF時代から猪木が亡くなる直前まで続いた。公私ともに猪木を支えた妻の橋本田鶴子さんからも、いかに猪木が藤原を頼りにしているかを聞いたという。
「ズッコさん(橋本氏の愛称)がな、『藤原さんが来てくれないと、猪木さんはすごく機嫌が悪いの。
藤原が忘れられないのは、ある飲みの席での言葉だ。
「一番ありがたかったのは、『お前は天才だよ』って言ってくれたことだな。そういうのに真面目に返すとあの人はつまらなそうな顔をするから、俺は『オッ! 耳障りのいい言葉ですね、もう1回言ってもらっていいですか?』って言ったんだ。そうしたら猪木さんは、『お前は天才だよ』って繰り返してな。それで『もう1回!』ってふざけたら、『バカ野郎!』って怒鳴られて(笑)。お互いに大笑いだったよ」
【最後まで「アントニオ猪木」を貫いた】
猪木は晩年、心臓に異常なたんぱく質が沈着して機能障害を起こす「心アミロイドーシス」を患い、闘病生活を送った。それを支えていた妻の田鶴子さんは、2019年8月27日に膵臓がんのため亡くなり、以後は親しい知人らが闘病生活を支えていた。
「猪木さんのお世話をしていた人に聞いたんだけど、普段は本当に苦しそうにしてたらしくてな。だけど、マスコミの取材とか人と会う時は、さっきまでしんどそうだったのがカメラを向けられた途端にシャキッとなったそうだよ。プロレスラーはみんなそうなんだ。プロってそういうもんなんだなってあらためて教えられたよ。
藤原は新日本プロレスに入門した1972年から付き人を務め、モハメド・アリ戦、パキスタンでのアクラム・ペールワン戦など数々の修羅場を共にし、UWFに移籍してからは対戦もした。そして晩年は、胸襟を開いて酒を酌み交わした。
政治家に転身するなど、プロレス界だけでなく広く大衆に注目された国民的スターの人物像について、藤原はこう明かした。
「はっきり言って、完璧な人じゃなかったかもしれない。天才的なところはいっぱいあるけど、どっか抜けてたり、人にもだまされたしな。北朝鮮でプロレスをやったり、国会議員の時はイラクに乗り込んで日本人の人質の解放に貢献したり......考えてみたらムチャクチャなことばっかりだけど、アントニオ猪木がやれば、それがまかり通るんだ。そんな人はほかにいねぇよ。だから、みんなが憧れるんだよな」
亡くなるまで"闘魂"を燃やし続けた原動力については「やっぱり、ブラジルでの経験だろうな」と話した。
「14歳でブラジルに渡って、毎日、朝から晩まで手を血だらけにして畑でコーヒー豆を収穫していたって聞いたけど......やっぱり、常人では経験できないような、その時の体験があの人を強くしたんじゃないのかな。とにかく、たくましい人だったよ」
【猪木に聞き忘れていたこと】
藤原は、自宅に猪木の写真を飾っている。
「毎朝、写真に向かって『おはようございます』って手を合わせてるよ。だけど、あの人、たまに"出てくる"んだよ(苦笑)。
手を合わせる時、藤原は猪木にこう告げているという。
「『俺ももうすぐ、おそばに参ります』って。本当にあの世があるかどうか知らないし、会えるかどうかわからんけどな......」
神妙に言葉を絞り出していたが、何かに気づいたかのようにほほ笑み、続けた。
「俺は天国に行くつもりだけど、そうしたら猪木さんには会えないかもしれねぇよな。だってあの人は、天国じゃなくて地獄をさまよっているかもしれないから。ハッハッハ」
藤原だからこそ言える猪木へのジョーク。瞳を少し潤ませて「天国でも地獄でもいいから、猪木さんに会いたいよ」と声を震わせた。
「会ったら聞きたいことがあってな。俺のことを『お前は天才だ』って言ってくれたけど、何に関して天才なのか確認するのを忘れてたんだよ。
猪木への思いを打ち明けた藤原も、今年の4月で77歳。インタビューの最後に、今後の夢について語り始めた。
(敬称略。続く)
【プロフィール】
藤原喜明(ふじわら・よしあき)
1949年4月27日生まれ、岩手県出身。1972年11月2日に23歳で新日本プロレスに入門し、その10日後に藤波辰巳戦でデビュー。カール・ゴッチに師事し、サブミッションレスリングに傾倒したことから「関節技の鬼」として知られる。1991年には藤原組を旗揚げ。現在も現役レスラーとして活躍するほか、俳優やナレーター、声優などでも活動している。陶芸、盆栽、イラストなど特技も多彩。



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