しかし、文章はどれも非の打ち所がないほど整っているのに、読んでいてちっとも頭に入ってこない。送り主の顔が見えないというか、熱量がミリも伝わってこない資料が、なんとなく増えています。読み終わったあとに、その人と会話した気がしない。そんな文章です。
もちろんAIを使うこと自体は悪いことではありません。ぼくだって毎日使っています。でも最近、「便利になった」と感じる回数と同じくらい、「自分たちは本当に考えているんだろうか」と感じる瞬間が増えました。
「AIを使いこなせる人が生き残る」という話は、この数年でほぼコンセンサスになりました。でも、AIを使えば使うほど仕事が良くなっているかというと、どうもそんな実感がない。そんな違和感を抱いていたころ、AIの聖地・サンフランシスコ湾岸にある名門大学が、この流れに真っ向から冷や水を浴びせました。
■バークレーが下した「原則禁止」という決断
カリフォルニア大学バークレー校のロースクールは、2026年の夏学期から、単位取得に関わるあらゆる課題と試験におけるAIの使用を原則禁止にしました。授業によっては教員の判断で例外を認めることもできますが、デフォルトは「禁止」です。禁止の範囲が、なかなか徹底しています。アイデアの構想、アウトライン作成、下書き、修正、翻訳、文法チェック。AIが介在できる余地を、ほぼすべて塞いだ格好です。試験中はいかなる目的でもAI使用は認められません。
ポリシーを策定したHoofnagle教授は、その意図をこう語っています。「学生がAIのアイデアを再パッケージするだけでなく、自分自身の判断力を使う方法を教えるのが目標だ」と。そして、バークレー自身がポリシーの中でこう明言しました。「思考することは、良い弁護士であることの必要条件(sine qua non)だ」と。
ここで少し注目してほしいのは、この言い方です。「思考力があれば良い弁護士になれる」ではなく、「思考力なしには良い弁護士にはなれない」。この言葉が意味するのは、AIを使う能力の話ではありません。AIを使いこなすための前提条件の話です。
なお、バークレーはけっしてAIを敵視している大学ではありません。同校はAI専門の法学修士プログラムを持っており、AI時代の法曹育成を積極的に研究している機関でもあります。バークレー自身もFAQで「AIを禁止するのか? いいえ」と明言しています。
■「AIを使い続けた脳」に何が起きるか
当然ながら、アメリカ国内でもこの決定への反応は賛否が割れています。法曹テクノロジー専門家のBob Ambrogi氏は批判的です。「批判的思考とAIスキルは同時に教えられるはずで、3年間まるごとの一律禁止は広すぎる」と指摘し、「2025年時点のAIを想定して設計されたポリシーは、技術の進化とともに機能しなくなる」とも述べています。
一方、バークレーの決定とは別に、こうした問題意識を裏付けるような研究結果も出ています。
MITメディアラボが2025年に発表した研究では、MIT・ハーバードなどボストン圏の学生を「AIを使って文章を書くグループ」と「自分の頭だけで書くグループ」に分けて脳波を計測しました。AIを使い続けたグループほど脳の活動が弱く、文章も平板で、書いた内容を自分で思い出せないという結果が出ました。さらに、AIを取り上げて「今度は自分で書いてください」と指示しても、脳がなかなか自力で動くモードに戻れなかったといいます。
ところが、もう一つの結果が面白かった。最初から自分の頭で書き続けていたグループは、後からAIを使い始めたときに脳の活動がむしろ高まり、AIの提案を自分なりに評価しながら使いこなしていたのです。
研究者たちはAIへの依存によって独力で考える能力が萎縮していく現象を「認知負債(cognitive debt)」と名付けましたが、逆に言えば、自分の頭で考える訓練を積んだ人ほど、AIを道具として使いこなせるということでもあります。
わかりやすく言えば、カーナビを使いすぎて地元の道すら覚えられなくなる、あの感覚の脳内アップデート版です。でも、地図を読む力のある人は、カーナビが示したルートに疑問を感じたときに「この道のほうが早い」と判断できる。AIも、自分の頭で考える力を持つ人が使って初めて、本当の意味で「使いこなせる道具」になるのかもしれません。
シアトルで働いていても、似た場面を見ます。AIに企画書を書かせることは誰でもできる。でも、その企画の前提が間違っていることに気づける人は意外と少ない。AIの答えを作る力より、AIの答えを疑う力のほうが難しい。最近はそんな気がしています。
■「AIを使う力」は、どこから来るのか
ここに、ぼくが今回の話で一番面白いと思った逆説があります。AIの答えが「使えるかどうか」を判断するには、その分野について自分で考え続けた時間が必要です。弁護士で言えば、AIが出してきた判例の引用が正しいかどうかを見極めるには、法的な文脈を自分の頭で理解している必要があります。
シアトルの職場でも同じことが起きています。
電卓に例えればわかりやすいかもしれません。電卓は便利な道具ですが、そもそも足し算や掛け算の概念を知らない人が電卓を使っても、答えが正しいかどうかを確認する術がありません。AIも同じで、使いこなせる人というのは「AIに仕事をさせるのが上手な人」ではなく、「AIが出した答えを評価できる人」のことなのかもしれない。
つまり、AIを使う力の源泉は、AIを使わずに考え続けた時間にある。これがバークレーの言っていることの本質だと、ぼくは解釈しています。
「AIを活用できる人材を育てる」という言葉が日本でも増えました。研修を入れ、ツールを導入し、業務フローを変える。それは大事なことです。ただ、もしAIをうまく使いこなせる人間を育てたいなら、AIなしで考える時間も同じくらい大事なのではないでしょうか。どのツールを導入するかという議論は盛んでも、「考える力をどう育てるか」という問いが後回しになっていないか、少し気になります。
AI時代に価値が上がるのは、AIに答えを出させる人ではなく、AIが出した答えを評価できる人なのかもしれない。
あなたは最近、自分の頭だけで考える時間がありましたか?<文/福原たまねぎ>
【福原たまねぎ】
シアトル在住。外資系IT米国本社のシニアPM。ワシントン大学MBAメンター(キャリア・アドバイザー)。大学卒業後にベンチャー企業を経て2016年に外資系IT企業の日本支社に入社。2022年にアメリカ本社に転籍し現職。noteでは仕事術やキャリア論など記事を多数発表。初著書『世界の一流が休むためにやっていること』(朝日新聞出版)が発売中。X:@fukutamanegi
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