元U-15~U-17日本代表監督(2015年~2023年)
森山佳郎(現・ベガルタ仙台監督)インタビュー@前編

 北中米ワールドカップの日本代表で、評価を上げたのは誰か。

 多くの人が思い浮かべるのは、中村敬斗(スタッド・ランス)に違いない。

オランダ戦で決めた同点弾は、チームに勢いと自信をもたらした。続くチュニジア戦では、得意の縦突破から鎌田大地(クリスタル・パレス)の先制弾をアシストしている。

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 2000年7月生まれの中村は、2017年のU-17ワールドカップに出場している(当時・三菱養和SCユース)。ホンジュラス戦のハットトリックを含む4ゴールをマークし、グループステージ突破に貢献した。

 チームを率いた森山佳郎監督(現・ベガルタ仙台監督)は、「彼はある時を境に、かなり威力のあるシュートを蹴られるようになったんですね」と話す。

「GKには谷晃生(当時・ガンバ大阪ユース/現・FC町田ゼルビア)とかがいたんですけど、(練習で)シュートをどんどん決められるようになっていった。ある日のミーティングで、中村に『変わってきたよね、何かやっているの?』と聞いたんです。そうしたら、『毎日練習しています』と」

 森山は中村の成長に光を当てることで、ほかの選手の刺激になればと考えた。チームには2001年6月生まれの久保建英(当時・FC東京U-18/現・レアル・ソシエダ)らがいた。

 果たして、次の活動で変化が見られた。

「宮代大聖(当時・川崎フロンターレU-18/現・ラス・パルマス)とか久保が、『俺も蹴られるようになったぞ』と。ともに世界で戦っていく仲間であり、レベルの高いライバル関係というか、お互いに刺激しあいながら成長できたのかなと思います」

 ワールドカップでの中村については、今後への期待を抱く。

「最後のほうは疲れからか、思いきりとかキレがパワーダウンした印象はありました。それはやっぱり、A代表の強度の高さとか、初めてのワールドカップだったことなどが影響したのではないでしょうか。

 ただ、年齢的に4年後も主力として活躍できるでしょう。今回の経験によって、一段階、二段階上のレベルのチームでのプレーにもつながりそうです。クラブレベルでの経験を生かして、次のワールドカップではさらに活躍してほしいですね」

【レギュラーじゃない選手をなぜ?】

 中村とともに評価を上げたのが、GK鈴木彩艶(パルマ)である。彼もまた、森山監督の薫陶を受けたひとりだ。

「今回のワールドカップは、彼がいなかったらもっと苦戦していたのではないでしょうか。何度も決定機を防いだり、高さに対する安定感をもたらしてくれました。

 ビルドアップでも、得点につながるような落ち着いたキックを見せてくれました。相手を引きつけて、すっとフィードしたり。もともとキックのパンチ力はあるので、飛ばす時にはしっかり飛ばせる選手です。選手としての評価を、かなり上げるような大会だったと思います」

 鈴木はU-17ワールドカップに2度出場している。一度目は2017年大会で、チーム最年少タイの15歳でメンバー入りした(当時・浦和レッズジュニアユース)。

「ユースチームでも試合に出ていない立場で、所属チームからは『レギュラーじゃない選手をなぜ選ぶんですか』と苦言をいただいたこともありました」

 それでも選んだのは、もちろん理由がある。

「将来の日本を担うポテンシャルがあるのは間違いなかった。そのポテンシャルを自分で積み上げていく、努力の継続ができる選手でした。選手が成長していくためには人間性、キャラクターがとてつもなく重要だと思いますが、彼はかなり高いレベルでそういうメンタリティを備えていました」

 2017年大会の鈴木は、スタメンの谷晃生、谷と同学年の梅田透吾(当時・清水エスパルスユース/現・清水エスパルス)に次ぐ第3GKの位置づけだった。ピッチに立つことはなかったものの、チームの一員として必要な振る舞いを続けていった。

「練習の準備とか片づけを率先してやったり、年下だったからというのはあるかもしれませんが、目配り、気配りのできる選手でした。ピッチの内外を問わずに、チームのため、自分を伸ばすための行動を、しっかり選択できる選手でした」

 2019年のU-17ワールドカップでは、正GKとしてピッチに立った。U-17ワールドカップに先駆けて開催されたU-20ワールドカップにも、最年少の16歳で選出されている。

【スペイン帰りの15歳の少年】

「U-17ワールドカップが終わった時には、そのままA代表へ招集してもいいんじゃないかなと、僕は思っていました。そういう話もしていましたし。

 当時所属する浦和レッズには西川周作選手がいて、彼も年齢を重ねながら成長していって『簡単にレギュラーを渡さない』という意地もあったのだと思います。西川選手の壁は高くて、浦和ではなかなか出場機会を得られなかったですけれど、偉大な先輩の背中を見てプロとして生きていく覚悟といったものが身についていったのかなと」

 2017年のU-17ワールドカップには、当時16歳の久保も選出されている。

彼は同年のU-20ワールドカップに飛び級で選出され、板倉滉(当時・川崎フロンターレ/現・アヤックス)、冨安健洋(当時・アビスパ福岡/現・アヤックス)、堂安律(当時・ガンバ大阪/現・フランクフルト)、小川航基(当時・ジュビロ磐田/現・NEC/大会途中で負傷)らとともに世界のベスト16入りを経験した。

「2014年から2016年あたりの日本代表では、長谷部誠本田圭佑長友佑都岡崎慎司らが中心でしたが、彼らは育成年代の代表から吸い上げられていったわけではない。アンダー世代の代表から日本代表へつながる選手を輩出するのは、国際大会での結果と同じぐらい我々に与えられた課題でした。

 幸いにもU-20日本代表の内山篤監督とは以前から懇意にしていたので、『将来の日本代表につながる選手を一貫した指導で育てていこう』という話をしていました。そういうこともあって、鈴木や久保をU-20日本代表へ送り込むことができたのです」

 森山監督が久保を初めて招集したのは、当時15歳である。もう10年ほど前になるが、スペイン帰りの少年の記憶は鮮明だ。

「初めて招集した時の練習で、ずっと『出せ、出せ!』とパスを要求していました。出せと言うだけじゃなく、マークを外したりスペースを認知したりして、ここならプレッシャーを受けないとか、相手が来たらワンタッチでかわすとか、ボールがどこへ行っても関わろうとしていました。

 印象的だったのは、うしろ向きのプレーがないことですね。常に前を向く、仕掛ける、シュートへ持ち込む。そういうプレーがホントに印象的でした」

 年代別代表に初めて呼ばれた選手は、周りの様子を観察して、できるだけ目立たないようにしたりする。年下の選手ならば、先輩たちについていこうという雰囲気を醸し出すものだ。

 久保は、違った。

「初日からみんなとコミュニケーションを図って、自分という存在をアピールしていた。ミーティングで僕が話していると、話の途中でも『それはどういうことですか?』と聞いてきたりする。物怖じすることがないんですよね」

(つづく/文中敬称略)

◆森山佳郎・中編>>「なんで久保建英ばっかり注目されるんだ!」


【profile】
森山佳郎(もりやま・よしろう)
1967年11月9日生まれ、熊本県熊本市出身。筑波大学から1991年にマツダ(現・サンフレッチェ広島)へ加入。球際に強いDFとしてJリーグ草創期の広島を支え、1994年のサントリーシリーズ優勝に貢献する。のちに横浜フリューゲルス、ジュビロ磐田、ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でプレーし、2000年に引退。同年から広島ユースの監督などで手腕を発揮したのち、2015年からはU-15~U-17日本代表監督を歴任し、久保建英らを擁して世界大会を戦った。2024年からはベガルタ仙台の監督を務める。日本代表・通算7試合0得点。ポジション=DF。身長176cm。

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