9月13日に初日を迎えた九月場所、伊勢ノ海部屋の藤ノ川(21歳)が新関脇として土俵に上がっている。初日は義ノ富士を寄り切りで破り、三役として初白星を飾った。

 初土俵から所要22場所での新三役は、歴代10位のスピード出世(1958年の6場所制以降、幕下付け出しを除く)。京都出身の三役は1828年の緋縅(ひおどし)以来198年ぶり、伊勢ノ海部屋から新関脇が誕生したのは2016年の勢(現・春日山親方)以来10年ぶりだ。

 初日を3日後に控えた9月10日、荒汐部屋への出稽古から戻った藤ノ川に、部屋で話を聞いた。

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【新関脇でも「いつも通り」で迎える九月場所】

 伊勢ノ海部屋は、東京都文京区の住宅街に門を構える。取材当日、荒汐部屋での出稽古を終えて11時に部屋に戻った藤ノ川は、泥着(稽古着)姿から回しに着替え、撮影に応じた。

 撮影の際、藤ノ川は「自分の身体のなかでお気に入りのパーツは?」という質問に、間髪入れず「肩」と答えた。首から肩にかけて盛り上がった僧帽筋は、重点的に鍛えたものではないという。

「普通にしてても、体つきがそういう感じなんです」

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東京都文京区にある部屋の外にて

 撮影後シャワーを終えると、部屋の上がり座敷で、伊勢ノ海親方、甲山親方、錦木関らと食卓を囲んだ。筆者が隣に座ると、藤ノ川はペットボトルの水を一本「どうぞ」と差し出した。

 ちゃんこの豚の味噌炊きと白米、納豆ご飯を食べ終わると「今、いいっすよ」と向き直る。

「髪やりながらでいいっすか」

 床山に髪を結われる間、藤ノ川は目を閉じたまま質問に答えた。

 出稽古の感触を聞くと「いい感じでした」。時津風一門の霧島、阿炎、若元春、丹治らと相撲を取った。

出稽古ではなるべく前に出ることを意識しているという。この日は九月場所前の最後の出稽古。新三役として参加する稽古も気負いはなく、「いつも通りですよ」と答えた。

 今場所、意識する相手はいるのか。

「いないですが、(出稽古で対戦したなかでは)霧島関。勝っていないんで」

 番付発表は8月31日。関脇の二文字を見た時について振り返ってもらった。

「やっぱ、なんかうれしかった。最高位あたりの人たちと並ぶわけですし、うれしいっすね。引退したら"元・関脇"じゃないすか」

 昇進会見でも「番付に名前が大きくなってうれしい」と話していた。

 伊勢ノ海部屋の歴史では、先代・伊勢ノ海親方(元関脇・四代目藤ノ川)以降、土佐ノ海(現・立川親方)、勢(現・春日山親方)に並ぶ最高位となる。今後の目標を聞くと「がんばります」。

その先に向けては「とりあえず三役定着」と意気込んだ。

【四代目・藤ノ川からのメール「初心忘れず頑張れ」】

 先代・伊勢ノ海親方は、四代目・藤ノ川。明治から続く伊勢ノ海部屋伝統の四股名で、現在の藤ノ川で六代目になる。

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四代目藤ノ川。先代・伊勢ノ海親方。(浅坂直人マネージャー提供)

 新関脇の昇進会見で、藤ノ川は「これが終わったら先代に連絡します」と語っていた。会見後に電話をかけたところつながらず、メールが届いたという。

「関脇昇進おめでとう。初心忘れず頑張れ。」

 六代目は「ありがとうございます。がんばります」と返した。

 六代目・藤ノ川、本名は齋藤成剛(さいとう・せいごう)。父・甲山親方(元幕内・大碇)の影響で、5歳から相撲を始めた。育ったのは東京、江戸川区春江町にあった移転前の伊勢ノ海部屋で、幼い頃から弟と一緒に土俵で相撲を取っていた。

 藤ノ川は三兄弟の長男。甲山親方が男手ひとつで3人を育ててきた。

祖父が横綱・柏戸の大ファンで、父・甲山親方は「柏戸剛(つよし)」から「剛」の名をもらった。その一字を、成剛、次男の忠剛(ちゅうごう/幕下・碇潟)、三男の夕剛(ゆうごう/埼玉栄高2年)が受け継いでいる。

 高校卒業後、父からの「早いほうがいい」という勧めもあって大学には進まず、すぐに入門した。2025年の名古屋場所での新入幕を機に、「若碇」から改名して「藤ノ川」を名乗った。

 自分が元気なうちに藤ノ川を継いでほしい――。改名の裏には四代目の思いがあった。

 伝統の四股名は肩にのしかからないのか。

「プレッシャーは感じないっすね」

 部屋を背負っているという感覚も「ないです」とあっさり答えた。

【体重差をひっくり返す立ち合い】

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新関脇として九月場所でさらなる躍進へ

 藤ノ川の相撲の特徴は、"立ち合いの速さ"にある。先に両手をつき、相手が手をついた瞬間に当たる。2026年名古屋場所で金星を飾った両横綱戦は、どちらも突き落としで決めた。

 同じ関脇の熱海富士は197kg。70kg以上の差を、藤ノ川は動きで補う。

自分よりも大きな相手に正面から当たる以上、ケガの危険はつきまとう。

 先に手をつくスタイルはいつ出来上がったのか。

「昔から、小学生の頃からっすね。気づいた時にはそうなっていました」

 立ち合いは教わったわけではないという。相手を待つ間は、ただ「手をつくのを待っている」という。

 父の甲山親方は「先に手をついたほうが、相手がパッとついた瞬間、コンマ何秒か早く当たれる」と話す。もともとは、少年時代のアマチュア相撲で身につけた作法だ。

「アマチュア相撲は、両方が両手をついた状態で主審が『はっけよい』やから、大相撲とは立ち合いが違う。もともと両手ついてるのがスタンダード」

 これまでに横綱から挙げた金星は4つ。しかも横綱初挑戦からの横綱戦4連勝で、戦後初の快挙。巷では"横綱キラー"と呼ばれている。今年3月の大阪場所3日目に大の里、4日目に豊昇龍を、7月の名古屋場所2日目に大の里、同3日目に豊昇龍を下した。

 藤ノ川は自分の取組をすべて覚えているという。一番記憶に残っているのはどの取組なのか。

「大阪場所の豊昇龍関戦かな。決まった瞬間を覚えてます。うれしかったですね」

【三役昇進に、父・甲山親方から「おめでとう」】


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伊勢ノ海部屋の看板の前で

 前頭筆頭で迎えた名古屋場所、勝ち越しを決めた時点で三役昇進はほぼ確実となった。甲山親方からは「おめでとう」とひと言。親子のやりとりはそれだけだった。個人的なお祝いも、特にはやっていないという。

「プレッシャーは感じない」「背負ってない」という本人の言葉を甲山親方に伝えると、こう答えた。

「プレッシャーは別にないでしょ。この地位を守ろうとか、落ちないようにしようとか思うと、変なプレッシャーがかかる。負けてもともと。

上位の人とやるんやから」

 三役になった今、父が息子に言うことはほとんどないようだ。

「もうそういうレベルではない。本人が、気持ちの持っていき方もわかってるし」

 一番声をかけたのは「連敗してる時」だという。「『勝っても負けても切り替えが大事や』と前から言うてる。勝っても今日のことは終わり。明日は明日の一番やから」。それは、自分が現役時代にできなかったことだ。

「俺は現役時代、それができてなかった。負け出すと、『どうしよう』となってしまう。『俺は精神的に強いんや』と、自分に言い聞かせてなんとかやってたよ」

 横綱に勝った翌日も同じ。「気分は乗ってもいい。でも、それに浸ってる場合じゃないからね」と続けた。

 藤ノ川は「いつもどおり頑張ります」と、新関脇として迎える九月場所にも平常心で臨んでいる。ひとつひとつ順調に番付を上げ、今年の目標として掲げていた三役に到達した。その先に、どんな景色を描くのか。

【プロフィール】

藤ノ川成剛(ふじのかわ・せいごう)

2005年2月22日生まれ、京都市出身。身長177cm、体重123kg。伊勢ノ海部屋所属。本名・齋藤成剛。埼玉栄高校を卒業後、2023年の初場所で初土俵を踏み、24年の九州場所で新十両に。25年の名古屋場所で新入幕を果たしたのを機に、四股名を「若碇」から六代目「藤ノ川」を襲名。26年の名古屋場所で大の里、豊昇龍の両横綱を破り初の殊勲賞。九月場所を新関脇として迎えた。父は甲山親方(元幕内・大碇)、弟は幕下・碇潟。

内藤瑠那●取材・文 text by Runa Naito

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