【大学駅伝】早稲田大ルーキーズは「令和の三羽烏」から「カルテ...の画像はこちら >>

10月の出雲駅伝を制し、学生三大駅伝で16年ぶりの優勝を果たした早稲田大。その中心となったのが、本田桜二郎と新妻遼己のふたりのルーキーだ。

今季の1年生では、このふたりに増子陽太を加えた3人を「令和の三羽烏」と称する声も多く、実際にトラックシーズンから活躍を見せている。さらに、着実に力をつけつつある上杉敦史もおり、今や「トリオ」から「カルテット」に変貌を遂げつつある。11月1日に行なわれる全日本大学駅伝には5人の1年生がエントリーされたが、果たして伊勢路でも早大ルーキー旋風は巻き起こるのか?

【衝撃の快走で出雲優勝に貢献した本田】

 今季、大学長距離界で大きな注目の的となっている早稲田大学のルーキーズ。増子陽太、本田桜二郎、新妻遼己の3人は"令和の三羽烏"などと称され、実際、その前評判の高さに違わず、トラックシーズンから活躍を見せてきた。

 そして、駅伝シーズンを迎えても、その勢いは止まらない。

 学生三大駅伝初戦の出雲駅伝は、三羽烏揃い踏みとはならなかったものの、出番をつかんだ本田と新妻が圧巻のパフォーマンスを発揮し、早大の16年ぶりの優勝に貢献した。

 出雲ではまず、本田が2区に登場。

 2区は5.8kmと最短区間ながら、昨季はエースの山口智規(現・SGホールディングス)が担った重要な区間だ。今回も、中央大の岡田開成(3年)、順天堂大の吉岡大翔(4年)といったエース級を起用したチームもあり、関東のチームで2区に起用された1年生は本田だけだった。

 本田が、1区の吉倉ナヤブ直希(3年)からタスキを受け取ったのは、トップの駒大から16秒遅れの7位だった。

「とにかく中央との差を詰めることを意識していました」

 その中大は7秒早くスタートしていたが、本田は早々にその差を詰めると、2km過ぎには中大・岡田らとともに先頭集団を形成した。そして、残り1kmで岡田が仕掛けた際には、本田は食らいつき、ラスト700mでスパートをかけ返した。

「自分が花田さん(勝彦、駅伝監督)に求められているのは、ラストスパートでライバルたちとの差を縮めて、3区の頼もしいお兄さん的存在である(鈴木)琉胤さんに渡すこと」

 本田は自身の役割についてこう話していたが、差を縮めるどころか、臙脂のタスキを先頭まで押し上げた。

 昨年も、山口智規が2区で区間賞を獲得し、先頭でタスキリレーをしたが、今回はルーキーの本田が6人を抜いて、昨年に続きトップで中継した。

「レースの流れを作ったのが本田」と、花田監督も序盤に起用した本田の走りを高く評価していた。

 本田は区間賞も獲得。今季5000mで学生トップクラスの実績を挙げてきた岡田に競り勝ったのだから、あらためてその強さが際立った。

 ちなみに、タイムは、気象等の条件が違うので単純比較はできないものの、本田のタイムは昨年の山口智規よりも15秒速かった。

【指揮官が「出雲のMVP」と評した新妻】

 新妻は4区を任された。

「自分までの前の区間がすごくいい形で持ってきてくださって、後ろにも偉大な先輩たちが残っていたので、安心して気楽に走れました」

 優勝インタビューではこんな言葉を口にしていたが、花田監督が今回のMVPに挙げたのが新妻だった。それほど圧巻の走りだった。

 新妻がタスキを受け取ったのは、トップと9秒差の2位。先頭の日大も実績のあるルーキー・首藤海翔だったが、新妻は1km過ぎにとらえると、じわじわと引き離しにかかった。

「最初のほうで捕まえて、あとは押しきるレースをしようと思っていました」というプランどおりにレースを進め、早々に逆転したばかりか、2位との差を16秒にまで広げた。そして、従来の区間記録を10秒も上回り、区間新記録を樹立して区間賞を獲得。優勝をぐっと手繰り寄せる活躍を見せた。

「新妻が(当日変更で)代わるんじゃないかという声もありましたが、夏場の練習もきっちりやってきて、彼に結果を出してほしいと思っていました」と言う花田監督の期待に見事に応えてみせた。

 前半戦の新妻は、U20アジア選手権1500m5位、U20世界選手権3000m11位と国際大会で日の丸をつけ、日本選手権にも1年生ながら5000mで出場を果たしている。

 しかしながら、増子(U20日本記録を2度更新、日本選手権5000m7位入賞など)、本田(U20世界選手権3000m銅メダル、日本選手権1500m2位など)の活躍と比較すると、やや見劣りしたのは否めない。

 実際、高校時代の実績からすれば、本調子ではないというのが大方の見方だっただろう。その不調を象徴したのが、6月20日に行なわれたGINZAMILEという1マイルのレースだ。日本選手権の直後だったとはいえ、4分11秒3で29位と不本意な結果に終わった。

 だが、同時にこのレースは、新妻が再浮上するきっかけにもなった。

「自分が思うように調子が上がらないなか、ふたりが結果を出していることに、たぶん焦りもあったんだと思います。でも、GINZAMILEで何かがプツンと切れて、考え方をリセットして、練習をしなければいけないと思うことができました」

 こうして夏場にぐんと調子を上げて、駅伝・ロードシーズンを迎えていた。

【入学直後からビッグレースが続く増子】

"令和の三羽烏"のうち、ただひとり、増子は出雲の出走メンバーから外れた。

「増子も非常に調子がよかった。たぶんチームのなかでは3、4番目ぐらいだったと思います」と花田監督が言うように、決してトラブルがあったわけではなかった。とはいえ、シーズン前半戦は、毎月のようにビッグレースが続いた。

4月=金栗記念(5000m全体9位(日本人3位)、13分22秒87=U20日本記録(当時)
5月=ゴールデンゲームズ in のべおか(5000m全体11位(日本人4位)、13分20秒35=U20日本記録)とU20アジア選手権(3000m銅メダル)
6月=日本選手権(5000m7位入賞、13分27秒08)
8月=U20世界選手権(棄権)
9月=世界ロードランニング選手権(5km40位、13分50秒)

 アメリカ・オレゴンで開催されたU20世界選手権は、直前に体調を崩し出場を見送ったものの、それまでハイパフォーマンスを連発してきた。

 世界ロードランニング選手権は、夏合宿明けで決して状態がよかったわけではなかったが、5kmを13分台でまとめている。どんな状態でも試合で力を発揮できる選手だけに、指揮官としても出雲で起用したいという思いもやまやまだっただろう。結局は、9月27日のThe Road of WASEDA(ロード5km)で好走した吉倉と新妻を起用し、増子の出場は回避させた。

「増子はずっと連戦で気持ち的にちょっと疲れている感じもしたので、今回は大事をとって休ませられればと思いました」

 花田監督いわく、増子は"スーパーリザーブ"として走れる準備はしていた。実際、大会前に山口竣平(3年)が体調を崩したこともあり、代わりに5区に起用するプランもあった。

 早大は少数精鋭部隊で主力のケガは致命傷になりかねない。それだけに、全日本大学駅伝や箱根駅伝を見据えた時に、増子を温存できたことはかなりのプラス要素と見ることができるだろう。

 全日本で起用されれば、出雲の分も爆発的な走りを見せてくれるに違いない。

【上杉の台頭で「三羽烏」は「カルテット」へ】

【大学駅伝】早稲田大ルーキーズは「令和の三羽烏」から「カルテット」へ 二冠を狙う全日本大学駅伝で何を見せてくれるのか?
10月には10000mで自己ベスト更新と好調ぶりを示す上杉敦史 photo by Satoshi Wada

 忘れてはならないルーキーがもうひとりいる。"令和の三羽烏"とともにスポーツ推薦で早大に入学した上杉敦史だ。

 9月頃からだろうか、花田監督は"三羽烏"に上杉を加えて、「4人組」「四重奏」を意味する"カルテット"という言葉を口にするようになった。

つまりは、花田監督が認めるほど、上杉がこの夏に力をつけたということだ。

 同期の3人が特筆すべき活躍を見せてきただけに、彼らの陰に隠れがちだが、上杉もまた実力者のひとりだ。入学直後の4月5日に行なわれた東京六大学対校では、対校選手として5000mに出場し、さっそく臙脂のユニフォームに袖を通している(4位)。

 上杉は、4年の工藤慎作や2年の鈴木と同じ千葉・八千代松陰高出身。全国高校駅伝には3年連続で出場し、3年時はエース区間の1区を担った(区間14位)。

 入学時に自身の走りの特徴を聞くと、「僕は長い距離のほうが得意だと思っている」「単独走のほうが強い」と話していた。

 目指す選手像には、早大OBでハーフマラソンの日本記録保持者である太田智樹(トヨタ自動車)を挙げる。

「どんな大会でも高水準で結果を残し、安定感のある選手になりたいと思っているので、(太田の)そういうところを尊敬しています」

 将来的には、太田のような"いぶし銀"という言葉が似合う選手になっていきそうな予感がある。

 9月のThe Road of WASEDAでは、ロード5kmで13分55秒の自己ベストをマークし、出雲駅伝では増子とともに補員に登録され、急な出番に備えていた。

 結局、自身は出走が叶わず、本田と新妻の活躍には当然大きな刺激を受けた。

「同期の区間賞や区間新の走りを見て、自分もやっていかなきゃいけないっていう思いが強くなりました。自分との差がすごくあるなっていうのを強く感じてしまって、若干心が折れそうになりましたが、その後の練習で自分もそれなりに近づけるんじゃないかと再確認できました」

 出雲駅伝の5日後の早大競技会では10000mに出場し、28分50秒87の自己ベストをマークした。

「全日本で出走することが目標だったので、そこに向けてちょっと強めのペース走のような感覚でレースに臨みました。余裕を持って28分台を出すことを目標に走りました。創価大のソロモン・ムトゥクさん(3年)が引っ張ってくれたので、自分にとって記録を出しやすいレースになりました」

 狙いどおりの28分台だった。

 また、ムトゥクが抜け出したあとの2位争いは熾烈を極めたが、「そこで挑戦しなかったら三羽烏との差はまったく縮まらない」という強い思いから、残り2000mで自ら仕掛ける場面もあった。結局、終盤のペースの切り替えに課題を残し4着に終わったが、気持ちの込もったレースを見せた。

「練習がしっかりできていたので、本人も結果がほしかったと思います。28分台を出したのでよかった」と花田監督も評価していた。

 同じ日の午前中の練習では、上杉と全日本のメンバーの座を争う選手たちもいい練習をこなしていたという。

「全日本につながった人もいれば、一歩後退した人も正直いましたが、この1日で、8区間プラスふたりぐらいは目処が立ちました」

 花田監督がこう話すように、上杉の全日本出走が確定したわけではなかったが、大きなアピールになったのは間違いない。

「全日本からしっかり走って、三羽烏に並び立てるようにがんばっていきたいと思います」と、上杉は意気込んでいた。

 全日本には、この4人のほかに若狭奏汰も加えた5人の1年生が16人のエントリーメンバーに名を連ねた。若狭は指定校推薦で文学部に入学した、いわゆる"一般組"の選手だ。

 今年の1年生は、若狭だけでなく"一般組"にも力のある選手が多い。基幹理工学部の和田寛、創造理工学部の高舘友杜、社会科学部の水出依寿といった選手たちが、着々と力を蓄えている。

 2010年度の大学駅伝三冠を最後に優勝から遠ざかっていたが、今季の出雲駅伝優勝を皮切りに、いよいよ黄金期を迎えそうな予感がある。ライバル校に比べると決して選手層は厚くないが、黄金期を迎えた時にそれを支える人材も整いつつある。

和田悟志●取材・文 text by Satoshi Wada

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