この記事をまとめると
■三菱のワークスといえば「ラリーアート」の名前がよく知られている■三菱コルト・ラリーアート・バージョンRはワークスコンプリートカーの先駆け
■筑波サーキットで1分10秒を切るためにさまざまなチューニングが施されていた
反撃を狙うコルトの起爆剤はワークスコンプリートカー
クルマが好きで、モータースポーツも大好きという人なら「ワークス」というワードに憧れを抱いているのではないだろうか。ワークスとはメーカーを意味し、レース界ではワークスカーと言えば自動車メーカーが仕立てたマシンであることを意味する。
そんなワークスカーを操れるレーサーは「ワークスドライバー」であり、メーカーと契約してレースに参戦する。
ワークスカーは、そのクルマを作ったメーカーが自らレースに勝てる仕様にチューニングする。サスペンションのバネレート変更やエンジンの圧縮比変更など、チューニングショップなどが行うレベルではなく、時には車体からサスペンション、パワートレインをレース専用に設計変更し、生産ラインを変更してまで取り組む場合もある。そうしたワークスマシンがエントリーするレースカテゴリーで一般的なチューナーが参戦して勝利を収めるのは極めて難しい。
自動車メーカーはこうしたワークスでのモータースポーツ活動を通じてさまざまな仕様変更や実装テストを行い、結果が良ければ生産車にフィードバックすることもできる。先行開発車として次期モデルのノウハウが詰め込まれたワークスカーがレースに登場することも多く、レースファンはそうした部分にも着目しているのだ。
近年はワークスでのレース活動は限られたカテゴリーに集約されてしまったが、一方、レースで培ったテクノロジーを導入してベース車の魅力を高め「ワークスコンプリートカー」としてラインアップするモデルが増えている。今回はそうした「ワークスコンプリート」の先駆けとなったとも言える三菱自動車のコルト・ラリーアート・バージョンRを改めて紹介しよう。

ベース車両のコルトは三菱自動車のコンパクトカーとして2002年に復活した。当時、ホンダ・フィットが爆発的なヒットを遂げた背景もあり、コンパクトカー市場はトヨタ・ヴィッツ、日産マーチなど強豪が居並ぶ激戦区だった。
そんななかでコルトはというと、パッケージング的にホンダ・フィットに近いものの個性に乏しく、二番煎じ的な立ち位置になってしまい、苦戦を強いられることになってしまったが、そんなコルトに喝をいれるべく登場させられたのが「ラリーアート・バージョンR」だった。

ラリーアートは三菱自動車のモータースポーツを統括する会社として世界的に名を馳せ、さまざまなノウハウも持つ。
クルマを知り尽くしたメーカーチューニングがマジでスゴい
その目標値とは「筑波サーキットで1分10秒を切るラップタイムを記録すること」だった。スタリオンのグループAから始まり、GTOやFTO、ランサー・エボリューション(ランエボ)など、生産車ベースのレースカーをワークス仕様として走らせてきたラリーアートだからこそ、コンパクトカーで筑波サーキット1分10秒を切る難しさを理解できていた。

筑波サーキットのラップタイムは国産市販モデルの速さを示すベンチマークとしてメディアでも広く活用され、当時もっとも速いランエボクラスのラップタイムは1分4秒台。だが、スカイラインGT-RのR33型だと1分7秒ほど。1分10秒を切るのは特別なスポーツカーによって達成できる数値であり、コンパクトカーとしては1分15~16秒台が出せれば速い部類に属するといえた。
1分10秒を切るという高い目標達成のために三菱が投入したチューニング内容は、まさにワークスだからできることばかりだった。

まずパワートレインだ。4G15型1.5リッター直4ターボエンジンは4バルブDOHCヘッドに可変吸気システム・MIVECを組み合わせ、最高出力154馬力/6000回転、最大トルク210Nm/3500回転を発生。トランスミッションはドイツのゲトラグ社製の強化された5速マニュアルトランスミッションが採用され(強化CVTも設定)、クラッチにはドイツのZF製が選ばれた。また、シフトリンケージをランエボと同等パーツとして剛性感の高いシフトフィールを実現していた。排気系も排気圧低減を図り径を拡大し、楕円のマフラーカッターに繋げている。

車体のチューニングも大胆に行なわれている。ドア開口部のスポット溶接を1.5倍とし、フロントカウルトップの板厚を拡大。Dピラーにはリーインフォースを追加してハッチバックのリヤ開口部剛性を大幅に高めている。また、フロントメンバーをIプレートサークル化。リヤフロアにクロスメンバーを強化するトライアングルロッドを追加し、フロントストラットタワーバーとリヤダンパーアッパーマウントにガゼットを追加している。加えて前後サイドメンバーの左右を結合。これはランエボで培ったノウハウだった。
外観的にはラジエターグリルを拡大して冷却性能を向上させ、エンジンフードにランエボ同様にエアアウトレットを設け外観的なアイコンとしつつ、冷却性の重要性に着目していた。

フロントサスペンションはバネ常数の強化、ロアアーム強化、各ブッシュの強化など8項目ものチューニングを行い、リヤサスペンショも同様に5項目のチューニングを施している。また、ラック&ピニオンのステアリングをクイックなレシオに変更。フロントブレーキはディスクローターを厚肉化し、ブレーキパッドも専用品としている。ブレーキマスターシリンダーピストン径を拡大しペダルフィールも改善している。
タイヤは205/45R16のアドバンを採用。果たして筑波サーキットのラップタイム計測では1分9秒9を記録して、見事目標値をクリアしたのだった。
このように、ワークスコンプリートはベース車の長所・短所を知り尽くしているメーカー直系なだけに弱点をカバーして長所をより活かす、的を射たクルマ造りが可能となることが知らしめられたのだ。