この記事をまとめると
■かつて「押しがけ」は電装系トラブルでエンジンが止まったクルマの再始動方法としてよく知られていた



■車輪をまわすことで駆動系を介してクランクシャフトをまわしてしまうのが「押しがけ」



■いまやクルマを「押しがけ」しているのをほとんど見かけることはない



クルマを必死に押して何してる?

昭和の映画やドラマ、あるいはアメリカのロードムービーなどを観ると、オンボロなクルマをふたりがかりで押しているシーンがあったりしますね。あれは大体がガス欠やエンジントラブルが原因で、近くのガソリンスタンドまで給油、または電話をするまで延々と押して移動しているシーンです。



もしこれが、バッテリー上がりや、セルモーターの故障が原因だったらどうでしょう? 何らかの方法でエンジンさえかかってしまえば、オルタネーターから点火用の電力は供給されるので、整備工場まで自走で行くことが可能になります。



昔はセルが壊れてもバッテリーが上がっても「押せ」ば解決! い...の画像はこちら >>



いまではまったく見ることはなくなりましたが、それこそ昭和の早い時代には、電装系のトラブルでエンジンが止まってしまい、再始動するのにクルマを押してエンジンをまわして始動する「押しがけ」というやり方が、トラブルシューティングのひとつの方法としてドライバーの頭のなかに入っていたんです。



ここではその「押しがけ」について、昔話など交えながら話してみたいと思います。



■クルマを押すとエンジンがかかるの?

まずは押しがけの仕組みから話していきましょう。



普通、クルマはセルモーターという始動用のモーターの動力でクランクシャフトをまわして、始動に必要な回転を作り出しています。クランクシャフトをまわすとピストンの働きで燃焼室内に混合気が引き込まれます。また、クランクとベルトで繋がったオルタネーターで電気が発電され、その電気を元にデスビとコイルで着火用の高電圧が発生、それがスパークプラグで火花となり、引き込まれた混合気に着火して燃焼し、エンジンが動きます。



昔はセルが壊れてもバッテリーが上がっても「押せ」ば解決! いまや絶滅したテク「押しがけ」って何?
水平対向エンジン



一度動いてしまえば、あとは各装置の働きで、バッテリーが上がっていても自律で動き続けられます。



では、このセルモーターが動かない場合はどうやってクランクシャフトをまわせばいいでしょうか? 昭和30年代までの旧いクルマはセルモーターの信頼性が低かったこともあって、フロントグリルの下の方に開いた穴にジャッキを回す棒に似たクランク状の専用ツールを刺し、直接クランクシャフトをまわして始動する、という方法も残っていました。



昔はセルが壊れてもバッテリーが上がっても「押せ」ば解決! いまや絶滅したテク「押しがけ」って何?
クランク棒で始動する写真



でもその方法は、昭和40年代以降のクルマでは絶滅しています。そんなクルマでセルモーターに頼らずクランクシャフトをまわす方法とは……。そうです、車輪をまわすことで駆動系を介してクランクシャフトをまわしてしまおうというのが「押しがけ」というわけなんです。



クラッチのないAT車は押しがけできない

■押しがけってどうやるの?

では「押しがけ」のレシピを紹介していきましょう。



1)まず必要なのはMT車です。AT車の場合はクラッチが付いていないので押しがけはできません。



2)続いて作業する人をふたり用意します。そのうちのひとりはクルマの扱いにある程度詳しい人がマストです。あまり詳しくない人だけでやると、延々とクルマを押す作業になります。



<注>場所は下り坂が理想ですが、場所を選ぶ余裕はないでしょう。先が登り坂ならUターンするか……諦めましょう。



3)詳しい人を運転席に、もうひとりをクルマの後ろに配置します。



4)運転者はシフトを2速に入れてクラッチを切って待機します。1速でも可能ですが、車速が遅いため十分な回転速度が得られずにかかりが悪いこともあるので、まずは2速で始めます。



5)後ろの人に合図して、車体を押してもらいます。



6)勢いが乗って、押す人が駆け足くらいになるまで「がんばれー」と声援を送ります。



7)車速が乗ったら、クラッチをスパッとつなぎます。ここでアクセルもクッとわずかに踏み込むと効果的です。



8)エンジンがかかったらすぐクラッチを踏み、点火や燃調が落ち着くまでアクセルをあおってあげましょう。



★もしエンジンがかからなかったら、5からの工程を繰り返します。



どうでしょう? カンタンですね。 Let's enjoy “OSHIGAKE”!



はい、冗談です。一度経験した人は「二度はやりたくないな……」とぐったりしながら答えるでしょう。とくに押す役の人はそう思うはずです。オートバイならまだ現実的でひとりでもおこなえますが、それでもできることならしたくないというのが本音でしょう。スマホがあるならJAFの電話番号を検索して、電話に出た人に相談してください。



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JAFのレッカー車



■押しがけが現役でおこなわれている場がある?

そんな絶滅してしまった「押しがけ」ですが、いまでも行われているのを見られる場所があります。そうです、サーキットです。



市販ベースのレース車両でセルモーターを撤去してしまうことは滅多にありませんし、いまどきはフォーミュラカーでもセルが付いていたりハイブリッドシステムを利用してエンジン始動をしていたりします。たまに「TSレース」などの、旧いコンパクトカーで行われるレースでは、軽量化のためにセルを取っ払ってしまっている車両があり、メカニックが押してエンジンをかけているシーンが見られますが、運が良ければ見られるというのが実状でしょう。



唯一、4輪であたりまえのように「押しがけ」が行われているのがカートレースです。レーシングカートはエンジンと車軸の間にクラッチがありませんので、タイヤをまわす専用スターターか押しがけしかありません。



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カートレースのイメージ写真



え? カートをハコ車と同じカテゴリーにに含むのはどうかと思う? はいそのツッコミ、ごもっともです。つまり、いまやクルマで「押しがけ」という行為は絶滅危惧種、というわけです。

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