この記事をまとめると
■マイクロカー「インター175A」はフランスの航空会社が設計したモデル■キャノピー型のコクピットなど飛行機を思わせるデザインが随所に見受けられるが特徴だ
■現存数は少なくオークションでは約1200万円で落札された車両も存在する
航空機メーカーのマイクロカー!
マイクロカーの世界はじつに奥が深いもので、掘っても掘っても次から次へと面白そうなモデルが現れます。今回ご紹介するのは、フランスの航空会社S.N.C.A.N.(Societe Nationale de Construction AeroNautique)が設計したインター175Aという、これまたけったいな3輪車。
航空会社が作ったわりには、水のなかに潜れそうなスタイルですが、さすがにそれはありません。
航空会社が作ったマイクロカーといえば、メッサーシュミットKR200が有名かと。じつはインター175Aも、メッサー同様にコクピットのキャノピーが左ヒンジでガバっと開きます。このあたり、空を志向するエンジニアは発想が似てくるものなのでしょう。また、S.N.C.A.N.が飛行機でなくマイクロカーに手を出したのも、メッサーと同じく第二次大戦後の復興期に「手っ取り早く儲かる」という理由に違いありません。
実際、インターがパリの自動車ショーでデビューしたのは1953年。むしろ、メッサーよりも数年早いタイミングというのは、戦勝国と敗戦国の復興度合いを表しているのかもしれません。いずれにしろ、物資や設備の乏しいなか、工夫の末に生まれたマイクロカーですから、ちんけなクルマのわりに知恵や創意がふんだんに詰め込まれていることは疑いようもありません。
さて、ひとつ目小僧のような印象をもつ実車は、さすが航空会社の手によるもので、ボディはふくよかな流線形を描き、いかにも「空力抵抗を考慮」したもの。アルミニウムと思われるウエストのキャラクターラインもまたフランスらしいデコレーション。飛行機であれば、エンジンが搭載されているあたりには手が込んだエンブレムも貼りこまれ、切った貼ったのハリボテには決して見えません。

そして、前後タンデム乗車となる室内もやっぱり飛行機っぽい(笑)。
で、ご覧のとおりステアリングは完全に飛行機の操縦桿。垂直なレバーを握ってのドライブは、きっと痛快だったはず。それにしても、ダッシュパネルの潔さというか、なにもないのは現代からみればシンプル、かつシャープでカッコいいものです。

特殊なパーツに特殊な機構とエンタメの塊!
エンジンは、後席の背後にフランスの原動機メーカー「イドラル」製の175cc単気筒2ストロークを載せ、8馬力を発揮したとされています。なお、スターターはアメリカのウエスティングハウス製ジャイロスターターという特殊なものが選ばれています。
スターターを操作するには、ドライバーが床のレバーを引き、エンジンのフライホイールを回転させる電気モーターを始動させます。次いで、クラッチがフライホイールをエンジンに噛み合わせ、回転するフライホイールの慣性を利用してエンジンがまわり始めるという仕組み。ややこしそうですが、レストアラーにとっても「悪夢かのような代物」で、現存するサンプルもたいていスターターの調子は良くないようです。

さて、上述の前輪に採用された折りたたみ機構ですが、これはフランス、とくにパリ市内の壊滅的な駐車環境に即したもの。これを使えば、全幅1350mmから一気に920mm程度に縮んでくれるというビックリドッキリメカ。ですが、走行上なんらかの問題があったらしく、総生産台数300台のうち最初の数台に組み込まれたのみでキャンセルとなりました。
また、ボディタイプもトーピード(魚雷)とよばれるベルリーナとキャノピーを省いたカブリオレといったバリエーションが発表されたものの、市販車はほとんどがベルリーナだったとのこと。もっとも、ディストリビューターとなったA.E.M.W.(Ateliers Electro-Mechaniques de la Seine of Saint-Ouen)ではカスタムオーダーを受付けていて、カラーや内装、あるいはキャノピーの有無など、生産されたモデルはいずれも同一のものはなかったとされています。

総生産台数のおおよそ1割が現存するそうですが、そうしたサンプルを見ればどれも微妙に異なることがわかるはず。さすが、フランス人は庶民のアシにもこだわるものです。ちなみに、オークションでは現存数の少なさや独特のスタイルなどから8万ドル(約1200万円)で落札されたサンプルもありました。
やっぱり、マイクロカーといえども良品はそれなりの高値になるということ。なるほど、奥が深い世界ではありますね!