この記事をまとめると
■タクシー業界は「社会の縮図」ともいわれている



■タクシー運転手は一匹狼的に思われがちだが立派なサラリーマンという扱いになる



■タクシー業界は日本の「村社会文化」的な側面を持っている



タクシー業界はいまの日本を小さくしたようなもの

事情通いわく、「タクシー業界は『社会の縮図』ともいわれている。まさに日本社会の『いま』がそこに凝縮されているのです」と語ってくれた。



いまでは女性運転士や大学を卒業してそのまま運転士になる「学卒運転士」、さらには外国人運転士など、運転士の多様化が進んでいるが、それでもタクシー運転士の多くは異業種を経験したあとに運転士となる「中高年男性」が圧倒的に多い。

「雇用の調整弁」ともいわれているのがタクシー運転士なのだ。つまり、世の中の景気が悪化し、早期退職やリストラなどで職場を追われた人が、タクシー業界の門を叩くのがいままでの一般的な流れとなっていた。



政府が「賃上げに成功し、日本経済は確実に上向いている」としているなか、タクシー運転士の新規雇用は目立って増えてきている。新型コロナウイルスの感染拡大期にそれまでの運転士の多くが離職してしまい、新型コロナウイルスの感染が収束傾向に入り需要が戻ってきても、運転士が足りずに十分に稼働することができない日々が続いた。



そのなかで、少ない稼働台数で戻りつつある需要にフル対応していたので、台当たり営収(営業収入)が目に見えて増えていった。この高収入傾向を受け、あえてタクシー運転士となる人も当然出てきたが、2024年問題により、将来への不安を抱いたトラック運転士がタクシー運転士に転職するという動きも目立っていた。



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ただ、それだけではないようにも見える。政府は景気が上向いているというが、ここのところの円安や働き手不足、そして事業継承ができなかったなどの理由による中小企業の廃業や倒産件数はかなりハイペースで増えている。大手企業の早期退職募集といった報道も聞かれる。このような背景から、それまでの職を失いタクシー運転士になるという動きも目立ってきていると筆者は考えている。このような現状を見ても、タクシー業界は日本経済のリアルな縮図なのである。



離職してタクシー運転士となる背景は、中高年であっても比較的容易に正社員雇用してもらえるということも大きい。

家族を抱えていれば収入源確保も重要だが、社会保険の維持も大切なので、すぐに正社員になることができるタクシー運転士はそれだけでも魅力が大きい。



腕1本で稼げるから……なんて甘い社会じゃない! タクシー運転士は思ったよりも「社会の縮図的」職業だった
タクシー運転手の様子



テレビドラマなどでは、「組織に縛られない仕事だから」ということでタクシー運転士になったというセリフも珍しくない。たしかに、所属会社のタクシーを使ってタクシー営業をするという点では運転士は「社員」なのだが、いったん車庫を出れば戻るまで自分だけで仕事は完結している。あとは「腕っぷし」だけで稼ぎはどうにでもなるというのがタクシー業界のイメージなのだが……。



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夜間に運行しているタクシーの様子



タクシー運転士といっても、実際には「ヒエラルキー」のようなものが存在する。最近は「スマホによる配車アプリ」のようなデジタルツールの普及により、経験年次に関係なく稼ぐことができるとはいわれているが、ある運転士に聞くと「弊社が加盟しているアプリサービスでは、お客様のスコア(評価)が連続して一定基準を上まわると、航空会社のマイレージのように、その運転士のステイタスがアップします。そしてアップすると、配車要請があったときにディスプレイに長距離利用か否かの表示が出るようになります(アプリ配車では配車要請時に目的地を入力するのが一般的なため)。つまり、「おいしい仕事」なのかどうかが可視化され、結果的に効率的に稼げる仕事をこなすことが可能となるのです」と話してくれた。



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タクシーの配車アプリの様子



タクシーはなんだかんだで組織社会

筆者が取材した限りでは、もともと優良運転士まで自身をアップデートし、自らのノウハウで稼ぐと同時に「おいしい仕事」もこなし高収入を得ていた運転士が、さらにスマホアプリ配車というデジタルツールを使いこなし、ますます稼ぎを増やしているケースも多い様子。デジタルツール導入により必ずしも運転士全体の稼ぎを著しく底上げしているわけでもないともいえる。ましてや、すでに都市部を中心にタクシーの稼働台数がかなり多くなっており、なかなか思うように稼ぐことができなくなっているのも実情だ。



デジタルツールが普及する以前でも、大手や準大手の事業者などでは事故やクレームが少なく(またはない)、会社側とコミュニケーションが十分とれていたりすると、「班長」などと呼ばれる運転士の束ね役になることがある。

班長になると、あくまで事業者によるとという話にはなるが、稼ぎのいい羽田空港といった「おいしい着け場」への出入りが許されたりしているようだ(羽田空港は地方から上京する人も多いので道を十分知っている必要があるとの理由もある)。



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羽田空港のイメージ



圧倒的に「上客」の多い銀座地区でも、指定乗り場以外からタクシー乗車ができない「乗禁地区」への出入りは班長や優良ドライバーに限定されていたりするとも聞いたことがある(銀座の客はタクシーに乗り慣れているので、ちょっとしたことでトラブルにもなりやすい)。早朝深夜のテレビ局の送迎や大口顧客対応なども、もちろん選ばれた運転士しかまわってこないとも聞いている。



つまり、一般的なサラリーマンのような「組織社会」がないと思って運転士になっても、タクシー業界にも「組織社会」が存在しているのである。そのため、運転士といってもドイツ系高級輸入車などを所有し、休みのたびに仲間とゴルフに出かけるような運転士グループもあれば、まさに日々の生活費に困る運転士もいる。その意味でも「社会の縮図」なのである。



もちろん、そのような組織社会とは一線を画す「一匹狼」的な運転士も当然存在する。さまざまな理由からタクシー運転士は独身率も高いので、身軽な人も多いし、副業(どちらが副業かという話もあるが)をもっており、社会保険だけもらえればいいという人もいる。



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夜間のタクシー運転手の様子



一般的には優良顧客が多く、スマホ配車アプリなどのデジタルツールが充実している大手事業者が、より高収入を期待できて魅力を感じる人も多いようだが、「長く続けたいならば、保有台数もそれほど多くない、家族的な雰囲気の目立つ中小零細事業者で乗務するのが肩ひじを張らずにできるのでいいとも業界内では聞いたことがあります。しかし、いまはその中小零細事業者が大手タクシー会社グループに吸収されるケースも多いので、その選択も難しくなっています。昔から「民鉄系(私鉄/私企業の鉄道会社)」のタクシー会社は就労環境が充実していることもあり、長続きしやすいとして根強い人気があるとも聞いています(事情通)」。



法人タクシーという形態は世界でも存在するが、車両を貸し出す程度で運転士の立ち位置が「業務請け負い」のようなものも目立つ。

日本のように、より「サラリーマン」という表現が似合う正社員採用するという雇用関係が成立しているのは世界的にも珍しい。「それでは個人タクシーは?」という話もあるが、あくまで個人事業主にはなるものの、今度はいくつかある組合に加盟しないと、なかなか「おいしい仕事」にありつけないとも聞いている。



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個人タクシーが複数台停車している様子



運転士同士でグループを形成し、利用回数の多い深夜の長距離客を「馴染み客」として「シェア」するなど、より稼ごうとすると「ひとりで気ままに」というわけにもなかなかいかないようである。ただ、あえて組合加盟はせず(加盟料が結構高いらしい)にスマホのアプリ配車サービスに加盟する個人タクシーも増え、個別に動く個人タクシーも増えているようである。



「タクシー業界は日本社会の縮図」、つまり島国であり、いまだに「村社会」色の濃い日本では、タクシー業界もまた組織社会という側面を強く持っているのである。

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