この記事をまとめると
■ポルシェはミッドシップのボクスターとケイマンをラインアップしている■ポルシェ博士はミッドシップカーの動的資質を高く評価していた
■ケイマン/ボクスターはあくまでロードゴーイングカーとしての先鋭化を進めている
ポルシェ博士が理想とするポルシェの姿
ポルシェを買うなら911というのは理想かもしれませんが、この世知辛いご時世で普通にお仕事をなさっている方はなかなか手が届かないというのが実情でしょう。なにせ、ベーシックグレードのカレラは新車価格1700万円近くと、海辺のコテージが建てられそうな金額です。
が、911原理主義でもないかぎり、あきらめるのは早計というもの。
948万円からという値段だけでなく、決して負け惜しみにならないパフォーマンスを褒めちぎってみましょう。
911生みの親が本当に作りたかったクルマ
その昔、フェルディナンド・ポルシェ博士がナチ政権下でフォルクスワーゲンを設計した際、彼には「このRRをベースにスポーツカー作れるじゃん」というアイディアがあったそうです。この思いつきが紆余曲折を経て356となり、ひいては911が生まれたことはあまりにも有名なエピソード。

ですが、もともとポルシェ博士はRRのトラクション性能や効率的なパッケージは認めていたものの、動的資質としてはミッドシップカーには及ばないと考えていました。それはVWと時を同じくして開発したアウトウニオンのミッドシップレーシングカー「Pヴァーゲン」の無双っぷりを引き合いに出すまでもないでしょう。
つまり、ケイマン/ボクスターというミッドシップスポーツカーこそ、911の生みの親が本当に作りたかったモデルといって差しつかえないのです。
「熟成」こそポルシェがもっとも得意とするエンジニアリング
1996年に初代ボクスターが登場した際、自動車雑誌やジャーナリストはミッドシップポルシェの登場に沸き立ちましたが、決して高評価ばかりではありませんでした。いわく、安っぽいとかパワーが足りない、あるいはコンセプトカーとして1993年にお披露目したボクスターとあまりにかけはなれたスタイリングに失望したとかなんとか。

たしかに、996との共有とか、熟成不足の水冷ボクサーエンジンなどの弱点だってあるっちゃあります。が、911だって初っ端はフロントエンドにダミーウエイトを積まないとおちおちコーナリングもできない未完成車で、それこそ長い年月をかけて熟成を重ねられたクルマ。売れ行きがいいとなるや否やボクスターの継続開発には本腰が入れられ、ついにはケイマンも登場したことご存じのとおりです。

つまり、ケイマン/ボクスターは、ポルシェがもっとも得意とする開発手法「熟成」がふんだんに注ぎ込まれただけでなく、それまで911の「延命」に向けられていたリソース、モチベーションすら込められているのです。986から718へと続くヴァイザッハの知恵の歴史は、それこそでっかい本棚を満たすほどのもの。
スポーツカーとして高い資質を備えるボクスター/ケイマン
ロードゴーイングカーとしての優れた本質
911への憧れを生み出すのに、レースシーンでの大活躍をあげる方は少なくないでしょう。オーバーフェンダーや巨大なウイングをまといながらもコースのなかでは小兵扱いされがちな911が、強烈なライバルたちを尻目に走る姿はたしかに胸のすくものです。
一方、ケイマン/ボクスターがレースシーンで印象が薄いのは、ワークス活動が数えるほどしかなく、プライベーターの参戦も911の陰に隠れてしまっているから、かもしれません。

ですが、これはポルシェが意図してやっていること。ケイマン/ボクスターはあくまでロードゴーイングカーとしての先鋭化を進めているわけで、レースレギュレーションの隙間を狙うような開発は行われていないのです。簡単にいってしまえば、レースで勝たせようと思ったらケイマン/ボクスターのホイールベースを短くして、より運動性能を高めることも可能なはず。
ですが、これをやると一般道での挙動がシビアとなり、電子制御デバイスでそれを補ってしまえば、ミッドシップ本来の楽しさが損なわれる恐れも生じるのです。
ロードゴーイングカーに求められる資質を突き詰める手法は911もなんら変わるところはないはずですが、ケイマン/ボクスターは、そこに「ミッドシップスポーツの楽しさ」が色濃く反映されているのかと。

すると、最高速やコーナリングGの高さといった表面的な数値ではなく、ヒューマンタッチな魅力が鮮明となるはず。言語化するのは困難ですが、こうしたケイマン/ボクスターの美点は決してレースの成績に左右されるものではないのです。
高齢化の進んでいる日本で、911原理主義者は減少傾向にあると聞きます。