衝突安全性能の基準は高くなっている

世界中で新車の肥大化が止まらない。同じ車種でありながら、世代を重ねるうちに一つ上級の車格の寸法となってしまっている例は、枚挙に暇がない。一方で小型車が不足してしまい、新たな車種が生まれたり、それまでハッチバック車のみであった小型車に4ドアセダンが追加されたりしている。



国内外の道路や駐車場の幅は、新車の肥大化に応じて広くなってはいない。国内では、路地でも幅4mとすることが決まっているが、実行できるのは建て替えなどで古い建物が撤去されたときに限られる。また1ブロックか、ある一定の距離で幅の確保ができなければ、道幅が狭かったり広かったりと凸凹してしまうので、たとえ一軒でも古い建物が残ると、何年もの間、道路を拡幅できない状況が続く。



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駐車場も敷地は限られており、個人宅の車庫でも、たとえ建て替えをするにしても住居の広さや部屋数が優先されるので、車庫の広さはあと回しだ。貸し駐車場では一定の敷地のなかで多くの台数分を確保したいため、一台の駐車枠はそれほど広くはならない傾向にある。時間貸し駐車場も同様だ。



クルマを利用する点から考えても、新車の肥大化は利便性を損ねるばかりである。もちろん、大柄なクルマを好む消費者はあり、その人はもともと大きな寸法の車種を選べばいいだけだ。では、なぜ新車の肥大化が起こり、それが止まらないのだろう?



「安全性の確保」は理由として成立しない! いまのクルマが年々「肥大化」する本当の理由とは



理由の一つは、衝突安全性能の基準が高くなっているからだ。より高速から衝突しても、乗員の生命が守られるように規制が強まっている。衝突安全性を高める最大の要件は、衝突エネルギーをいかに車体で吸収できるかであり、潰れても人命に関係ない車体部分をできるだけ大きく確保する必要がある。つまり、車体の大型化だ。

世界の自動車メーカーは、交通事故による死亡者ゼロを目指している。このため、車体を大きくするしかない。



次に、車体を大きくすれば、外観の造形にさまざまな工夫を加えられるようになるとデザイナーは語る。外観に抑揚をつけながら、室内空間を侵食せずに済む。今日、新車の性能はいずれも甲乙つけがたい水準に達しており、競合他社との差別化をどうするかというと、格好いい、あるいは優雅な造形の勝負となっている。車体の大きなクルマほど、造形の工夫がしやすいというわけだ。



大きいほうが立派だという考えは時代遅れだ

しかしながら、同時にまた空気抵抗の少ない造形でないと、燃費に影響を及ぼす。空力性能は、クルマの形と、車体の大きさが関わってくるからだ。それらを両立させるため、コンピュータシミュレーションによって世界の自動車メーカーが同じように検証できるので、新車の外観(ことに輪郭)は似たようになっている。そこで差別化するため、フロントグリルの肥大化も起きている。造形の自由度を高め、それでいて室内空間にゆとりを持たせるという口実は、もはや意味を失いつつある。



衝突安全についても、ではなぜ軽自動車が存在できるのか。

コンパクトカーもなぜ残っているのか。そして日本では、5ナンバー車が販売上位を占めているのか。そういう現実がある。現在では、コンパティビリティの考えから、軽自動車と登録車を衝突させ、双方の衝突安全性能が確保される開発もなされている。



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ならば、新車の肥大化は、自動車メーカーが競合との比較でどちらが立派に見えるか? という、見栄でしかないことになってくる。その方が、営業しやすく、消費者もわかりやすいだろうという安易な発想だ。



なおかつ、いくら車体の軽量化を技術革新で行ったといっても、車体が大きくなれば全体の車両重量は重くなるのであり、燃費を改善し、環境負荷を低減しなければならないという時代の要請にも逆行する。



新車の肥大化は、いわば自動車メーカーの独善といえるだろう。消費者は、そこまで望んでいないとの証が、国内での5ナンバー車、そして軽自動車人気に示されている。



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衝突安全性能の向上という点でも、いまのままでは交通事故死者ゼロはもはや実現できないとわかったスウェーデンのボルボは、世界で販売する新車の最高速度を時速180kmに制限することを決めた。最高速度無制限を謳うドイツのアウトバーンが、あらゆる点で時代にそぐわなくなっている証でもある。



大きいほうが立派に見える、速く走れるほうが高性能だとする20世紀の価値観は、もはや時代遅れだ。

環境負荷ゼロを目指しながら、快適で幸せに暮らせる商品と使い方が21世紀を牽引する。いつまでも肥大化を続ける自動車メーカーは、反社会的企業として就職先や投資先としても敬遠されていくことになるのではないか。

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